月明かりの下で

立樹

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後編

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とぼとぼと歩く。
すれ違う人は皆、無表情だ。
けれど、自分のほうがもっとひどい顔をしているに違いなかった。

時間を巻き戻せるなら、たわいもない話をしながら、笑っている時に戻してほしかった。

月をぼんやりと見ながら歩いていると、突然、誰かに手首を掴まれた。
前進している歩みを急に止められ、重心がずれ、掴まれた方へとたたらを踏んだ。

「え? あっ」

勢いが止まらず、肩をぶつけた。
後ろには、誰か人の柔らかい感触があった。

「すみません」

謝ろうと、斜め後ろを見ると、彼がいた。
幾度も出会えなかった彼がいた。

「城一郎」

彼の名を呼ぶと、眉間に眉を寄せ、怒ったような声を発してきた。

「ああ。ってか、危ないじゃないか。もうすぐぶつかるところだったぞ! なんで、上を向いてあるいてんだ」

「え?」

顔を前に戻すと、あと二歩の場所に電柱があった。手を伸ばせば、冷たいコンクリートの感触が伝わる距離。ぶつかっていたら相当痛いはずだ。

「ごめん、助かった。ありがと」

後ろを向くと、城一郎はまだ怖い顔をしていた。そして、よく見れば、髪の毛が乱れ、息が上がっている。

「城一郎。もしかして、走ってきた?」

そう尋ねると、城一郎は、荒い息を落ち着かせるように、ゴクリと喉仏を上下させ、一歩距離を詰めてきた。朔也は、鬼気迫る迫力に押され、一歩下がる。すると、城一郎がまた一歩詰める。下がる、詰めるを繰り返すと、背中に電柱が当たった。

「そうだよ。走ってきた。悪いかよ?」

顔半分高い城一郎が睨んできた。朔也は、慌てて大きく顔を横に振った。

「い、いや。いや、そうじゃなくて」

睨まれているとはいえ、あれほど待ち望んだ城一郎がいる。怒られていようが、構わなかった。
無視されているより、よほど嬉しい。

「なんで笑っているんだよ?」
「え?」

訝し気な表情をした城一郎に言われて、自分が笑っていることに気付いた。
にやけてしまっていたらしい。

「なんでもないよ!」

照れ隠しに、コホンと空咳をしながら、言う。
顔が熱い。
赤くなっていないといいと願いながら、城一郎を見上げると、何か言いたそうに、じっと見つめてきた。開いては閉じを繰り返す唇。
もどかしさに、待ちきれなくなった頃、ようやくその口から言葉が聞こえてきた。

「あのさ」
「うん」
「俺がこれからいう事が、間違っているなら教えてほしい」

何を、とは聞けないほど、一気に喉がカラカラになる。
城一郎から何も聞かされないうちに、月夜の下を一気に走り去って行きたくなった。
鼓動は、うるさいほど高鳴っている。

「朔也は、俺に、その、キスをしようとした、のか?」

一瞬、周りの声が聞こえなくなった。
喉が張り付いて声が出ない。
あの事をなかったままにして、今まで通りの関係でいたい。
そう思う自分が、なさけない。そして、自分を拒否されることが怖い。

城一郎から目を逸らし、闇が広がる外壁を見る。もう一度、目をあげると明るい街灯の光にも負けないほどの月があった。見ていると、気持ちが少し落ち着いてきた。
あの楽しかった夜には戻れない。あの頃の関係に戻れないかも知れない。けれど、気まずいはずなのに、目の前に現れてくれた城一郎。聞かれた以上は、逃げるわけにはいかない。

意を決して、城一郎を見る。
「逃げ出してごめん……」
緊張で声がかすれた。

「謝ってほしいんじゃない。俺は、答えが欲しいんだ」

朔也は、頷いた。
そして、思い切って一息で言った。

「そうだよ! 君が好きなんだ」

言ってしまうと、城一郎の顔から必死さが消え、息をつめたような表情に変わった。

「それは、恋愛対象としてか?」
「恋愛対象として」
「いつから?」
「高校の時。お墓まで持っていくつもりだったのに失敗した」

見つめられる目線が痛かった。
目を逸らし、空笑いが出た。
笑えば笑うほど、胸の内が痛んだ。

その時――。
「痛っ!」
バチっと、急におでこに衝撃がきた。

じんわりと涙がにじみ、視界がゆらぐ。
おでこに手をやり、城一郎を見るとニヤリと笑っていた。

「これで、おあいこだ。朔也が逃げた事はちゃらにしてやるよ」

笑うと、一気に幼くなった。

「許してくれるの?」
「許してやるよ」
「ありがと」
「じゃあ、行くか」
「どこへ?」
「俺に会いに来たんじゃないのか?」

不敵に笑う城一郎を忌々し気に見ると同時に、治まっていた動悸がまた激しくなる。
何も言わないでいると、先を歩く城一郎が言った。

「朔也、あのさ、あれから俺、悩んだんだよ。コメントさえ見れなかった。どう解釈すればいいのかわからなかったし、どんな顔をして会えばいいのかわからなかった」
「うん」

それはそうだろうと、軽はずみな行動をしてしまった自分を恥じた。
下を向いていると、隣に城一郎が並んできた。

「でもさ、実は俺、高校の時に気づいてた。お前の気持ち。気づいてて無視してた。そもそも、自分の気持ちが分からなかった。好きという気持ちも分からなかったんだ。大学入って彼女と付き合っては別れてを繰り返して、別れる度に、朔也の顔が思い浮かんでた」

そう言って、城一郎は夜空を見上げた。その視線の先には大きな月があった。
月の光に照らされた夜空は、淡く光り、泣きたいほどに美しかった。

「あのキス。実は、されなくて残念だった。何て言ったら驚くか?」
「……!?」

驚きのあまり、声がでない。

――残念だった?


「俺もさ、そう思った自分が信じられなくって悩んでた。悩んで、悩んで、やっと答えが出た」

ざっと城一郎が前に回り込んできた。その姿を朔也が捉えたと同時に、唇に何かが触れた。
触れるか触れないほどのキス。

「これが、俺の答え。受け取ってよ」
目の前には、はにかむような顔をした城一郎がいた。
目の前が滲む。

涙をこぼさないように、上を見上げた。
柔らかな月明かりに、胸の内が満たされる。
頷くと、涙が零れてしまう。その代わりに朔也は言った。

「城一郎、この月に誓う。これから先もずっと、離れず君の近くにいるよ――」
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