隣にいて

立樹

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「さっきの女の人、可愛かったな。もしかして、タイプだったりしたか?」
 からかい口調で言うと、形のいい眉を寄せた。
「そんなんじゃないです。それに、ぶつかっただけで赤くなんてなりませんよ」
淡々という言葉には、嘘が含まれていなさそうだ。

 そうなら、なぜ赤くなったのか――。

「……。そうか?」
 もう一度、確認のため聞くと、
「そうですよ」
 素っ気無い、一言で返されてしまった。
 こめかみをカリカリと掻く。
「ふーん」
「納得してないですね」
 杉山は軽く目を細めて言った。
「そりゃな。だって、好みのタイプにぶつかってこられたら、赤くなるだろ」
「それは同感です」
「じゃあ、タイプってことでいいんだな」

「もう――」

 杉山が言いかけた途端、電車がすれ違う音で声がかき消され、何と言ったのか聞き取れなかった。
「ん、何て?」

 問い質すと、なんとも言い難い顔をした杉山が大きなため息をついた。
 その後すぐ、下車する駅に着いたため、隼大はその答えを聞きそびれてしまった。


 下車する駅に人の波に押されるように電車から降りた。すし詰めの駅構内から我先に出ようとするように早足で進む人。
 通勤通学の時間に遅れないように急いでいるだけかも知れない。

 密集さに息苦しさを覚える。

 いつもなら、それに耐えながら人波が切れるまで我慢するのだけれど、前を歩く彼の黒髪が目に入った。
 ふと、先ほど彼からふと嗅ぎ取った匂いが思いだされた。
 人波が少なくなってきたところで、隣に並ぶと声をかけた。

「なあ」
 杉山が、こちらを見た。
「香水、つけてるのか?」
「つけてないですよ。何か匂いますか?」
 焦った顔をした。
「いや、甘い匂いがして、な」
「あ、甘い、ですか?」
「いや。悪い。聞かなかったことにしてくれ」
「え、いえ」

 何を聞いているんだ。
 そんな胸の内の声が聞こえてくる。
甘いって。
 そんな事を言われても嬉しくないだろう。
 現に、表情は隠しているけれど、どことなく落ち着かない顔だ。
 
 頭を軽く降り、意識を逸らすように、当たり障りのない話題を振った。

 駅構内を抜けると、視界が開けた。
 雲一つない空が見える。

 一人ではない、隣を歩く杉山をちらっと見た。昨日までは、顔見知り程度だったのに、一緒に出社している不思議に、ふっと笑みが漏れた。

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