BL短編小説

立樹

文字の大きさ
上 下
11 / 11

これは熱のせい 後編

しおりを挟む
 チャイムが鳴っている。
 市川が来たのだと、起き上がった。ズキズキ痛い頭を押さえて玄関口に向かった。
 インターフォンの液晶画面を見た。
 ビニール袋を両手に下げた市川がいた。
 黒い太めのフレームに、長めのウェーブかかった柔らかそうな髪。
 気だるそうに立っている。
 はじめてみた時はやる気がないのかと思った。だが、見かけだけで、仕事はスムーズでストレスがない。しいて言えば、言葉数が少ないことぐらいか。
 見かけによらずとはよく言ったもので、堅いししゃべらないが、こうやって気を掛けてくれるいい奴だ。
「戸口にかけといてくれたらいいから。サンキューな」
 画面に映っている市川に声をかけた。その声は、ガラガラでちゃんと伝わっているか心配になる。
「カギ開けてください」
「え、いや。うつしたくないし」
「お互いマスクしてますし、長居しませんから」
「だめだ……」
 ズキズキする頭痛に頭を押さえながら言う。
「置いておきます」
「ああ。レシートは入れとけよ」
 返事はなく、市川の姿が画面から消えた。

 さっさと荷物を持って入ろうと思って扉を開けると、目の前に市川がいた。
 目が合って、扉をしめようとすると、黒い革靴が間に割り込み、閉まるのを阻害してきた。
「おい!……ごほごほっ」
 なんなんだ。早く寝たいのに。
 止まらない咳と頭痛に身をかがめた。
 すると、背中をそっとさすられた。
 そのさする手が、優しく玄関口から中へと押し出してきた。
 咳込んだのは誰のせいだよ。と思いつつ、うつしたくないといった正義感を放棄し、促されるまま重い足を動かして、倒れ込むようにしてベッドに横になった。
「……、まったく。強引だな」
 寝ころびながらじろっと睨めつけてやる。
 だが、たじろぎも罪悪感もない無表情な顔があるだけだ。
「好きにしろ」
 俺は、布団をかぶって寝た。

 部屋は1LDKだから、広くもない。
 市川が動く音が、布団越しにも聞こえてくる。
 冷蔵庫を開ける音、水道を流して何かを洗っている音。
 ビニールの音。

「佐幸さん」
 と声をかけてきた。寝たふりをしてやろうかと思ったが、買ってきてくれた手前、無下にするわけにもいかず、少しだけ布団をずらした。
「なんだ」と聞くと、
「ちょっと失礼しますね」
 彼の顔が急に近づいてくる。

「お、おい」
 頭を持ち上げ、頭の下になにかを置いた。

「氷枕です」

 首から頭にかけて冷たくて気持ちがいい。
「冷えピタです」
 おでこにひんやりとしたものが貼り付けられて、首をすくめた。
「ポカリと、レンチンのおかゆ。ゼリーも置いときますから」
 淀みなく流れるように、物が置かれていく。
 なんだか「お前は俺のおふくろか」と言いたくなるかいがいしさだ。

 ベッドの横に座った市川に、
「あ、ありがとな」
 と、天上を見ながら言う。
「……」
 しんと静まりかえり、どうしたのかと市川を見た。
 ハッとするような、優しい笑みを浮かべていた。
 その笑みをもっと見たくて、手を伸ばした。市川がそれに気づいて後ろにのけぞるが、俺の手が届くほうが早かった。

 見たかった笑みは消えて、代わりに照れたような困り顔に口角があがる。
「眼鏡ない方がモテんじゃねぇの?」
「モテなくていいんです」
 返せと手を伸ばしてくるが、帰らなかったことに少しは腹立ちを覚えていたから、仕返しにと布団の中にメガネを隠した。
 顔立ちのパーツはいい。眼鏡を取って、髪の毛を短めに刈り込んだら、俺好みの……。俺好みってなんだ。いやいや。なんて続けようとしたんだ俺!
 熱のせいだ。そいういうことにしとけ。
「眼鏡返すから、もう帰れ」
 追い返すしぐさをすると、眼鏡を受け取った市川は、「はい」とうなずいた。

 目を閉じていると、首筋に冷たいものが入ってくる。それが、市川の手だとわかって、市川を見た。至近距離と手の感触に、心臓が跳ねる。
「まだ、熱高そうですね。明日も休んでくださいよ」
 淡々という市川に、わかったと手を上下に振った。

 パタンと扉が閉まる音がして、ホッ息をついた。
 手で頭を押さえる。
 そうこれは熱のせいで頭痛がするんだ。
 決して、市川の笑みが可愛かったからもう一度見たい、とか、本当か帰ってほしいとか思っていない。
 眼鏡を取った時の困ったような顔を思い出して、気になって……あああぁ。
 これは、きっと熱のせいだ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

BL短編まとめ(甘い話多め)

白井由貴
BL
BLの短編詰め合わせです。 主に10000文字前後のお話が多いです。 性的描写がないものもあればがっつりあるものもあります。 性的描写のある話につきましては、各話「あらすじ」をご覧ください。 (※性的描写のないものは各話上部に書いています) もしかすると続きを書くお話もあるかもしれません。 その場合、あまりにも長くなってしまいそうな時は別作品として分離する可能性がありますので、その点ご留意いただければと思います。 【不定期更新】 ※性的描写を含む話には「※」がついています。 ※投稿日時が前後する場合もあります。 ※一部の話のみムーンライトノベルズ様にも掲載しています。 ■追記 R6.02.22 話が多くなってきたので、タイトル別にしました。タイトル横に「※」があるものは性的描写が含まれるお話です。(性的描写が含まれる話にもこれまで通り「※」がつきます) 誤字脱字がありましたらご報告頂けると助かります。

短編集

田原摩耶
BL
地雷ない人向け

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

処理中です...