一冬の糸

倉木 由東

文字の大きさ
上 下
43 / 60

#43.paris 証言

しおりを挟む
 パリの花屋はどこも見せ方に隙がない。店内では色とりどりの花が飾られており「どう商品を美しく見せるか」と意識されているのが伝わる。
 マルセルが店内のあらゆる花に目を奪われていると、やがて約束の女性が「お待たせしました」とやってきた。
「どうぞ、こちらへ」
 マルセルは店内の隅に申し訳程度に設置された椅子に案内された。幸いにも店内に客はいない。ゆっくりと話が聞けそうだ。
「どうも、お電話しましたパリ警視庁のマルセルと言います」
「アラベルと言います」
 一通り互いの自己紹介を済ませると2人は椅子に腰掛けた。彼女の存在に辿り着いたのはヨシムラだった。
 シャンゼリゼ通りにあるクラブ「スペールド」による聞き込みで、ナスリと一時期行動を共にしていた女性がいるとわかった。同クラブは前々からドラッグの売買が行われていると睨まれていた店であり、コカの葉による麻薬の線から捜査を行っていたヨシムラの成果によるものだ。
「綺麗な花がたくさんありますね。見せ方も凝っている」
 マルセルは店内に入った感想を口にした。それは聞き込みの入り口としての会話ではなく素直に思った感想だった。
「ありがとうございます。パリには数えきれないほどの花屋がありますから。でもみんな売っている花の種類は変わらない。だから生き残るためには見せ方とか個性で勝負するしかないんです」
「厳しい世界ですな」
「ええ・・・」
 マルセルの話が社交辞令と感じたのか、それとも早く本題に切り出して欲しいのか、心なしかアラベルの反応は良くないように感じる。ならば・・・。
「ナスリと交際していたというのは本当ですか?」マルセルは直球を投げた。1秒でも早く真相解明に近づきたい。そのためにナスリの交友関係において、唯一辿り着くことが出来た存在の彼女が頼りだ。
「事実です。ほんの数ヶ月間だけですが・・・」
「いつから交際されていたのですか?」
「昨年の夏頃から彼が亡くなる直前までです」
「出会ったキッカケは何ですか?」
「・・・・・・・」
「ドラッグですか・・・?」
「はい・・・」
「君もクスリをやっている?」
 アラベルは何も言わず代わりに小さく頷いた。今やパリでは簡単にドラッグが手に入るし大麻に手を出す若者も多い。コカインも安く入手できる。彼女も興味本位で薬物に手を出したケースだろうか。
「ナスリの亡くなる前の行動や、彼が力を入れていた活動とかはあるかね?」
「彼は大学である研究について論文を書いていたけれど教授に蔑まられ、ほかの生徒の前で笑い者にされたと言っていました。教授を殺してやるとまで言っていました」
「何の研究かね?」
「カニバリズムと薬物使用の因果関係について」
「カニバリズム・・・」
 繋がった。キリタニの皮膚はヨシムラの推測通り食べられていたということか・・・。「確か彼は芸術大学だったような気がするが・・・」
「芸術なんて人によって定義は様々ですから。彼にとっての芸術は“共食い”。同種が同種を食い尽くす。そんな美しいことは無いと度々発言していました」
「異常だな。殺された日本人の顔が抉られていた。それもナスリの仕業かね?」
「彼が事件に関係があるのなら間違いないと思います。でも彼は一種の精神異常者に見られるかもしれませんが、他人を殺せるような人間ではありません。少なくとも今回の1件については」
「どうしてそう断言できるんだ?」
「彼と一時的にでも交際してきた私の意見です。それと見せたいものがあります」
 アラベルは席を立ち、カウンターの奥からノートパソコンを持って戻ってきた。
「このパソコンは?」
「私のものです」
 言いながらアラベルはパソコンの電源を立ち上げて、キーボードを叩き始めた。
「これ見てください」
 画面をマルセルのほうへ向ける。そこにはメールのやり取りが記されている。
「これは・・・?」
「ナスリは私のパソコンを使ってメールのやり取りをしていました。送信メールを見ていただければわかると思いますが、警視庁の警視ともやり取りをしています」
 アラベルが画面上に記された宛先の名前を指差す。そこにはモーリスの名前が書いてあった。
「モーリス警視のことか・・・。ちょっと見せてもらっていいかね?」
「どうぞ」
 マルセルはマウスを操作して、メールサーバーをチェックすると気になるやり取りが目についた。

ナスリ:モーリス警視、例の日本人は本当に始末するのか?
モーリス:あぁ。あいつは俺たちのことを知りすぎた。
ナスリ:食べていいか?
モーリス:もちろんだ。実行の時は直接電話する。
ナスリ:わかった。あんたに逢えるのも楽しみだ。俺と同じ芸術の価値観を持っている人間の顔を早く見たいよ。

 ナスリとモーリス警視のやり取りがはっきりとした。やはりこの2人は繋がっていたのかと現実を叩きつけられる。
「なぜナスリは君のパソコンを使っていたのかね?」
「彼は・・・、自分がその警視に殺されると予期していたんです。結局は自殺しましたが・・・。自分が死んだ時、全ての証拠が隠滅されないようにとメールは私のパソコンを使用していたんです。それと・・・」
 アラベルはポケットから携帯電話を取り出した。
「これは・・・?」
「ナスリの携帯です」取り出した携帯をマルセルに差し出す。初めてみる機種、明らかに国内のものではなさそうだ。
「これも証拠隠滅されない為に、私に預かっておけと言っていました」
「彼はなぜ殺されると思っていたのかね?」
「このやり取りしていた刑事とナスリは2人とも共通点があると聞いています。1つはどちらも薬物常習者、もう1つはどちらもカニバリストであるということ」
 モーリスがカニバリスト?マルセルはその言葉を信じることが出来なかった。それにその共通点だけが殺される理由として成り立つとは思えない。
「そして、もう1つ。これは共通点ではなくナスリが掴んでいた案件です・・・」
「なんだね、それは?」
「その刑事が40年前にジャポンで起きた現金強奪事件の実行犯であることです。彼はその事実を公表しない代わりに取引を持ちかけました」
「取引?」
「はい。警察が押収した薬物の横流しです」
「なんだって!?」
 衝撃の事実だった。モーリスはナスリに現金強奪事件をネタに脅されていた。ただしナスリ自身も、それは自分が殺される危険性がはらんでいることを自覚していたということだろうか。
「でも顔も知らない人間をよく脅迫出来たな」
「彼は約1年前、ジャポンのオキナワというところに行っています。そこで若かりし頃のその刑事の写真を手に入れたんです。これです」
 アラベルは鞄から1枚の写真を取り出したー。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

推理の果てに咲く恋

葉羽
ミステリー
高校2年生の神藤葉羽が、日々の退屈な学校生活の中で唯一の楽しみである推理小説に没頭する様子を描く。ある日、彼の鋭い観察眼が、学校内で起こった些細な出来事に異変を感じ取る。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

法律なんてくそくらえ

ドルドレオン
ミステリー
小説 ミステリー

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

存在証明X

ノア
ミステリー
存在証明Xは 1991年8月24日生まれ 血液型はA型 性別は 男であり女 身長は 198cmと161cm 体重は98kgと68kg 性格は穏やかで 他人を傷つけることを嫌い 自分で出来ることは 全て自分で完結させる。 寂しがりで夜 部屋を真っ暗にするのが嫌なわりに 真っ暗にしないと眠れない。 no longer exists…

泉田高校放課後事件禄

野村だんだら
ミステリー
連作短編形式の長編小説。人の死なないミステリです。 田舎にある泉田高校を舞台に、ちょっとした事件や謎を主人公の稲富くんが解き明かしていきます。 【第32回前期ファンタジア大賞一次選考通過作品を手直しした物になります】

授業

高木解緒 (たかぎ ときお)
ミステリー
 2020年に投稿した折、すべて投稿して完結したつもりでおりましたが、最終章とその前の章を投稿し忘れていたことに2024年10月になってやっと気が付きました。覗いてくださった皆様、誠に申し訳ありませんでした。  中学校に入学したその日〝私〟は最高の先生に出会った――、はずだった。学校を舞台に綴る小編ミステリ。  ※ この物語はAmazonKDPで販売している作品を投稿用に改稿したものです。  ※ この作品はセンシティブなテーマを扱っています。これは作品の主題が実社会における問題に即しているためです。作品内の事象は全て実際の人物、組織、国家等になんら関りはなく、また断じて非法行為、反倫理、人権侵害を推奨するものではありません。

【完結】共生

ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。 ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。 隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

処理中です...