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「それは、たまたま僕が聞いたんですよ」
「何を?」
「川浪さん、最近帰るの遅いんですねって」
「……」
なぜそんなことを聞くのかと顔にでていたのかも知れない、じっとりと杉山を見ると、慌てた顔をした。
「いや、あの」
狼狽した後、開き直った顔でこちらを見た。
「最初に言ったじゃないですか、気になってたって」
「ああ」
そういえば言っていた。
「時々、会社の近で飲んで帰っていたんです。その帰りに駅で見かけたことが何度かあったので、遅くまで仕事してるんだと思っていたんです。それが一度じゃなくて、連続で見かけたので、それで……」
「それで、聞くと堂岡があることないことしゃべったと」
「あることないことって」
隼大の言葉尻を取り笑ってから「疲れて見える、って言ってました」と、杉山は続けた。
隼大は、ふっとため息が漏れた。
仕事ができて、明るい堂岡。良い奴なのだが、いつの間にか負担になっていた。
堂岡の横に立たなくてはならないと思って仕事をしているうちに、できない自分に落ち込んだ。
堂岡の天性の数字の強さ。それが羨ましく、自分にないのが悔しかった。それも、眠れない要因だと最近わかった。
わかった所で、どうしようもない。ため息ばかりが増えただけだ。その、堂岡が自分の事を心配しているだなんて、皮肉なものだ。
「それで、本当に寝れないんですか?」
言いたくはない。
歳も下。それもあまりしゃべらない関係だ。
今日喋ってみて、話しやすいのはわかった。人気があるのもわかる。
見かけだけではなく、表情、態度、それ以上に声が柔らかい。こればかりは話してみないと分からないことだった。
聞いてると心地いい。
けれど、それとこれとは話は別だ。
杉山の問いに応えずに無言で歩いているうちに駅に着いた。
「じゃあ、これで」
にこやかに笑って、そのままやり過ごそうと思った。
手を上げて、改札口へと向かおうとした途端に、腕を掴まれた。
掴まれた方を向くと、怖い顔をした杉山がいた。
「放してくれないか」
平然を装い言う。今、近くに寄られると心臓の音が聞こえるのではないかというぐらいの大きさで脈打っている。
たかが腕を掴まれたから、という理由ではなく、杉山の必死さに捉えられたからかも知れない。
「嫌です」
眉が寄り、こめかみにいくつかの深いしわができている。
元々、整った顔をしている。
その整った顔より、崩れた今の方が、よほど血の通った顔に見え、隼大は一瞬目を奪われた。
必死な目から逃れられず、腕を振りほどくことすらできないでいた。
「やっと話せたのに。顔色やっぱり悪かったのは気のせいじゃないんですね」
杉山は、腕を離す代わりに袖先をぎゅっと握った。
うつむき、口をつぐんだ杉山。
その時、アナウンスが構内に流れ、電車の到着を告げた。
これを逃せば、タクシーで帰らなければならない。
明日はまだ仕事だ。杉山にとってもよくない。
それに、最終電車に駆け込むように走ってくるサラリーマンや、大学生風の女性たちの目線が痛い。
隼大は、そっと杉山の手を離させると「最終電車が来た。乗るぞ」と言い、杉山の肩を改札口へと押した。
「何を?」
「川浪さん、最近帰るの遅いんですねって」
「……」
なぜそんなことを聞くのかと顔にでていたのかも知れない、じっとりと杉山を見ると、慌てた顔をした。
「いや、あの」
狼狽した後、開き直った顔でこちらを見た。
「最初に言ったじゃないですか、気になってたって」
「ああ」
そういえば言っていた。
「時々、会社の近で飲んで帰っていたんです。その帰りに駅で見かけたことが何度かあったので、遅くまで仕事してるんだと思っていたんです。それが一度じゃなくて、連続で見かけたので、それで……」
「それで、聞くと堂岡があることないことしゃべったと」
「あることないことって」
隼大の言葉尻を取り笑ってから「疲れて見える、って言ってました」と、杉山は続けた。
隼大は、ふっとため息が漏れた。
仕事ができて、明るい堂岡。良い奴なのだが、いつの間にか負担になっていた。
堂岡の横に立たなくてはならないと思って仕事をしているうちに、できない自分に落ち込んだ。
堂岡の天性の数字の強さ。それが羨ましく、自分にないのが悔しかった。それも、眠れない要因だと最近わかった。
わかった所で、どうしようもない。ため息ばかりが増えただけだ。その、堂岡が自分の事を心配しているだなんて、皮肉なものだ。
「それで、本当に寝れないんですか?」
言いたくはない。
歳も下。それもあまりしゃべらない関係だ。
今日喋ってみて、話しやすいのはわかった。人気があるのもわかる。
見かけだけではなく、表情、態度、それ以上に声が柔らかい。こればかりは話してみないと分からないことだった。
聞いてると心地いい。
けれど、それとこれとは話は別だ。
杉山の問いに応えずに無言で歩いているうちに駅に着いた。
「じゃあ、これで」
にこやかに笑って、そのままやり過ごそうと思った。
手を上げて、改札口へと向かおうとした途端に、腕を掴まれた。
掴まれた方を向くと、怖い顔をした杉山がいた。
「放してくれないか」
平然を装い言う。今、近くに寄られると心臓の音が聞こえるのではないかというぐらいの大きさで脈打っている。
たかが腕を掴まれたから、という理由ではなく、杉山の必死さに捉えられたからかも知れない。
「嫌です」
眉が寄り、こめかみにいくつかの深いしわができている。
元々、整った顔をしている。
その整った顔より、崩れた今の方が、よほど血の通った顔に見え、隼大は一瞬目を奪われた。
必死な目から逃れられず、腕を振りほどくことすらできないでいた。
「やっと話せたのに。顔色やっぱり悪かったのは気のせいじゃないんですね」
杉山は、腕を離す代わりに袖先をぎゅっと握った。
うつむき、口をつぐんだ杉山。
その時、アナウンスが構内に流れ、電車の到着を告げた。
これを逃せば、タクシーで帰らなければならない。
明日はまだ仕事だ。杉山にとってもよくない。
それに、最終電車に駆け込むように走ってくるサラリーマンや、大学生風の女性たちの目線が痛い。
隼大は、そっと杉山の手を離させると「最終電車が来た。乗るぞ」と言い、杉山の肩を改札口へと押した。
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