BL短編小説

立樹

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ホラー映画を観ようと誘われて

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こう
 耳元で囁かれ、ぶるっと身震いする。

 ここは、蒼人あおとのマンション。
 1Kの部屋は雑然としている。
 白が基調の壁。入ってすぐキッチンがあり、奥にはベランダに出る吐き出し窓にはカーテンが引かれ、微かな光が漏れている。
 左手にロフトベッドがあり、反対側にテレビや棚、中央には白と黒のストライプ柄のラグが敷かれている。テーブル兼机には参考書やら文字の書かれた用紙、ノートが散らばっていた。

 大学の講義が終わり、マンションの一室でコンビニで買った晩ご飯を食べていると、DVDを見ようと誘われた。
 そして、今、蒼人にぎゅっと抱きつかれた姿でラグに座って観ている。
 押し倒されまいと、片腕をラグにつけ必死に耐えている所だ。

 暗い画面。静かな画面が続く。

「いやっ」
 っと、首にすがりつく蒼人。
 かすかにシャンプーなのか、柔軟剤なのかわからないけれど、甘い匂いがする。
 緊張感から鼓動が速い。


 バン!と大きな音がTVから聞こえ、悲鳴が部屋に響いた。

「ぎゃーーー!」

 耳元で叫ばれ、鼓膜がキーンとする。
 首を思いっきり締め付けられ、耐えられずに、バリっと蒼人を引き離した。

「怖いなら観なきゃいいだろ?」
と、青い顔をしたている蒼人に言った。観ているのはホラー映画。
 まさに今、暗闇から屍鬼が出てきて人を襲ったところだった。
 リモコンに手を伸ばすと、先に取られた。

 行き所を失くした伸ばした手を蒼人が掴む。

「本当は、晃だって怖いくせに」
 下からニヤリと見上げられ、ドキリとする。
「ないない」
 実はその通りなのだけれど、弱みは見せたくない。
 顔に出ないように平然を装った。

 ふと、目に入ったのは半身が食べられているシーン。何の構えもなく目にしたグロテスクな画面に、掴まれた方の腕で目を覆った。

 ――しまった。

 怖いと思っていたのがバレてしまった。きっと笑うだろうと、腕をずし、そっと蒼人を見た。
蒼人は笑ってはいなかった。

「どうしてだと思う?」
 晃の上げた腕をそっと降しながら聞く。
「え?」
「怖いのに誘う理由、なんだと思う?」
「……」

 観る度に抱きついてくるくせに、蒼人はよく晃を怖い映画を観ようと誘う。その度に恐怖でドギマギしてしまうのだが、苦手だけれど嫌いではない。複雑な心理だ。女子高性じゃないけれど、蒼人と、わあわあ言い合い、抱きつかれるのも実は好きだったりする。

 蒼人も同じような心境だと思っていたのに、違うのだろうか。

「蒼人が好きだからじゃないのか?」
 首を傾げながら聞く。
 すると、なんだか複雑な顔で
「そう、好きなんだ」
と言ったので
「怖いけど、面白いよな」
と、同意した。

 逃げ惑う悲鳴のする画面に目をやる。けれど、正視できずにすぐに目を逸らした。バレてしまえば、遠慮することはない。
 逸らした先に、こちらを見ている蒼人がいた。

「怖いのか?」
 青くはないけれど、眉を寄せている顔をしている蒼人に訊ねた。
「怖いよ」
 そう言った時だった。

 画面から大きな爆発音が聞こえ、二人してビクッと体を震わせ、TVに顔を向けた。

 バクバクと心拍音が聞こえる。

「ビックリした。このドキドキ感が溜まらない。それに――。」
 晃が最後まで言う前に、急に蒼人が視界に入ってきた。
 唇に柔らかい感触。
 それはすぐに離れ、何事もなかったかのように映画を観る蒼人。

 バクバクしているのは映画のせいだろうか。それとも――。

 隣の蒼人をに顔を向けた。
 いつもと変わらない顔。けれど、耳が真っ赤だ。

 その耳に手を触れると熱かった。

 触るとびくりと震える体に、押し倒したい欲情があった。
 けれど、それは、今の雰囲気に飲まれているからかもしれない。
「本気?」
「好きだと言った」
「――、もしかして、映画じゃなくて俺?」
 蒼人はゆっくりと頷いた。

 ――じゃあ、怖いと言ったのは、もしかしたら俺の答え……とか。


 画面を見た。
 鼓動は平常に戻っていた。

「わからない」
 そう答えるので精いっぱいだった。
「晃らしい」
「……答えを出すまで待ってくれ」
「はは、いや、もういいから早く振ってほしい」
 辛そうな顔だ。反対の立場だったら同じように言うだろう。
 今まで、どれぐらい迷ったのだろう。どのくらい考えて悩んだのだろうか。
「そうだな」
 そう言うと、傷ついた顔をする。

「そんな顔をするなよ。断り辛い」
「なんだよ、断る前提?」
「振れって言ったのは蒼人だろ」
「で、どっち?」
 しゃべっているうちにエンディングを迎えてしまった。
 こちらもエンディングだ。

 晃はあぐらを掻いたまま、蒼人に向きなおった。
 じっと目を見つめる。
 蒼人も、逸らさずにこちらを見ている。
「あのな……」
「もったいぶらないでよ」
「次も誘ってくれ」
 蒼人の目が大きく開いた。
 口も少しだけ開く。
 その唇に合わせるのに抵抗はなかった。けれど、気持ちのない関係は持ちたくなかった。
「それが、答え?って、さっきと同じだし。答えになってないじゃん!」
「答えは答え。だから、待ってって」
 眉を寄せる蒼人に、「時間をくれ」と真っ直ぐに彼を見て言う。
 瞳が揺れた。その瞳を閉じ頷いた。
「わかった」


 次に会った時、蒼人から猛烈なアタックをうけた。
 晃が落ちるまで時間はかからなかった。





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