4 / 4
4
しおりを挟む
驚いた。
まさかキスをされるとは思わなかった。
そっと、キスをされたところに手をやった。
「あすなって子。大人になったらどんな子になるんだろうな」
縁からの反応はない。
さっきからずっと静かなままだ。
もしかして、大真だけキスされたことにすねているんだろうか。抱っこも断られていたし。
手に持ったままの狐面を、さっと縁の頭に乗せると、縁はそれを顔につけた。その時――。
ドン ドン
花火の音がした。
見上げれば、夜空がまばゆくきらめいた。
そして次々と打ちあがる花火に、歓声が上がっている。
「止まって見ようか」
縁の手首をつかんで、海岸沿いの空いている縁石に座った。
浴衣だと、服と違って座りにくい。
それでも、居心地よく座れる姿勢をとって夜空へと視線を向ける。
「花火なんて、久しぶりだな」
と、言いつつ、実のところ大真は、花火どころではなかった。
見ているようで、見ていなかった。
気になるのは隣に座る、狐面をかぶったままの縁だ。
お面をかぶっているから、どんな表情をしているのか見えない。見えないということは、わからないということだ。
どうしてなにも言わないのだろう。
すると、急につんと腕をひじでつついていた。反応があったことにほっとして、花火の音に声が消されないように顔を寄せた。
「どうした?」
耳をそばだてる。
「ず……いって」
「ん、なんて?」
お面をかぶっているせいか、声がくぐもっているうえに、言葉の合間に花火が打ちあがり、音で声がかき消されてしまう。
「悪い。なんて言った? お面、外していいか?」
そっと、狐面に手を伸ばすと、縁に手首をつかまれ、下ろされる。
同時に、今日一番の大きな花火の音が連続して聞こえてきた。
花火が夜空に大きく広がるはずが、視界が遮られる。
軽くほほに触れる感触がして、視界がまた開けた。
キラキラと輝く花火の残り火が見えた。
「え……」
はっと、縁を見ると、狐面をつけて夜空を見ていた。
さっき、視界を防いだのは狐面だ。
女の子にキスをされたところに、縁がキスをした?
ほおに手をやった。
かっと熱くなる。
それと同時に、大真は大いに混乱した。
「見んな」
縁に手で視界をさえぎられるまで、自分が凝視していることに気づかないほど見ていた。
大真は、さえぎってきた手をとり、ゆっくりとどかす。
顔を近づけると、耳が真っ赤だ。
「え、えにし?」
もう、花火どころじゃなかった。
花火の音よりも、心臓の音のほうがうるさいぐらいだ。
「俺とたいちゃん。一緒にいて何年になると思ってんの?」
「へ?……、えっと二十年ぐらい?」
「たいちゃんが、俺のこと好きってことぐらいとっくに知ってるって、知ってた?」
「……なっ」
「それに、ホテルで一緒に寝てたのってたいちゃんのせいだからな!」
「あ、やっぱ、俺?」
なにをしたのかと、チラッと縁を見た。
「起こそうと叩いたら、引き寄せられて、名前呼ばれた。そのままはなしてくんねーの。隠してるみたいだけど、肩を抱いてくるのも俺だけってこと知ってるかんな」
縁の話を聞いて、トキめきのドキドキから、ひゅっと肝が冷えるドキドキに変わった。
「い、いつから……」
知っていた、という言葉は声にでなかった。けれど、それで通じたようだった。
「高校を卒業する前あたり。でも、これまで通りでいいと思ってた。それをたいちゃんも望んでいたみたいだから。でもさ」
そこで言葉を区切って、狐面を頭の上に押し上げた。
縁の顔が見えた。
きりっとした一重の目に、整えた眉。鼻筋が通っていて、男性にしては小さめの口。
「さっきあすなが、たいちゃんがずっと抱っこしてる時から、もやってた。で、キスしたのを見て、『俺のなのに』って思っちゃったわけ。その思ったことにおどろいて、動揺して、移動するのに手首つかまれて気づいた。誰かに奪われたくない、独占したいって」
大真はごくりとつばを飲み込んでいた。
「俺、今、縁から告白を聞いてる?」
「そうだよ。だから、あんま見んな」
ぐいっとほおを手で押されて、縁から視線が外れ夜空を見上げた。
花火が終わって、空には煙で白くなっていた。
縁石に座っている前をどんどん帰る人が通っていく。
今なら、ここでキスしても人で込み合っていて気にする人なんていないだろう。
キスの代わりに肩を抱き寄せた。
「じゃあ、たいしって呼んでよ」
耳元で囁くようにして言った。
「まだ、人前。はなれろって」
肘で脇を押され、腕がゆるむと、さっと縁は立ち上がった。
「人前じゃなかったらいいの?」
意地悪っぽいと自分でも思いつつ聞いた。
「……! やっぱ、さっきのなしで」
「いや、それは。だめ。やめて」
さっと歩いていく縁を追う。裾をくいっと掴むと、その腕を取られて、下にひっぱられる。
重心が下がり、耳元で「たいし」とささやく声が聞こえた。
縁は、さっと大真から離れて、さっさと前を歩いていく。
さっきから、どくどくと鳴りっぱなしの心臓が、もっと速くなって苦しくなる。
「俺、もう、心臓もたねえわ」
「……ったく」
縁は、嬉しそうな、それでいて仕方なさそうに笑って、立ち止まった大真に手を差しだした。
その手を掴んで、ぐいっと胸元に引き寄せた。
まさかキスをされるとは思わなかった。
そっと、キスをされたところに手をやった。
「あすなって子。大人になったらどんな子になるんだろうな」
縁からの反応はない。
さっきからずっと静かなままだ。
もしかして、大真だけキスされたことにすねているんだろうか。抱っこも断られていたし。
手に持ったままの狐面を、さっと縁の頭に乗せると、縁はそれを顔につけた。その時――。
ドン ドン
花火の音がした。
見上げれば、夜空がまばゆくきらめいた。
そして次々と打ちあがる花火に、歓声が上がっている。
「止まって見ようか」
縁の手首をつかんで、海岸沿いの空いている縁石に座った。
浴衣だと、服と違って座りにくい。
それでも、居心地よく座れる姿勢をとって夜空へと視線を向ける。
「花火なんて、久しぶりだな」
と、言いつつ、実のところ大真は、花火どころではなかった。
見ているようで、見ていなかった。
気になるのは隣に座る、狐面をかぶったままの縁だ。
お面をかぶっているから、どんな表情をしているのか見えない。見えないということは、わからないということだ。
どうしてなにも言わないのだろう。
すると、急につんと腕をひじでつついていた。反応があったことにほっとして、花火の音に声が消されないように顔を寄せた。
「どうした?」
耳をそばだてる。
「ず……いって」
「ん、なんて?」
お面をかぶっているせいか、声がくぐもっているうえに、言葉の合間に花火が打ちあがり、音で声がかき消されてしまう。
「悪い。なんて言った? お面、外していいか?」
そっと、狐面に手を伸ばすと、縁に手首をつかまれ、下ろされる。
同時に、今日一番の大きな花火の音が連続して聞こえてきた。
花火が夜空に大きく広がるはずが、視界が遮られる。
軽くほほに触れる感触がして、視界がまた開けた。
キラキラと輝く花火の残り火が見えた。
「え……」
はっと、縁を見ると、狐面をつけて夜空を見ていた。
さっき、視界を防いだのは狐面だ。
女の子にキスをされたところに、縁がキスをした?
ほおに手をやった。
かっと熱くなる。
それと同時に、大真は大いに混乱した。
「見んな」
縁に手で視界をさえぎられるまで、自分が凝視していることに気づかないほど見ていた。
大真は、さえぎってきた手をとり、ゆっくりとどかす。
顔を近づけると、耳が真っ赤だ。
「え、えにし?」
もう、花火どころじゃなかった。
花火の音よりも、心臓の音のほうがうるさいぐらいだ。
「俺とたいちゃん。一緒にいて何年になると思ってんの?」
「へ?……、えっと二十年ぐらい?」
「たいちゃんが、俺のこと好きってことぐらいとっくに知ってるって、知ってた?」
「……なっ」
「それに、ホテルで一緒に寝てたのってたいちゃんのせいだからな!」
「あ、やっぱ、俺?」
なにをしたのかと、チラッと縁を見た。
「起こそうと叩いたら、引き寄せられて、名前呼ばれた。そのままはなしてくんねーの。隠してるみたいだけど、肩を抱いてくるのも俺だけってこと知ってるかんな」
縁の話を聞いて、トキめきのドキドキから、ひゅっと肝が冷えるドキドキに変わった。
「い、いつから……」
知っていた、という言葉は声にでなかった。けれど、それで通じたようだった。
「高校を卒業する前あたり。でも、これまで通りでいいと思ってた。それをたいちゃんも望んでいたみたいだから。でもさ」
そこで言葉を区切って、狐面を頭の上に押し上げた。
縁の顔が見えた。
きりっとした一重の目に、整えた眉。鼻筋が通っていて、男性にしては小さめの口。
「さっきあすなが、たいちゃんがずっと抱っこしてる時から、もやってた。で、キスしたのを見て、『俺のなのに』って思っちゃったわけ。その思ったことにおどろいて、動揺して、移動するのに手首つかまれて気づいた。誰かに奪われたくない、独占したいって」
大真はごくりとつばを飲み込んでいた。
「俺、今、縁から告白を聞いてる?」
「そうだよ。だから、あんま見んな」
ぐいっとほおを手で押されて、縁から視線が外れ夜空を見上げた。
花火が終わって、空には煙で白くなっていた。
縁石に座っている前をどんどん帰る人が通っていく。
今なら、ここでキスしても人で込み合っていて気にする人なんていないだろう。
キスの代わりに肩を抱き寄せた。
「じゃあ、たいしって呼んでよ」
耳元で囁くようにして言った。
「まだ、人前。はなれろって」
肘で脇を押され、腕がゆるむと、さっと縁は立ち上がった。
「人前じゃなかったらいいの?」
意地悪っぽいと自分でも思いつつ聞いた。
「……! やっぱ、さっきのなしで」
「いや、それは。だめ。やめて」
さっと歩いていく縁を追う。裾をくいっと掴むと、その腕を取られて、下にひっぱられる。
重心が下がり、耳元で「たいし」とささやく声が聞こえた。
縁は、さっと大真から離れて、さっさと前を歩いていく。
さっきから、どくどくと鳴りっぱなしの心臓が、もっと速くなって苦しくなる。
「俺、もう、心臓もたねえわ」
「……ったく」
縁は、嬉しそうな、それでいて仕方なさそうに笑って、立ち止まった大真に手を差しだした。
その手を掴んで、ぐいっと胸元に引き寄せた。
0
お気に入りに追加
2
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
逃げられない罠のように捕まえたい
アキナヌカ
BL
僕は岩崎裕介(いわさき ゆうすけ)には親友がいる、ちょっと特殊な遊びもする親友で西村鈴(にしむら りん)という名前だ。僕はまた鈴が頬を赤く腫らせているので、いつものことだなと思って、そんな鈴から誘われて僕は二人だけで楽しい遊びをする。
★★★このお話はBLです 裕介×鈴です ノンケ攻め 襲い受け リバなし 不定期更新です★★★
小説家になろう、pixiv、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、fujossyにも掲載しています。
恋のスーパーボール
茶野森かのこ
BL
一目惚れ、夏祭り、赤い欄干、あやかし。夏に出会った大切な人。
新人編集者の壱哉は、作家の瑞季に恋をしている。
人気作家の瑞季だが、最近は創作活動に行き詰まり、リフレッシュも兼ねて、二人は温泉旅行に向かう事に。
好きな人との温泉旅行に夏祭りと、浮かれる壱哉だったが、あやかしが瑞季に牙を剥いていく。
*(2024.4.1)修正しました。
87day Diaries.
紀木 冴
BL
須野海岸は毎年夏になると多くの人が集まる。
そんな海の側で生まれの育った由井麻比呂は大好きだった兄の死をきっかけにサーフィンから離れ両親の営むカフェ&ショップで働いていた。
ある夏ライフセーバーの真壁礼が現場調査と教育のため派遣され須野海岸の一員として働く事に。そんな礼を麻比呂は兄の面影と照らし合わせ特別な感情を抱く存在になっていく。
未練があるサーフィンに踏み出せない麻比呂。
ひと夏限りの出会いは次第に二人の未来を動かしていく。
⌘ 表紙イラスト atsuko3939様
※イラストの無断転載などはご遠慮下さい。

初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
【甘夏と、夕立】帰りたくなる姫りんご
あきすと
BL
甘夏と、夕立。(既出)と言う
お話の続きです。夏と冬に書いています。(偶然です)
2人の空気感やセカイに入ると時間がゆっくりと
流れていきます。
じれったい2人ですが、どうぞよしなに。
田舎で自分のペースで暮らす幼馴染2人のお話です。
結構、紆余曲折あったので
そろそろ結ばれてほしいなぁと思いながら
書いています。
ゆるく続きます。
主人公
春久 悠里(はるひさゆうり)
田舎から都会に出て進学し、働き始めた青年。
感受性が強く、神経質。
人が苦手で怖い。さびれたアパートで
働きながら、ほぼ無趣味に暮らしている。
髪は、赤茶けており偏食を直そうと
自炊だけはマメにしている。
今は、実家暮らしになりました。
礼緒くん・獅子座
悠里・魚座

僕の宝物はみんなの所有物
まつも☆きらら
BL
生徒会の仲良し4人組は、いつも放課後生徒会室に集まっておやつを食べたりおしゃべりをしたり楽しい毎日を過ごしていた。そんなある日、生徒会をとっくに引退した匠が、「かわいい子がいた!」と言い出した。転入生らしいその子はとてもきれいな男の子で、4人組は同時に彼に一目ぼれしてしまったのだった。お互いライバルとなった4人。何とかその美少年を生徒会に入れることに成功したけれど、4人の恋は前途多難で・・・。

十月のコバンザメ
立樹
BL
川畑直仁は、友人の植木と飲んでいて、藤森章のことを思い出す。
突然、連絡しても返事が返ってこなくなった。電話も出ない。
もう出会うことはないと思っていた。
けれど、直仁はもう一度会いたくて、今度は、電話やメールではなく、会いに行くことにした。

フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる