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#48.okinawa 女影
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長かった。とにかく長かった。
飛行機が那覇空港に着陸した瞬間、佐倉は解放感に満ちていた。
日本に到着したと思ったら、パリに続き東京で丸1日、愛子の買い物に付き合わされた。家族水入らずの時間と言えば聞こえがいいが、佐倉にとってはただの罰ゲームでしかなかった。
「うっわ!暑いわね!」
愛子が声を上げる。飛行機の機体を出た途端、モワッとした空気が体を襲った。1月、本来であれば沖縄と言えど寒いはずだが、極寒のパリ、気温の低い東京から帰ってきた2人の体感温度は少し麻痺していて沖縄はえらい暑く感じた。
「おかえりー!ママー!」
到着ゲートの外でリランの面々が待っていた。太田もいる。
「ママー!パリは楽しかったー?」
奈緒が明るく尋ねる。その顔は土産話ではなく、正真正銘お土産を期待しているのが手に取るようにわかる。
「ぜーんぜん!全く満喫できなかったわよ!」
おいおい、狂ってるな、こいつ。美味しいものたらふく食べて、服も買いすぎて現地でキャリーバッグを2つ追加で買っておきながら、何が満喫出来なかったのだ。
「みんな、いない間本当にありがとうね!今日は閉店してみんなで呑みに行こうか!」
愛子の言葉に女性たちの笑みが広がる。真琴や聖奈も楽しそうだ。
「お姉さんとは水入らずの時間を過ごせましたか?」
智子がいたずらに尋ねてくる。
「あぁ。あんなことなら逆に誰かに水差して欲しかったよ」
「また照れちゃって!」
佐倉の皮肉に太田が突っ込む。しかしパリ行きにより収穫はあった。命の危険もあったが・・・。
「太田、沖縄側はどうだった?」
「ええ。例の誘拐事件については全く進展ありません。犯人からの音沙汰もないです。知事の家族は学校側に『一身上の都合により休学』という説明だけで逃げているようですね」
「苦しい言い訳だな」
「はい。あと重体だった学長の真栄城ですが、昨日意識が戻ったようです。佐倉さんが沖縄に帰ってくることを告げたら、仲間刑事同伴のもとで話を聞くことの許可をもらいました。明日、病院へ行きますか?」
「もちろん行く。彼には聞きたいことがありすぎる。それに・・・」
「それに?」
「今は彼の証言が俺らの切り札だ」
翌日、佐倉は河村修一に電話を入れた。
「はい、河村です」
「もしもし、佐倉です」
「あぁ、君か」
「あなたに謝らなければいけない」
「杏奈のことか」
「そうだ。目の前で殺された。助けることが出来なかった。すまなかった」
「お前のせいじゃない。仕方なかった。杏奈も死を覚悟していたはずだ」
「1つ聞きたいことがある」
「なんだ?」
「杏奈の実父はパリで殺された桐谷浩。では実母はどこにいるんだ?」
火災で避難する際、真栄城は杏奈の母親を探せと言った。そう。父親の桐谷と離れ、河村夫妻に迎え入れられた杏奈。実母はどこに行ったのか。
「それは私にもわからない」
「そんなわけないだろう。事態がここまで大きくなっているんだ。それに娘も死んだ。もう隠し事も何もないだろう」
「本当なんだ。桐谷は杏奈の母親がどこにいるかだけは絶対に教えてくれなかった。ただ・・」
「ただ、なんだ?」
「大学の火災は間違いなく杏奈だけではなく、彼女の母親も絡んでいると思う」
「どうして?」
「火炎瓶が投げられたと記事に書いてあった。火炎瓶だぞ、火炎瓶。今の時代に」
「杏奈の母親はサーカスで火でも扱っていたのか」
「学生運動だよ」
思わず軽口を叩いた佐倉に対し、河村は低いトーンで構わず続けた。
「学生運動といっても、今でいう反原発デモのようなぬるいものではないぞ。本当の闘いだ。3億円事件が起きた当時は、全国各地で学生運動が盛んだったんだ。暴力、投石や火炎瓶などを武器に学生たちが立ち上がり機動隊と衝突した」
佐倉とは生きている時代が違う。今の学生たちはもちろん佐倉自身にも想像が出来ない時代の話だ。
「桐谷の両親、つまり杏奈の祖父母は学生運動過激派のリーダーだったんだ。熱心な活動家だったと桐谷からは聞いている。その時、火薬、爆薬を取り扱っていたスペシャリストが妻のほうだったらしい」
「それが桐谷浩の奥さんとどう繋がるんだよ」
「桐谷浩が殺された。桐谷の母が、桐谷の妻を復讐の念に煽り立てた。2人揃ってそれぞれの夫の復讐がエネルギーになった」
「想像の域を越えない」
「現実の話だ。桐谷の母親、そして桐谷の妻であり杏奈の母親である女性2人は生きている。火炎瓶もどちらかの仕業だ」
「杏奈を殺したのは?」
「・・・杏奈の祖母だと思う。ああ言う連中は目的遂行のためなら身内の犠牲も厭わないよ」
「身内を殺された復讐完遂の為に身内を殺すのか?馬鹿馬鹿しい」
杏奈の祖母、母親、杏奈本人の女3代に渡っての復讐劇ー。
とても現実離れしすぎている。
「真栄城から話は聞けたのか?」
「これから詳しいことを聞くつもりだ」
「そうか。私は杏奈を失った。君も気をつけろよ」
そう言い河村は通話を切った。規則的な機械音だけが佐倉の耳に響く。
飛行機が那覇空港に着陸した瞬間、佐倉は解放感に満ちていた。
日本に到着したと思ったら、パリに続き東京で丸1日、愛子の買い物に付き合わされた。家族水入らずの時間と言えば聞こえがいいが、佐倉にとってはただの罰ゲームでしかなかった。
「うっわ!暑いわね!」
愛子が声を上げる。飛行機の機体を出た途端、モワッとした空気が体を襲った。1月、本来であれば沖縄と言えど寒いはずだが、極寒のパリ、気温の低い東京から帰ってきた2人の体感温度は少し麻痺していて沖縄はえらい暑く感じた。
「おかえりー!ママー!」
到着ゲートの外でリランの面々が待っていた。太田もいる。
「ママー!パリは楽しかったー?」
奈緒が明るく尋ねる。その顔は土産話ではなく、正真正銘お土産を期待しているのが手に取るようにわかる。
「ぜーんぜん!全く満喫できなかったわよ!」
おいおい、狂ってるな、こいつ。美味しいものたらふく食べて、服も買いすぎて現地でキャリーバッグを2つ追加で買っておきながら、何が満喫出来なかったのだ。
「みんな、いない間本当にありがとうね!今日は閉店してみんなで呑みに行こうか!」
愛子の言葉に女性たちの笑みが広がる。真琴や聖奈も楽しそうだ。
「お姉さんとは水入らずの時間を過ごせましたか?」
智子がいたずらに尋ねてくる。
「あぁ。あんなことなら逆に誰かに水差して欲しかったよ」
「また照れちゃって!」
佐倉の皮肉に太田が突っ込む。しかしパリ行きにより収穫はあった。命の危険もあったが・・・。
「太田、沖縄側はどうだった?」
「ええ。例の誘拐事件については全く進展ありません。犯人からの音沙汰もないです。知事の家族は学校側に『一身上の都合により休学』という説明だけで逃げているようですね」
「苦しい言い訳だな」
「はい。あと重体だった学長の真栄城ですが、昨日意識が戻ったようです。佐倉さんが沖縄に帰ってくることを告げたら、仲間刑事同伴のもとで話を聞くことの許可をもらいました。明日、病院へ行きますか?」
「もちろん行く。彼には聞きたいことがありすぎる。それに・・・」
「それに?」
「今は彼の証言が俺らの切り札だ」
翌日、佐倉は河村修一に電話を入れた。
「はい、河村です」
「もしもし、佐倉です」
「あぁ、君か」
「あなたに謝らなければいけない」
「杏奈のことか」
「そうだ。目の前で殺された。助けることが出来なかった。すまなかった」
「お前のせいじゃない。仕方なかった。杏奈も死を覚悟していたはずだ」
「1つ聞きたいことがある」
「なんだ?」
「杏奈の実父はパリで殺された桐谷浩。では実母はどこにいるんだ?」
火災で避難する際、真栄城は杏奈の母親を探せと言った。そう。父親の桐谷と離れ、河村夫妻に迎え入れられた杏奈。実母はどこに行ったのか。
「それは私にもわからない」
「そんなわけないだろう。事態がここまで大きくなっているんだ。それに娘も死んだ。もう隠し事も何もないだろう」
「本当なんだ。桐谷は杏奈の母親がどこにいるかだけは絶対に教えてくれなかった。ただ・・」
「ただ、なんだ?」
「大学の火災は間違いなく杏奈だけではなく、彼女の母親も絡んでいると思う」
「どうして?」
「火炎瓶が投げられたと記事に書いてあった。火炎瓶だぞ、火炎瓶。今の時代に」
「杏奈の母親はサーカスで火でも扱っていたのか」
「学生運動だよ」
思わず軽口を叩いた佐倉に対し、河村は低いトーンで構わず続けた。
「学生運動といっても、今でいう反原発デモのようなぬるいものではないぞ。本当の闘いだ。3億円事件が起きた当時は、全国各地で学生運動が盛んだったんだ。暴力、投石や火炎瓶などを武器に学生たちが立ち上がり機動隊と衝突した」
佐倉とは生きている時代が違う。今の学生たちはもちろん佐倉自身にも想像が出来ない時代の話だ。
「桐谷の両親、つまり杏奈の祖父母は学生運動過激派のリーダーだったんだ。熱心な活動家だったと桐谷からは聞いている。その時、火薬、爆薬を取り扱っていたスペシャリストが妻のほうだったらしい」
「それが桐谷浩の奥さんとどう繋がるんだよ」
「桐谷浩が殺された。桐谷の母が、桐谷の妻を復讐の念に煽り立てた。2人揃ってそれぞれの夫の復讐がエネルギーになった」
「想像の域を越えない」
「現実の話だ。桐谷の母親、そして桐谷の妻であり杏奈の母親である女性2人は生きている。火炎瓶もどちらかの仕業だ」
「杏奈を殺したのは?」
「・・・杏奈の祖母だと思う。ああ言う連中は目的遂行のためなら身内の犠牲も厭わないよ」
「身内を殺された復讐完遂の為に身内を殺すのか?馬鹿馬鹿しい」
杏奈の祖母、母親、杏奈本人の女3代に渡っての復讐劇ー。
とても現実離れしすぎている。
「真栄城から話は聞けたのか?」
「これから詳しいことを聞くつもりだ」
「そうか。私は杏奈を失った。君も気をつけろよ」
そう言い河村は通話を切った。規則的な機械音だけが佐倉の耳に響く。
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