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雨ふる日に……。
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雨の日は、寂しさが増す。
こんな時に、隣に誰かいてくれたら。
そう思っても、その相手は家にはいない。
藤間は、雨の街中を無地の紺色の傘をさして歩いていた。
しとしとと降る雨は、やわらかい。夜の街をしっとりと濡らしていく。
仕事終わりに一杯と同僚から誘われたけれど、それも断って、会社をでた。
家に帰っても一人。だれも待つ人はいない。
けれど、待っている人はいる。
いつ来るかわからない。
連絡もなしにくる。
月に一度のことだってある。
待ちくたびれて、忘れた頃にやってくる。
前来たのは、一週間前のこと。
今度はいつくるのだろうか。待てば来るという保証もない。
連絡はいつだって、一方的。返信が返ってくるのを期待してはいけない。
そんな奴のどこが好きなのか、自分でも不思議に思うくらいだ。
なのに、待ってしまう。
藤間は、下を向き歩いた。
お店や街灯で、水たまりが光る。
雨がふる波紋の中に、彼の顔が水たまりに映し出される。
自分の欲が見せたものだと、その映像を踏んだ。
踏んだ波紋に移る彼が消えない。
顔を上げると、五十嵐だった。
「……っ」
「よう」
あごを軽く上げて挨拶をするくせは、高校の時のまま。
もう、十年が経つのに、仕草はかわらない。
ビニール傘をさし、灰色のキャップをまぶかにかぶっている。闇に紛れるような黒いTシャツに、チノパンという出で立ち。
ダラッとした恰好が相変わらずよく似合っていた。
瞬きを一つした。
消えない。実物。本人だ。
通行の邪魔になる。頭ではわかってはいても、目の前の人物に意識を奪われて、足が止まった。
「仕事は?」
そう聞く自分の声がすこしかすれている。
「終わった」
少しひくい声。
ああ、五十嵐だ――。
「今日は?」
会いに来たとわかっていたが、これからの予定を聞かずにいられなかった。
五十嵐は、切れ長の目を柔らかく細め言った。
「フリー。どこいく?」
「……」
五十嵐の仕事は、フリーの写真家。
芸術肌というか、昔っから人がどう思うかということはあまり気にしない。
仕事がひと段落したから来たのだろう。
だが――。
「オレは、明日仕事なんだけど」
そう言うと、へらっと笑った。
「じゃあ、おまえん家だな」
遠慮という言葉はどこかに置いて来たらしい。
行こうと、五十嵐は、向かい合っていた体を180度反転させた。
途中でコンビニで夕飯を買うつもりでいたから、冷蔵庫にはほとんど入っていない。入っていても食えるかどうかわからなかった。
「五十嵐、メシは?」
ビニール傘ごしに見える彼に声をかけた。
「メシ? これから食うだろ?」
振り向き越しにフッと笑う。
「食べてないのか。でも、家、何もないぞ」
「藤間だけでお腹いっぱい」
「……!」
カッと顔が熱くなる。
「バカか」
ボソッと言ったあと、
「コンビニ寄るからな!」
と、足を速めて五十嵐を抜かした。
後ろからは、軽く笑う声が雨音に混じって聞こえてきた。
こんな時に、隣に誰かいてくれたら。
そう思っても、その相手は家にはいない。
藤間は、雨の街中を無地の紺色の傘をさして歩いていた。
しとしとと降る雨は、やわらかい。夜の街をしっとりと濡らしていく。
仕事終わりに一杯と同僚から誘われたけれど、それも断って、会社をでた。
家に帰っても一人。だれも待つ人はいない。
けれど、待っている人はいる。
いつ来るかわからない。
連絡もなしにくる。
月に一度のことだってある。
待ちくたびれて、忘れた頃にやってくる。
前来たのは、一週間前のこと。
今度はいつくるのだろうか。待てば来るという保証もない。
連絡はいつだって、一方的。返信が返ってくるのを期待してはいけない。
そんな奴のどこが好きなのか、自分でも不思議に思うくらいだ。
なのに、待ってしまう。
藤間は、下を向き歩いた。
お店や街灯で、水たまりが光る。
雨がふる波紋の中に、彼の顔が水たまりに映し出される。
自分の欲が見せたものだと、その映像を踏んだ。
踏んだ波紋に移る彼が消えない。
顔を上げると、五十嵐だった。
「……っ」
「よう」
あごを軽く上げて挨拶をするくせは、高校の時のまま。
もう、十年が経つのに、仕草はかわらない。
ビニール傘をさし、灰色のキャップをまぶかにかぶっている。闇に紛れるような黒いTシャツに、チノパンという出で立ち。
ダラッとした恰好が相変わらずよく似合っていた。
瞬きを一つした。
消えない。実物。本人だ。
通行の邪魔になる。頭ではわかってはいても、目の前の人物に意識を奪われて、足が止まった。
「仕事は?」
そう聞く自分の声がすこしかすれている。
「終わった」
少しひくい声。
ああ、五十嵐だ――。
「今日は?」
会いに来たとわかっていたが、これからの予定を聞かずにいられなかった。
五十嵐は、切れ長の目を柔らかく細め言った。
「フリー。どこいく?」
「……」
五十嵐の仕事は、フリーの写真家。
芸術肌というか、昔っから人がどう思うかということはあまり気にしない。
仕事がひと段落したから来たのだろう。
だが――。
「オレは、明日仕事なんだけど」
そう言うと、へらっと笑った。
「じゃあ、おまえん家だな」
遠慮という言葉はどこかに置いて来たらしい。
行こうと、五十嵐は、向かい合っていた体を180度反転させた。
途中でコンビニで夕飯を買うつもりでいたから、冷蔵庫にはほとんど入っていない。入っていても食えるかどうかわからなかった。
「五十嵐、メシは?」
ビニール傘ごしに見える彼に声をかけた。
「メシ? これから食うだろ?」
振り向き越しにフッと笑う。
「食べてないのか。でも、家、何もないぞ」
「藤間だけでお腹いっぱい」
「……!」
カッと顔が熱くなる。
「バカか」
ボソッと言ったあと、
「コンビニ寄るからな!」
と、足を速めて五十嵐を抜かした。
後ろからは、軽く笑う声が雨音に混じって聞こえてきた。
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