深夜零時

立樹

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後編

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 オレが? オレ、結婚すんの?

 待て、待て、待てって。
 彼女の「か」の字もないオレが?

 どう理解していいのかわからず、目を白黒していると、ふんわりと万里が笑った。

「じゃあ、おやすみ。解消は来月の三月にしよう。早く、寝ろよ」

 ぽかんと口を開けている場合じゃないと、立ち上がりダッシュで、ドアの向こうに行こうとしている万里の肩をつかんだ。

「あのさ、万里が結婚するんだよな?」
「しないって言わなかった?」

「だって、『けじめ』って言ったじゃん。あれって、結婚するってことだろ?」

 そこで、万里は、オレの方へ向き直った。

「違う。俺といたら准が結婚できないから。ってか、しなさそうだし」

 じとっと見られて、バレてると口元が引きつった。

「准だって、もう二十七だろ。いい時期だ」

 その言い方にむかっ腹が立った。

「万里はオレのおかんかよ?」
「え?」
「オレが結婚しようがしまいがいいだろ。オレの結婚に口出すな」

 きっとにらむと
「それが、俺なりの『けじめ』なんだって」
 と、オレの苛立ちまで抱き込むような慈しむ視線に、たじろいでしまった。

 そして、そっとオレの頬に万里の手が添えられた。

 肩に手が乗っても、頭を撫でられても、膝の上に頭を乗せたことはあっても、こんなことは、これまでに一度だってなかった。
 頬からじわっとした温かさが伝わってくる。
 さっきまでの苛立ちも忘れて、万里をほうけたように見た。

「幸せになってくれ」
 
「幸せにってなんだよ」
 また、苛立ちが、波のように胸の内によせてきた。
「……」

「万里、オレがどうやったら幸せになるか知ってるか?」
「……」
 彼はなにか言いたそうに口を開けるが、すぐに閉じられ視線が泳いだ。

「オレはな、オレはな……。万里の側じゃないと幸せを感じないんだ」

 彼は、はっと、目を大きく開けた。

 ぐいっと襟元を掴んで引き寄せると、荒々しく口づけをした。

「オレの幸せを願うって言うなら、オレを奪えよ! それぐらいじゃないと、オレは幸せになんてならないからな」

 驚いた様子の万里を見て、我に返った。

「わりい……」

 ゆっくりと、つかんでいた襟元をはなす。

 やってしまった。言ってしまった。
 今まで我慢してきたのが水の泡だ。
 まあ、どのみち、あと一か月もすれば、解消なんだ。

 これで、いい。

「泣くな。泣かないで……」

 万里の声で、泣いていることに気づいた。
 知らず知らずに感情的になってしまっていたようだ。 

 涙を拭こうとあげた手首をつかまれ、気がつくと、胸の内に抱かれていた。


 どれぐらいそうしていただろう。

 いったい、今は何時かと気になったとき、背中に回された腕がはなれた。顔をあげると、両頬を万里の手が包み込んできた。
 そして、親指が涙の後をふき取っていく。

 万里の顔が近づいてきて、おでこに、頬にまぶた、鼻先、最後に、唇にキスの雨を降らしていく。

 その度に「チュッ」と音がして、だんだんと、顔が熱くなってくる。

「酒臭い」

 と、恥ずかしまぎれに思っていることと違うことを言うと、ぷっと吹きだして笑っている。

 もう一度、胸の内に抱き込まれ、万里の首元に顔をうずめた。

 ああ、万里のにおいがする。

「万里、オレが好き?」
 確かめたくて聞いた。

「知らなかったのか?」
 と万里が意外そうに言う。

「そんなのわかんねーって。嫌われてはないとは思っても、好きだなんて思わないし。それに万里だって、オレが好きだってこと、知らなかったくせに」
 すね気味に言うと、「ごめん」とつぶやき、また、口を開いた。
「半々だった。だから、『けじめ』だったんだ。准にその気がなかったら、言った通り、同居を解消しようと思っていた。でも、俺を好きだったら……」

 そこで、止まってしまったので、顔を上げた。

 すると、ディープな口づけがオレをむかえた。

 息があらくなるほどの口づけに、体が熱くなる。

「これが、俺の答えだ」

 そっとオレのおでこに、キスをした。
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