2 / 2
後編
しおりを挟む
とぼとぼと歩く。
すれ違う人は皆、無表情だ。
けれど、自分のほうがもっとひどい顔をしているに違いなかった。
時間を巻き戻せるなら、たわいもない話をしながら、笑っている時に戻してほしかった。
月をぼんやりと見ながら歩いていると、突然、誰かに手首を掴まれた。
前進している歩みを急に止められ、重心がずれ、掴まれた方へとたたらを踏んだ。
「え? あっ」
勢いが止まらず、肩をぶつけた。
後ろには、誰か人の柔らかい感触があった。
「すみません」
謝ろうと、斜め後ろを見ると、彼がいた。
幾度も出会えなかった彼がいた。
「城一郎」
彼の名を呼ぶと、眉間に眉を寄せ、怒ったような声を発してきた。
「ああ。ってか、危ないじゃないか。もうすぐぶつかるところだったぞ! なんで、上を向いてあるいてんだ」
「え?」
顔を前に戻すと、あと二歩の場所に電柱があった。手を伸ばせば、冷たいコンクリートの感触が伝わる距離。ぶつかっていたら相当痛いはずだ。
「ごめん、助かった。ありがと」
後ろを向くと、城一郎はまだ怖い顔をしていた。そして、よく見れば、髪の毛が乱れ、息が上がっている。
「城一郎。もしかして、走ってきた?」
そう尋ねると、城一郎は、荒い息を落ち着かせるように、ゴクリと喉仏を上下させ、一歩距離を詰めてきた。朔也は、鬼気迫る迫力に押され、一歩下がる。すると、城一郎がまた一歩詰める。下がる、詰めるを繰り返すと、背中に電柱が当たった。
「そうだよ。走ってきた。悪いかよ?」
顔半分高い城一郎が睨んできた。朔也は、慌てて大きく顔を横に振った。
「い、いや。いや、そうじゃなくて」
睨まれているとはいえ、あれほど待ち望んだ城一郎がいる。怒られていようが、構わなかった。
無視されているより、よほど嬉しい。
「なんで笑っているんだよ?」
「え?」
訝し気な表情をした城一郎に言われて、自分が笑っていることに気付いた。
にやけてしまっていたらしい。
「なんでもないよ!」
照れ隠しに、コホンと空咳をしながら、言う。
顔が熱い。
赤くなっていないといいと願いながら、城一郎を見上げると、何か言いたそうに、じっと見つめてきた。開いては閉じを繰り返す唇。
もどかしさに、待ちきれなくなった頃、ようやくその口から言葉が聞こえてきた。
「あのさ」
「うん」
「俺がこれからいう事が、間違っているなら教えてほしい」
何を、とは聞けないほど、一気に喉がカラカラになる。
城一郎から何も聞かされないうちに、月夜の下を一気に走り去って行きたくなった。
鼓動は、うるさいほど高鳴っている。
「朔也は、俺に、その、キスをしようとした、のか?」
一瞬、周りの声が聞こえなくなった。
喉が張り付いて声が出ない。
あの事をなかったままにして、今まで通りの関係でいたい。
そう思う自分が、なさけない。そして、自分を拒否されることが怖い。
城一郎から目を逸らし、闇が広がる外壁を見る。もう一度、目をあげると明るい街灯の光にも負けないほどの月があった。見ていると、気持ちが少し落ち着いてきた。
あの楽しかった夜には戻れない。あの頃の関係に戻れないかも知れない。けれど、気まずいはずなのに、目の前に現れてくれた城一郎。聞かれた以上は、逃げるわけにはいかない。
意を決して、城一郎を見る。
「逃げ出してごめん……」
緊張で声がかすれた。
「謝ってほしいんじゃない。俺は、答えが欲しいんだ」
朔也は、頷いた。
そして、思い切って一息で言った。
「そうだよ! 君が好きなんだ」
言ってしまうと、城一郎の顔から必死さが消え、息をつめたような表情に変わった。
「それは、恋愛対象としてか?」
「恋愛対象として」
「いつから?」
「高校の時。お墓まで持っていくつもりだったのに失敗した」
見つめられる目線が痛かった。
目を逸らし、空笑いが出た。
笑えば笑うほど、胸の内が痛んだ。
その時――。
「痛っ!」
バチっと、急におでこに衝撃がきた。
じんわりと涙がにじみ、視界がゆらぐ。
おでこに手をやり、城一郎を見るとニヤリと笑っていた。
「これで、おあいこだ。朔也が逃げた事はちゃらにしてやるよ」
笑うと、一気に幼くなった。
「許してくれるの?」
「許してやるよ」
「ありがと」
「じゃあ、行くか」
「どこへ?」
「俺に会いに来たんじゃないのか?」
不敵に笑う城一郎を忌々し気に見ると同時に、治まっていた動悸がまた激しくなる。
何も言わないでいると、先を歩く城一郎が言った。
「朔也、あのさ、あれから俺、悩んだんだよ。コメントさえ見れなかった。どう解釈すればいいのかわからなかったし、どんな顔をして会えばいいのかわからなかった」
「うん」
それはそうだろうと、軽はずみな行動をしてしまった自分を恥じた。
下を向いていると、隣に城一郎が並んできた。
「でもさ、実は俺、高校の時に気づいてた。お前の気持ち。気づいてて無視してた。そもそも、自分の気持ちが分からなかった。好きという気持ちも分からなかったんだ。大学入って彼女と付き合っては別れてを繰り返して、別れる度に、朔也の顔が思い浮かんでた」
そう言って、城一郎は夜空を見上げた。その視線の先には大きな月があった。
月の光に照らされた夜空は、淡く光り、泣きたいほどに美しかった。
「あのキス。実は、されなくて残念だった。何て言ったら驚くか?」
「……!?」
驚きのあまり、声がでない。
――残念だった?
「俺もさ、そう思った自分が信じられなくって悩んでた。悩んで、悩んで、やっと答えが出た」
ざっと城一郎が前に回り込んできた。その姿を朔也が捉えたと同時に、唇に何かが触れた。
触れるか触れないほどのキス。
「これが、俺の答え。受け取ってよ」
目の前には、はにかむような顔をした城一郎がいた。
目の前が滲む。
涙をこぼさないように、上を見上げた。
柔らかな月明かりに、胸の内が満たされる。
頷くと、涙が零れてしまう。その代わりに朔也は言った。
「城一郎、この月に誓う。これから先もずっと、離れず君の近くにいるよ――」
すれ違う人は皆、無表情だ。
けれど、自分のほうがもっとひどい顔をしているに違いなかった。
時間を巻き戻せるなら、たわいもない話をしながら、笑っている時に戻してほしかった。
月をぼんやりと見ながら歩いていると、突然、誰かに手首を掴まれた。
前進している歩みを急に止められ、重心がずれ、掴まれた方へとたたらを踏んだ。
「え? あっ」
勢いが止まらず、肩をぶつけた。
後ろには、誰か人の柔らかい感触があった。
「すみません」
謝ろうと、斜め後ろを見ると、彼がいた。
幾度も出会えなかった彼がいた。
「城一郎」
彼の名を呼ぶと、眉間に眉を寄せ、怒ったような声を発してきた。
「ああ。ってか、危ないじゃないか。もうすぐぶつかるところだったぞ! なんで、上を向いてあるいてんだ」
「え?」
顔を前に戻すと、あと二歩の場所に電柱があった。手を伸ばせば、冷たいコンクリートの感触が伝わる距離。ぶつかっていたら相当痛いはずだ。
「ごめん、助かった。ありがと」
後ろを向くと、城一郎はまだ怖い顔をしていた。そして、よく見れば、髪の毛が乱れ、息が上がっている。
「城一郎。もしかして、走ってきた?」
そう尋ねると、城一郎は、荒い息を落ち着かせるように、ゴクリと喉仏を上下させ、一歩距離を詰めてきた。朔也は、鬼気迫る迫力に押され、一歩下がる。すると、城一郎がまた一歩詰める。下がる、詰めるを繰り返すと、背中に電柱が当たった。
「そうだよ。走ってきた。悪いかよ?」
顔半分高い城一郎が睨んできた。朔也は、慌てて大きく顔を横に振った。
「い、いや。いや、そうじゃなくて」
睨まれているとはいえ、あれほど待ち望んだ城一郎がいる。怒られていようが、構わなかった。
無視されているより、よほど嬉しい。
「なんで笑っているんだよ?」
「え?」
訝し気な表情をした城一郎に言われて、自分が笑っていることに気付いた。
にやけてしまっていたらしい。
「なんでもないよ!」
照れ隠しに、コホンと空咳をしながら、言う。
顔が熱い。
赤くなっていないといいと願いながら、城一郎を見上げると、何か言いたそうに、じっと見つめてきた。開いては閉じを繰り返す唇。
もどかしさに、待ちきれなくなった頃、ようやくその口から言葉が聞こえてきた。
「あのさ」
「うん」
「俺がこれからいう事が、間違っているなら教えてほしい」
何を、とは聞けないほど、一気に喉がカラカラになる。
城一郎から何も聞かされないうちに、月夜の下を一気に走り去って行きたくなった。
鼓動は、うるさいほど高鳴っている。
「朔也は、俺に、その、キスをしようとした、のか?」
一瞬、周りの声が聞こえなくなった。
喉が張り付いて声が出ない。
あの事をなかったままにして、今まで通りの関係でいたい。
そう思う自分が、なさけない。そして、自分を拒否されることが怖い。
城一郎から目を逸らし、闇が広がる外壁を見る。もう一度、目をあげると明るい街灯の光にも負けないほどの月があった。見ていると、気持ちが少し落ち着いてきた。
あの楽しかった夜には戻れない。あの頃の関係に戻れないかも知れない。けれど、気まずいはずなのに、目の前に現れてくれた城一郎。聞かれた以上は、逃げるわけにはいかない。
意を決して、城一郎を見る。
「逃げ出してごめん……」
緊張で声がかすれた。
「謝ってほしいんじゃない。俺は、答えが欲しいんだ」
朔也は、頷いた。
そして、思い切って一息で言った。
「そうだよ! 君が好きなんだ」
言ってしまうと、城一郎の顔から必死さが消え、息をつめたような表情に変わった。
「それは、恋愛対象としてか?」
「恋愛対象として」
「いつから?」
「高校の時。お墓まで持っていくつもりだったのに失敗した」
見つめられる目線が痛かった。
目を逸らし、空笑いが出た。
笑えば笑うほど、胸の内が痛んだ。
その時――。
「痛っ!」
バチっと、急におでこに衝撃がきた。
じんわりと涙がにじみ、視界がゆらぐ。
おでこに手をやり、城一郎を見るとニヤリと笑っていた。
「これで、おあいこだ。朔也が逃げた事はちゃらにしてやるよ」
笑うと、一気に幼くなった。
「許してくれるの?」
「許してやるよ」
「ありがと」
「じゃあ、行くか」
「どこへ?」
「俺に会いに来たんじゃないのか?」
不敵に笑う城一郎を忌々し気に見ると同時に、治まっていた動悸がまた激しくなる。
何も言わないでいると、先を歩く城一郎が言った。
「朔也、あのさ、あれから俺、悩んだんだよ。コメントさえ見れなかった。どう解釈すればいいのかわからなかったし、どんな顔をして会えばいいのかわからなかった」
「うん」
それはそうだろうと、軽はずみな行動をしてしまった自分を恥じた。
下を向いていると、隣に城一郎が並んできた。
「でもさ、実は俺、高校の時に気づいてた。お前の気持ち。気づいてて無視してた。そもそも、自分の気持ちが分からなかった。好きという気持ちも分からなかったんだ。大学入って彼女と付き合っては別れてを繰り返して、別れる度に、朔也の顔が思い浮かんでた」
そう言って、城一郎は夜空を見上げた。その視線の先には大きな月があった。
月の光に照らされた夜空は、淡く光り、泣きたいほどに美しかった。
「あのキス。実は、されなくて残念だった。何て言ったら驚くか?」
「……!?」
驚きのあまり、声がでない。
――残念だった?
「俺もさ、そう思った自分が信じられなくって悩んでた。悩んで、悩んで、やっと答えが出た」
ざっと城一郎が前に回り込んできた。その姿を朔也が捉えたと同時に、唇に何かが触れた。
触れるか触れないほどのキス。
「これが、俺の答え。受け取ってよ」
目の前には、はにかむような顔をした城一郎がいた。
目の前が滲む。
涙をこぼさないように、上を見上げた。
柔らかな月明かりに、胸の内が満たされる。
頷くと、涙が零れてしまう。その代わりに朔也は言った。
「城一郎、この月に誓う。これから先もずっと、離れず君の近くにいるよ――」
12
お気に入りに追加
5
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
可愛い男の子が実はタチだった件について。
桜子あんこ
BL
イケメンで女にモテる男、裕也(ゆうや)と可愛くて男にモテる、凛(りん)が付き合い始め、裕也は自分が抱く側かと思っていた。
可愛いS攻め×快楽に弱い男前受け
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
咳が苦しくておしっこが言えなかった同居人
こじらせた処女
BL
過労が祟った菖(あやめ)は、風邪をひいてしまった。症状の中で咳が最もひどく、夜も寝苦しくて起きてしまうほど。
それなのに、元々がリモートワークだったこともあってか、休むことはせず、ベッドの上でパソコンを叩いていた。それに怒った同居人の楓(かえで)はその日一日有給を取り、菖を監視する。咳が止まらない菖にホットレモンを作ったり、背中をさすったりと献身的な世話のお陰で一度長い眠りにつくことができた。
しかし、1時間ほどで目を覚ましてしまう。それは水分をたくさんとったことによる尿意なのだが、咳のせいでなかなか言うことが出来ず、限界に近づいていき…?
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる