41 / 60
#41.paris 結託
しおりを挟む
カニバリズムー。
人が人の肉を食べる。これまで起きている世の中の殺人事件の中でも最も猟奇的、狂的な行為だ。パリ・リヨン駅での別れ際に放ったヨシムラの発言が、ずっとマルセルの頭を駆け巡っていた。
そしてモーリスがナスリの取り調べ前に放った発言。
マルセル、君は昔、パリで日本人学生が起こした事件を覚えているか?
あの人肉事件の件がモーリスの口から出たのは果たして偶然だったのだろうか。
モーリスはキリタニの顔の皮膚が食べられていたことを知っていた?
「マルセル、調子はどうだ?」
警視庁の廊下でメグレ警視に声をかけられた。捜査本部の解散を宣言して約1ヶ月。特別捜査チームで引き続き指揮を執っているメグレと顔を合わせるのは久しぶりだった。
「元気ですよ」
「そうか。それは良かった。クリスマスは娘夫婦と会えたのか?」
「はい。初孫の顔もしっかりと焼き付けてきましたよ」
マルセルは携帯電話を取り出し、写真に収めていた孫の顔をメグレに見せた。
「自慢の孫です」
「ははは。それは結構だ。それよりヨシムラ女史と連絡は取っていないのか?」
「いえ、特には。何かあったんですか?」
「いや、インターポールが言うには長期の休暇申請を出したらしい。事件の捜査から外されてすぐのことだからな。あの性格だ。勝手に行動しているかと思ってな」
「考えすぎですよ。それより事件に進展はありましたか?」
「それが不甲斐ないことに全くと言っていいほど何もわかっていない」
「そうですか・・・」
「同志であるモーリス警視が殺されたんだ。必ず犯人を見つけるさ」
「よろしくお願いします。あ、それとメグレ警視。私も長期の有給休暇を取ろうと思っているのですが」
「何だ?どこか行くのかね?」
「ちょっと旅行に」
「どこだね?」
「ジャポン、オキナワです」
その瞬間、時が止まった。メグレが黙ってマルセルを見つめる。
「マルセル、君まで命令違反の単独行動か?」
「あくまで休暇です。問題ありますか?」
フゥーとメグレが深い溜息をつく。
「マルセル警部、よく考えるんだ。君にはもっとやるべき仕事がたくさんあるだろう」
「わかりました」
そう言うとマルセルはスーツの中から自身の警察官証明書を取り出し、メグレに見せた。
「何だね?」
「メグレ警視、私は事件を解決したい。モーリス警視を殺した犯人、そしてキリタニ殺し、麻薬の件も全て。その為なら退職も辞さない」
メグレが驚きの表情でマルセルを凝視する。
「本気かね?マルセル警部」
「もちろん本気です。退職の手続き資料は受取証明式の郵便で送るようにします」
「そんなに頑固な君を見たのは初めてだな」
「後悔したくない。それだけです」
メグレはしばらく黙り込み、観念したかのように顔をあげた。
「わかった。有給は許可しよう。君に辞めてもらっては困るからな。その代わり条件がある」
「条件?」
マルセルはヨシムラに電話をかけた。
「やぁ、ヨシムラ」
「マルセル警部、お電話ありがとうございます」
「今、メグレ警視と話したよ」
「どうでした?」
「君の言った通りだった」
「なるほど」
「そっちはどうだ?君はキリタニの娘を追っていたオキナワの青年と合流できたのかね?」
「今、飛行機の到着待ちです」
「この後の予定は?」
「合流したら、まずはキリタニの遺体が発見されたパリレ・ブルー。そしてナスリの自宅へ行ってみようと思っています。彼の希望で」
「わかった。私は今から例の女性に話を聞いてくる。ナスリの自宅では合流できるだろう」
「わかりました。では後ほど」
電話を切るとマルセルは警視庁を出て、パリ3区へ向かった。
12月にヨシムラと別れ、しばらくは年末年始の特別警戒に力を入れざるを得なかった。その間、特別捜査チームから事件の進展についての報告もない。
秘密裏に連絡を取っていたヨシムラから「ナスリと一時期交際していた女性がいるらしい」と連絡を受けたのは3日前のことだった。3区の花屋で働いているというその女性との約束の時間が迫っている。マルセルはアクセルを力強く踏んだ。
人が人の肉を食べる。これまで起きている世の中の殺人事件の中でも最も猟奇的、狂的な行為だ。パリ・リヨン駅での別れ際に放ったヨシムラの発言が、ずっとマルセルの頭を駆け巡っていた。
そしてモーリスがナスリの取り調べ前に放った発言。
マルセル、君は昔、パリで日本人学生が起こした事件を覚えているか?
あの人肉事件の件がモーリスの口から出たのは果たして偶然だったのだろうか。
モーリスはキリタニの顔の皮膚が食べられていたことを知っていた?
「マルセル、調子はどうだ?」
警視庁の廊下でメグレ警視に声をかけられた。捜査本部の解散を宣言して約1ヶ月。特別捜査チームで引き続き指揮を執っているメグレと顔を合わせるのは久しぶりだった。
「元気ですよ」
「そうか。それは良かった。クリスマスは娘夫婦と会えたのか?」
「はい。初孫の顔もしっかりと焼き付けてきましたよ」
マルセルは携帯電話を取り出し、写真に収めていた孫の顔をメグレに見せた。
「自慢の孫です」
「ははは。それは結構だ。それよりヨシムラ女史と連絡は取っていないのか?」
「いえ、特には。何かあったんですか?」
「いや、インターポールが言うには長期の休暇申請を出したらしい。事件の捜査から外されてすぐのことだからな。あの性格だ。勝手に行動しているかと思ってな」
「考えすぎですよ。それより事件に進展はありましたか?」
「それが不甲斐ないことに全くと言っていいほど何もわかっていない」
「そうですか・・・」
「同志であるモーリス警視が殺されたんだ。必ず犯人を見つけるさ」
「よろしくお願いします。あ、それとメグレ警視。私も長期の有給休暇を取ろうと思っているのですが」
「何だ?どこか行くのかね?」
「ちょっと旅行に」
「どこだね?」
「ジャポン、オキナワです」
その瞬間、時が止まった。メグレが黙ってマルセルを見つめる。
「マルセル、君まで命令違反の単独行動か?」
「あくまで休暇です。問題ありますか?」
フゥーとメグレが深い溜息をつく。
「マルセル警部、よく考えるんだ。君にはもっとやるべき仕事がたくさんあるだろう」
「わかりました」
そう言うとマルセルはスーツの中から自身の警察官証明書を取り出し、メグレに見せた。
「何だね?」
「メグレ警視、私は事件を解決したい。モーリス警視を殺した犯人、そしてキリタニ殺し、麻薬の件も全て。その為なら退職も辞さない」
メグレが驚きの表情でマルセルを凝視する。
「本気かね?マルセル警部」
「もちろん本気です。退職の手続き資料は受取証明式の郵便で送るようにします」
「そんなに頑固な君を見たのは初めてだな」
「後悔したくない。それだけです」
メグレはしばらく黙り込み、観念したかのように顔をあげた。
「わかった。有給は許可しよう。君に辞めてもらっては困るからな。その代わり条件がある」
「条件?」
マルセルはヨシムラに電話をかけた。
「やぁ、ヨシムラ」
「マルセル警部、お電話ありがとうございます」
「今、メグレ警視と話したよ」
「どうでした?」
「君の言った通りだった」
「なるほど」
「そっちはどうだ?君はキリタニの娘を追っていたオキナワの青年と合流できたのかね?」
「今、飛行機の到着待ちです」
「この後の予定は?」
「合流したら、まずはキリタニの遺体が発見されたパリレ・ブルー。そしてナスリの自宅へ行ってみようと思っています。彼の希望で」
「わかった。私は今から例の女性に話を聞いてくる。ナスリの自宅では合流できるだろう」
「わかりました。では後ほど」
電話を切るとマルセルは警視庁を出て、パリ3区へ向かった。
12月にヨシムラと別れ、しばらくは年末年始の特別警戒に力を入れざるを得なかった。その間、特別捜査チームから事件の進展についての報告もない。
秘密裏に連絡を取っていたヨシムラから「ナスリと一時期交際していた女性がいるらしい」と連絡を受けたのは3日前のことだった。3区の花屋で働いているというその女性との約束の時間が迫っている。マルセルはアクセルを力強く踏んだ。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。
二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。
彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。
信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。
歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。
幻想、幻影、エンケージ。
魂魄、領域、人類の進化。
802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。
さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。
私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。
【毎日更新】教室崩壊カメレオン【他サイトにてカテゴリー2位獲得作品】
めんつゆ
ミステリー
ーー「それ」がわかった時、物語はひっくり返る……。
真実に近づく為の伏線が張り巡らされています。
あなたは何章で気づけますか?ーー
舞台はとある田舎町の中学校。
平和だったはずのクラスは
裏サイトの「なりすまし」によって支配されていた。
容疑者はたった7人のクラスメイト。
いじめを生み出す黒幕は誰なのか?
その目的は……?
「2人で犯人を見つけましょう」
そんな提案を持ちかけて来たのは
よりによって1番怪しい転校生。
黒幕を追う中で明らかになる、クラスメイトの過去と罪。
それぞれのトラウマは交差し、思いもよらぬ「真相」に繋がっていく……。
中学生たちの繊細で歪な人間関係を描く青春ミステリー。
コドク 〜ミドウとクロ〜
藤井ことなり
ミステリー
刑事課黒田班に配属されて数ヶ月経ったある日、マキこと牧里子巡査は[ミドウ案件]という言葉を知る。
それはTMS探偵事務所のミドウこと、西御堂あずらが関係する事件のことだった。
ミドウはマキの上司であるクロこと黒田誠悟とは元同僚で上司と部下の関係。
警察を辞め探偵になったミドウは事件を掘り起こして、あとは警察に任せるという厄介な人物となっていた。
事件で関わってしまったマキは、その後お目付け役としてミドウと行動を共にする[ミドウ番]となってしまい、黒田班として刑事でありながらミドウのパートナーとして事件に関わっていく。
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
嘘つきカウンセラーの饒舌推理
真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)
どんでん返し
井浦
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~
ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが…
(「薪」より)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる