花火の下で、君と

立樹

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 のっそりと起きて、となりのベッドに置かれた浴衣を大真に差しだした。
 手に取って、袖を通してみる。
 濃紺の柄もないシンプルな浴衣に、帯は黒だった。
 縁はと、見ると、大真とは反対に白っぽい色の浴衣を着ていた。

 夕食を済ませ、動画を見ながら着付けを済ませると、夏祭り会場へと向かった。宿泊所が浴衣の貸し出しを行っているからか、カップルに限らず、家族連れなど、やたらと浴衣を着ている人が目についた。
 宿から少し歩くと、お囃子が聞こえてくる。
 人も多くなり、道には人があふれていた。

 日は落ちても熱気は上がったままな外を歩く。

 蒸し暑く、風を仰ぐものがほしくなった。
 縁も同じようなもので、「あつー」と言いながら、手で顔のあたりを仰いでいた。
 道のわきにも露店がでていて、買い求める人が足を止めていた。

「かき氷でも食うか?」
 大真が聞いた。
「んーそれもいいけど、イカ焼き食いたい」
「えっ。さっき、夕飯食っただろ」
「デザートは別腹っていうじゃん」
「それは、甘いものに限ると思うけど」
「そっか……うわっ」

 言い合っていると、縁が急に視界から消えた……、ではなく、少し後ろに下がった。
「どうした?」
 立ち止まって振り向くと、縁の足元に小さな子がうずくまっていた。
 頭つけた狐面の目と目が合った……ような気がして、さっと視線をはずした。

 すると、後ろから来た人が、邪魔そうに大真たちを横目に過ぎていくのが目に入った。

 どうして子どもがしゃがんでいるのかわからないが、移動した方がよさそうだった。
 縁は、一緒にしゃがみ込んで「どうしたんだ」と声をかけている。
「おい、行くぞ」
 さっと、子どもの脇に手を入れて、抱きかかえると、人をよけながら露店わきの細い小道に入った。

「ここなら、人の邪魔にならないな。で、どうした?」
 狐面をかぶった子に声をかけた。
「ひっく……ひっく」
「たいちゃん、めっちゃ子ども抱っこすんの上手いの、なんで?」

 泣いて答えない子の代わりに、縁が意外そうに、大真を見てきた。
「……気になる?」
 首をかしげ、聞くと大きくうなずいた。 

「うちのねーちゃんに三歳になる息子がいて、抱っこさせられるんだよ」
「たいちゃんに甥っ子? たいちゃんがおっちゃん……」
 くくくっと腰をかがめて笑っている。
「うっせー。俺がおっちゃんなら、縁だっておっちゃんだろ……ん?」
 言い合っていると、肩をぽんぽんとたたかれた。

「泣き止んだのか」
「だれ?」

 大真の腕の中の子が、涙目のまま恐る恐るといった様子で、こちらを見てきた。

 その子はおかっぱ頭で、黒いTシャツに、膝丈ぐらいのジーパンをはいていて、男の子に見える。三歳ぐらいだろうか。

「俺はたいしで、さっきぶつかったのがえにし。どっか怪我してない?」
 大真がのぞきこむようにして聞くと、こくんとうなずいた。

 そのまま、食い入るように見られて、
「なにかついてる」と尋ねると、
「おにーちゃん、イケメン!」
「えっ、おお、ありがとな」
 イケメンと言われて悪い気はしない。その子は、警戒心を解いたのか、手を大真の首の後ろに回してきた。
 ずり落ちそうになっていて、もう一度、抱え直した。

「それで、君、迷子? 名前は?」
「あすな」
 と言って、小さくて短い指を四つ立てた。
「四歳?」
 あすなと名乗った子が大きくうなずいた。

 狐面を頭の後ろにかぶっているし、男の子のような服を服を着ていたからてっきり男の子だと思っていたら、女の子だった。なんでも「にーちゃんのふく」だそう。

 よく見ると、まつげが長くて、大きな瞳をしていて、将来、大きくなったら美人になることが想像できた。

「あすなちゃん、今度は、俺が抱っこしていいか?」
 今度は縁があすなに手を差し出すと、首を横にふった。

「こっちのおにーちゃんがいい」
 両腕を首に回して、ぎゅっと抱きついてしまった。
 縁な頭をかいて、仕方がないとばかりに、肩をすくめた。

 あすなを抱っこしたまま、はぐれた場所を聞いて戻り、辺りを探す。
 人、人ばかりで、なかなか見つからなかった。
 探す道々、縁はイカ焼きを、あすなはわたあめを買い、食べつつ浜辺まで来た。
 ここで見つからなければ、アナウンスをしてもらおうかと考えていると、

「あすな……」

 かすかに女の子の名を呼ぶ声が聞こえた。

「どっちから聞こえた?」と大真。
「あっちかな」と縁。

 また聞こえた。さっきよりも大きい。

「おろして」
 女の子が言った。

 大真は、またはぐれないように女の子の手をとった。
 しばらく声を頼りにうろうろしていると、
「あ、ママ!」
 あすなが、つないでいた手を離して、ぱっと駆けだした。
「あすな!」
 ママらしき若い女の人がぎゅっとあすなを抱きしめている。

「よかったな」
「だな」
 行こうとすると、浴衣の袖口をくいっと引っ張られた。
 大真が振り向くと、あすなだった。

「もう、迷子になるなよ」
「おにーちゃん。これ!」
 あすなは頭の後ろにかぶっていた狐面を差しだした。

「くれるの?」
 あすなは、にっこりと笑って「あげる」と言った。

「すみません、ありがとうございました」
 あすなの後ろから、両親がそろって頭を下げてきた。
「よかったな」
「うん」
 そして、あすなが手招きをして、耳打ちをするようなジェスチャーをした。

 なにか言いたいことがあるのだろうと、しゃがむと、ちゅっと音がした。
 ほっぺにやわらかい感触があった。

「まあ」
 あすなのママが驚いた声をあげた。
「キスか。あすなやるな」
 あすなのパパがニヤッとしながら言ったあと、ませててすみませんと頭を下げられた。
 大真はあすなの頭をなでると、「バイバイ」と別れた。
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