一冬の糸

倉木 由東

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#57.okinawa 告白

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「メグレ警視、モーリス警視の名を騙りナスリとやり取りをして、更にヒロシ・キリタニとモーリス警視を殺害したのはあなたですね」

 吉村の流暢なフランス語が冷たく、乾いて聞こえたー。
 刹那。メグレが拳銃を引き抜く。反応するかのようにマルセルも構えた。
「おいおい、結構呆気なく認めたな」佐倉がメグレに対して言い放つ。
「いつから気づいた?」
「途中から気になっていました。1度調べ終わったはずのキリタニのパソコンを取りに来たのもおかしかった。そして突然の捜査中断。今回の日本行きの同行。でもそれも全てそのまま終われば、それ以上何とも思わなかったでしょう。やはり決定的だったのがその携帯電話を手にした時です」吉村がフランス語で淀みなく話す。
「まさかナスリがあなたに繋がっているとは思わなかった。説明してください」
 マルセルがメグレに銃口を向ける。一瞬でも気を抜けばやられる。
「説明は不要だ。それに、あまりこの状況は私にとって好ましくないな」

「私の孫は無事なのか?」

 そこで、それまでずっと黙っていた具志堅知事が口を開いた。
「あなたが真実を公表すれば生かして返すわ」「わかった」
 美佐江の言葉に具志堅は目を閉じ、深く一息つくとゆっくりと話し始めた。
「3億円事件については、さっきそこの女の言った通りだ。1つだけを除いてな」
「1つだけ?なんですかそれは?」 仲間が具志堅を見る。
「犯行グループは4人じゃない。そこのメグレを入れて5人だったんだ」
 真栄城が言っていた『勘違い』とはこのことだった。犯行グループは5人。宜野湾国際大学にはフランス人留学生が2人いた。
「この男、メグレは私たちと共に活動していた。サークルではあまり顔を出さない、幽霊部員みたいなものだったがな。実際に計画の絵を描いたのは私とこいつだ。しかし実行当日、我々の計画に変更が生じた。メグレが薬物パーティーの現場にいたとして警察に拘束されたんだ」
 同僚、そして同業種の人間が薬物に手を染めていた事実を耳にしてマルセル、吉村、仲間、比嘉が驚きの表情を見せる。
「まさかモーリス警視だけではなく、あなたまで?」
 マルセルの言葉にメグレの口角が少し上がる。自分の薬物使用を暴露されても気にしていない様子だ。そしてそれは否定よりも肯定を意味している。
「結局、犯行は残りの4人で実行することになった。最後まで桐谷茂雄は反対したがな。現金強奪は驚くほど呆気なく成功した。本当に驚くほどに・・・。警察と既に話をつけていたのも私たちの実行の後押しとなった。しかし奪った3億円の使い道について意見が別れた。私とメグレは予定通り警察の麻薬の横流しに金を使うことを主張した。真栄城とモーリスはどっちつかず。桐谷だけは寺に隠し通すことを主張したんだ」
「それが大舞寺だな」佐倉が写真を具志堅の前に投げつける。
「そうだ。桐谷は当時交際していたそこの女、美佐江の父が住職を務める寺に金を隠し通すことを主張した。宗教法人なら一度に大金が入っても目をつけられないし申告の必要も無いからな。互いの主張は平行線のまま。折衷案が金の山分けだ。1人当たり6000万。奴は6000万を寺に隠した。だが我々は運命共同体。私たちは警察から麻薬を買い取ると同時にコカインの栽培を始めた。裏切りが出ないよう我々は栽培自体を大舞寺で行うことにした」
「なぜ、運命共同体の桐谷茂雄を見放した?」
「やはり奴は危険分子だった。罪の意識に苛まれたのか、突然全てをマスコミに公表すると言い出した。桐谷は真実の公表を我々にも強要したよ。だが事はもう我々5人だけの問題じゃない。日本の警察機構も巻き込んでいる。反対した直後に奴は失踪した。このままではいつ彼がマスコミと接触するかわからない。そこで警察と話し合い桐谷の写真をモンタージュ写真で使用し、桐谷の身柄拘束を優先させた」
「そして殺した。恐ろしいね」
 佐倉が口にする。もうそこに知事という立場も威厳も存在しなかった。
「だが一つだけそこで矛盾が生じる」メグレに銃口を構えたままマルセルが続ける。
「3億円事件がこの国で時効を迎えた後にモーリス宛にキリタニ名義で手紙が届いた。時効成立を告げる手紙だ。すでに殺されていたはずのキリタニから手紙が届くわけがない。この手紙を出した人物は誰か?」
「これは推測ですが差出人は美佐江さん、あなたですね」吉村が美佐江を見つめる。
「何のためにそんなことを?」比嘉が疑問を口にする。
「警告よ。私が事件の真相を知った時は、時すでに遅し。それに警察はこの事件に絡んでいるだけあって当てにもならない。モーリスに手紙を送り『桐谷は死んでも無残に殺された彼の怨念は生きている』と伝えたかった。そして杏奈に殺害を命じてフランス行きの手配をしたの」
「随分と回りくどい手紙ね」美佐江の説明に吉村が皮肉を言う。その目は軽蔑の色が濃い。
「ふっ。モーリスはその手紙を読んだ時、心底驚いていたよ」
 メグレが口にする。
「その手紙が届いた時、彼は慌てて私のところに駆け込んで来た。どうすればいい?とな。その時は警視庁の同僚の関係ではなく学生の時の距離感に戻っていたよ。お互い40年間触れずにいたことが急にこんな形で湧き上がったわけだからな。私は無視しろとモーリスに言った。だがそれ以上に想定外のことが起きた」
「シゲオ・キリタニの息子、ヒロシ・キリタニの出現ですね」
「あぁ。それとナスリだ。ヒロシ・キリタニは真実の公表を行うと私たち2人に対して言ってきた。ナスリは公表しない口止めとして麻薬の横流しを要求して来た。クックックッ。全く迷惑で馬鹿な奴らだよ。パリ警視庁の警視2人を敵にして来たわけだからな」
「それであんたはどうしたんだ?」質問するも、もう佐倉には答えはわかっていた。
「モーリスには『私に全て任せろ』と伝えた。まずは顔の見えないナスリを味方につけた。そしてヒロシ・キリタニを殺害した。ナスリにはしばらく押収した薬物を横流しした。キリタニ殺害後、横流しを継続するかわりに、公園にヒロシ・キリタニの遺体を運ぶよう依頼した。ちなみに奴が私と同様カニバリストと言うことも知っていたよ」
「おい、仲間さん、世界中の警察はこんな奴ばっかりか?」
「馬鹿言うな」茶化す佐倉に仲間は厳しい目で反応する。
「ナスリも殺す予定だったが何故かあいつは公園に残り、目撃者として警察に通報した。まぁモーリスがナスリの取り調べを行うのも私にとっては滑稽だったけどね」
「モーリス警視は何故失踪を?」
「マルセル、君が取調室の席を外した時、私は取調室の中に入ってナスリと話したんだよ。彼は君に気づかれないようにモーリスに『逃げろ』とサインを出していたんだ。私に踊らされていると知ってな。その後、私の目の前で自殺したんだ」
 全員言葉を失った。通訳の吉村もその口が止まっている。異様な空気が店中を充満させ、言葉に出来ない不快感が全員を包んだ。それでも現実と向き合おうと必死になっているマルセルの心情が佐倉には読み取れた。
「何故、モーリス警視は『自分がキリタニを殺した』と私に虚偽の証言をしたのですか?」
「簡単だ。そう証言しなければ『妻を殺す』と伝えたまでだよ」
 拳銃を構えるマルセルの手が大きく震え出した。怒りだ。引き金に手をかけている。目の前の人間を撃ちたいという感情と、撃っては駄目だという感情、両方と戦っているのが見て取れる。
「マルセル警部!」吉村が叫ぶ。
「撃ってはダメです!」
「ふっ。私が憎いか?マルセル。撃ちたければ撃てばいい」
 マルセルの手が更に震える。
「マルセル警部!ダメです!」
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