一冬の糸

倉木 由東

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「ヨシムラ!今のうちに降りてこい!」
 マルセルは屋上の攻撃者に銃口と意識を向けながら叫んだ。
「早くしろ!」
 住宅街で突然起きた銃撃の攻防に辺りは静かになった。これ以上の闇雲な発砲は危険だ。一般市民をも危険にさらしてしまう。幸いなことにマルセルの発砲から相手も攻撃を停止している。
 ヨシムラと青年が車の陰にたどり着いたのを確認する。
「ヨシムラ!例の場所に!」
「ウィ!」
 車に乗り込んだヨシムラがエンジンをかけて急発進させた。これで何とか2人は守れた。マルセルは狙撃犯を追い詰めるべくマンションの階段へ向かい、息を切らしながらも駆け上る。
 最上階ー。屋上へ出る柵の扉を蹴り上げて開き、銃を構え直す。
 ゆっくり、ゆっくり、一歩ずつ、歩を進め、同時に神経を研ぎ澄ませる。物音一つ拾いあげなければこちらがやられる。
 視界には人の存在は認められない。人が隠れられるような場所がないか探すが360℃見渡しても確認できなかった。逃げられた。
 狙撃犯はナスリの家を見張っていた・・・?
 何の為に?
 疑問と、自分が生き延びているという安堵感を交えながら、マルセルはヨシムラとの約束の場所へと向かった。

「大丈夫でしたか?怪我は?」
「あぁ、大丈夫だ。しかし狙撃犯には逃げられた」
「無事が何よりです」
 心配の声でヨシムラが出迎える。落ち合った場所はヨシムラが宿泊しているホテルにある従業員用のミーティングルームだった。有給休暇による長期滞在で、ホテルの支配人がヨシムラの要望を聞き入れ、マルセルはヨシムラとこの部屋で幾度も内密な打ち合わせを重ねていた。
「マルセル警部、ご紹介します。彼がオキナワでキリタニの娘を調べていたという青年、ムッシュ・サクラです」
「はじめまして。パリ警視庁のジャンヌ・マルセルだ」
「どうも。ユウト・サクラと言います」
 覚えたてのフランス語でサクラは手を差し伸べてきた。細身だが筋肉質で、その表情からは、彼なりにいくつもの苦労を重ねてきたのではないかと推測できた。
 それにしてもヨシムラの友人がオキナワにいて、その弟が殺されたキリタニの娘を追っていたとは。世界の狭さと運命の糸を感じる。
「それではまず互いの情報をすり合わせましょう」
 ヨシムラの一言で情報の共有が始まった。

 ヨシムラが間に通訳として入り、3人の情報共有が成された。サクラからキリタニの娘の調査の件、その娘がフランス行きを予定していたこと、マエシロのカレッジの火災の件、その火災の際に起きたキリタニの娘の射殺の件が細かく説明される。
 未だに行方がわからないオキナワ知事の孫が誘拐されたという件は初耳だった。そして現金強奪事件の実行犯の1人がその知事だということも。
 サクラの話から整理すると、あの4人組の男は亡くなったキリタニの父親、火災により重体のマエシロ、オキナワ知事のグシケン、そしてモーリス警視・・・。現職の政治家まで実行犯の1人だった。パリ警視庁に籍を置くモーリスのことも併せて公になれば、間違いなく国を超えての大スキャンダルになる。
「知事の孫が誘拐された件ですが、誘拐犯の要求はキャッシュではなく現金強奪事件の真実の公表でした。しかし指定された日に犯人が要求する新聞広告にその記事は載らなかった」
 ヨシムラを通じ、サクラが説明する。
 我々がキリタニ殺害、そしてナスリとモーリス警視に関する件を捜査していると同時に、遥か1万キロも離れた場所でサクラはキリタニの娘の調査を行い、3億円事件との繋がりを見出し、さらには射殺事件に巻き込まれて、ここまで辿り着いたということになる。
 フランス側での捜査と摺り合せれば真相に少しでも近づけるかもしれない。
「ヨシムラ、我々の資料を彼に」
 マルセルはヨシムラに命じた。マルセルとヨシムラ、2人の間だけでまとめた捜査資料だ。
「よろしいですか?」
「もちろんだ。君もそれがベストだと思っているだろう」
 念を押すようなヨシムラの確認ももはや意味を持たない。もうパリ警視庁からもインターポールからの縛りもそこにはない。
「わかりました」
 ヨシムラは素直に頷いた。
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