一冬の糸

倉木 由東

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#50.okinawa 来沖

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「暑いな、コートなんて必要ないじゃないか」
「私もここまで温暖だったとは予想外でした」
 ナハ空港に降り立ったマルセルとヨシムラは、あまりにもパリとの気温の違いに思わず声をあげた。
「はっは。オキナワはジャポンで唯一雪が降らないところなんだろう?事前に調べたよ」
 後ろからメグレ警視の声が聞こえる。2人と比べて少し薄着だ。
 今回のオキナワ行き、メグレがマルセルに出した条件は自身も同行することだった。その意外な申し出に当初は驚きもしたが、逆に言うとこれで堂々と捜査が出来るというものだろう。1度、パリからリヨンに帰されたヨシムラにとっても好都合だった。
 この気温だと荷物の半分以上を占めている厚手のコートやマフラーもいらないかもしれない。手荷物を受け取りながらマルセルは思った。
「ところで迎えが来るんだろう?」
「はい。到着口を出たら・・・」ヨシムラが前方を見ながらメグレの問いに答える。
「ネネー!」
 見ると前方でアイコが手を振っている。隣にはサクラの姿も確認できる。パリで別れ、約1ヶ月ぶりの再会だ。
「紹介しよう、パリ警視庁のメグレ警視だ」
 マルセルがメグレを紹介する。
「サクラです」
「パリ警視庁のメグレだ。よろしく」
 2人は握手を交わした。そこにマルセルは妙な高揚感を覚えた。役者は揃った。全てはここオキナワで決着される。

 サクラの手伝いをしているというオオタという学生の運転で、マルセル一行はアイコの店へ行くことになった。もう日が沈んでいる。ひとまず今日はアイコの店で歓迎の席を設けてくれるらしい。
 車中から流れる景色は2月と言えど明らかに南国だった。空港を出ると椰子の木がしばらく並び、行き交う人々でコートを着用している人間などわずかしかいない。
「メグレ警視は日本は初めてですか?」
 ヨシムラが車中でメグレに尋ねる。
「いや、実は昔1度だけ来たことがあるよ。トウキョウ散策を楽しんだな」
「そうだったんですね」
 他愛も無い会話が弾む。後ろから助手席のサクラを見る。先ほどから何も話さない。色々とわかったことがあるのだろう。会わなかった間に彼は何にたどり着いたのか。パリで会った時より、心なしか身体中から強いオーラを感じる。他人を見てそう思ったのはマルセルにとって生まれて2度目の経験だった。仕事人間で強い男だった自身の父。その父と同じオーラをサクラからは感じた。

 アイコの店構えは立地的に都会とは言えない場所にあった。店内もこじんまりとしている。しかし、とにかく清潔感が感じられた。開店して今年で10年経つらしいが毎日毎日細かく掃除をしているのがわかる。ゴミひとつ落ちていない。マルセルたちは奥のスペースに通された。
「何にしますかー?」
 アイコがヨシムラを通して聞いて来る。ビールや日本酒の他に地元酒であるアワモリという酒も勧められた。ヨシムラはビールを頼み、マルセルとメグレはせっかくなのでアワモリをロックで頼むことにした。
「智ちゃん、真琴ちゃん、こっちお願い」
アイコが従業員の女の子を呼ぶ。どちらも綺麗なドレスを身に纏い魅力的だ。
「サクラ、君の仕事は彼女たちの送迎か?」マルセルが尋ねる。
「そうですよ」
「まさにハーレムだな!男が羨む職業だ」
「冗談じゃない」
 ヨシムラが苦笑いしながら訳す。どうやら彼は本当にアイコの奴隷なのか。
「うん!美味いな」
 メグレがアワモリを口に運び、思わず唸る。続いてマルセルも口にしたが確かに美味かった。オキナワの酒だがアワモリはメジャーで、国内全てで販売されているらしい。
「サクラ、君はここの従業員の誰かと付き合っているのか?」
 メグレがサクラに突っ込む。
「そんなわけない。ただの従業員と送迎係だ」
「気になる子はいるだろう?」
 楽しそうな表情でヨシムラが通訳する。
「あ、それ!私も聞きたい!」
 アイコも会話に乗って来た。
「ふざけるな、俺は外で待っているぞ」
 怒ったのかサクラは席を立ち店の外へ出て行った。しかしそのサクラの後ろ姿を見て女性全員笑っている。どうやら空気的には全然問題ないらしい。
「彼は照れて出て行きました」
 ヨシムラがマルセルとメグレにそう教えてくれた。
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