40 / 60
#40.okinawa-paris 邂逅
しおりを挟む
12月31日、大晦日—。
また今年が終わる。午前0時前。佐倉はリランの愛子、そして従業員とその家族と共に毎年恒例の初詣の為に、沖縄県中部にある大舞寺の参拝客の列に並んでいた。佐倉がいない間のピンチヒッターとして送迎係を勤めた太田も今年は一緒に並んでいる。参拝客の中では10数人ほどの大所帯だ。
寺は賑わっていた。屋台が連なりまさにお祭り状態だ。どこもかしこも赤提灯が並び、そこからは焼き物の香しい煙が吹き出ている。
愛子から解雇通告を受けた佐倉だったが、毎年の恒例行事ということもあり、いつもいる人間が1人も欠けて欲しくないという愛子の想いから呼ばれたと真琴から聞いた。
「なぁ、知事の孫娘は戻ってきたのか?」
初詣客の列に並びながら、佐倉は太田に尋ねた。
「いえ、まだ戻ってきていません」
「誘拐犯からの連絡は?」
「無いみたいです。仲間刑事に聞きました」
「宜野湾国際大学の真栄城学長は?」
「まだ入院中です。一酸化炭素中毒で話も出来ません」
「そうか・・・」
かーん、かーん。除夜の鐘が鳴り、辺りに響き渡る。
「あけましておめでとー!」あちらこちらで新年の挨拶が聞こえた。
「あけましておめでとうございます」
1番最初に佐倉に挨拶してきたのは真琴だった。その親切心により愛子から相当お灸を据えられたと聞いたが、そんなことがあったことは佐倉に微塵も見せない。
「あけましておめでとう。みんな今年もよろしくね」
「よろしくお願いしまーす!」
リランの面々が新年の挨拶を交わす。列が一歩ずつ進み佐倉たちの参拝の順番になった。聖水で手を清め両手を合わす。「今年もお店が儲かりますように」と愛子だけが願い事を口に出す。他の面々は新年に何を願い、何を誓っているのだろうか。
佐倉には、特に願い事も達成したい夢や目標も無かった。しかし手を合わせると自然に杏奈の表情が目に浮かぶ。抱えていた時の温もり、感触がまだ手元に残っているような気がした。そして佐倉の目からは無意識に一筋の涙が静かに流れた。
隣にいた奈緒が佐倉の涙に気づいたが何も言わなかった。佐倉はそっと涙を手の甲で拭き取り、静かに神に、いや死んだ杏奈に誓った。
手は引かない。真相を明かす為、最後の最後まで動く・・・と。
そして1月18日—。
パリへ向かう時が来た。愛子は店の経営をチーママの聖奈に任せて、その間の送迎係も太田が引き受けることとなった。
具志堅知事の孫娘が誘拐されて1ヶ月以上経つが犯人からの音沙汰もない。果たして生きているのか。仲間刑事に確認すると12月末をもって知事の家から捜査陣を撤退させたと言っていた。
事件解決の糸口をパリで掴む事が出来るのか、不安と疑問を抱えたまま佐倉は愛子と共にフランスへ旅だった。
「パリに着いたらどこへ行くんだ?」
機内で隣の席の愛子に尋ねる。実は日本へ帰国する日やパリでの行程など全く聞かされていなかった。
「私は買い物よ」
「は?私は、って何だよ。一緒に行動するんじゃないのか?」
「なんで私があなたにずっと付きっきりしないといけないの?」
「おいおい、だったら俺はどうすればいいんだよ」
「大丈夫。現地に私の友達がいるから。あなたはその人と行動しなさい」
「何だよ、それ。じゃあ結局買い物が目的か」
「そうよ」
「誰だよ、現地の知り合いって?」
「いちいちうるさいわね。私、あまり寝てないんだからしばらく話しかけないで」
そう言うと愛子はブランケットを被り、シートを倒して横になった。何と自己中心的な女なのだろうか。那覇からパリまで約18時間のフライト。海外旅行を何回も楽しんでいる愛子と違って、佐倉にとっては長い苦痛の時間でしかない。
予定より1時間ほど遅れて、佐倉と愛子はフランス・パリのシャルル・ド・ゴール空港へ降り立った。寒い。1月とはいえパリに比べれば温暖な気候の沖縄から来たのだ。が、あまりの気温差に身震いする。
体感温度は低く、佐倉はすぐに手袋をはめた。入国審査後、預けていた荷物を受け取り税関へと向かう。我が庭のように異国の空港を闊歩する愛子の背中を見て、間違いなく旅行気分で来ていることを確信し佐倉は思わず溜息をついた。
到着ロビーを出ると早朝ということもあり、思っていたより人の数は少なく、建物内は殺伐としていた。
「こっちよ」
愛子が前を歩いて佐倉を引率する。入ったのはこじんまりとしながらも開放感のあるカフェだった。小さい丸テーブルに対し腰掛け椅子2つという組み合わせが、エリア内に何セットか配置されている。
「ここで待ち合わせしているから」
そう言うと愛子は隣のテーブルから椅子を1つ拝借し、自分の隣にセットした。
「少しお腹空いたわね。何食べる?」
「何があるんだ?」
「ここは軽食ぐらいしか置いてないわよ。ハムとチーズはまぁまぁいけるかな」
いきなり別の女性が2人の会話に割り込んできた。黒いカジュアルなチノパンとジャケットを無駄なく綺麗に着こなしている。
「寧々!」
「愛子!久しぶりー!」
愛子と、寧々と呼ばれた人物が良い年して抱き合っている。彼女か、愛子の友達というのは・・・。
「あ、これうちの弟」
「へー、これが噂のぉー」
弟のことを「これ」呼ばわりする愛子もどうかと思うが、初対面で「これ」扱いするこの女性もどうかと思った。
「どうも、佐倉と言います」
「あ、そっか。愛子とは名字が違うんだっけ」
「そうそう。あ、ゆうちゃん、彼女が私の友達。こう見えて女銭形警部よ」
「やだ、愛子ったら」
「銭形警部?」
愛子からボールを投げられた女性がふふと少し笑う。
「はじめまして。私、吉村寧々。こう見えてインターポールの刑事です。まぁ今は休暇中だけど」
「インターポール?」
「そっ!よろしくね!弟くん!」
また今年が終わる。午前0時前。佐倉はリランの愛子、そして従業員とその家族と共に毎年恒例の初詣の為に、沖縄県中部にある大舞寺の参拝客の列に並んでいた。佐倉がいない間のピンチヒッターとして送迎係を勤めた太田も今年は一緒に並んでいる。参拝客の中では10数人ほどの大所帯だ。
寺は賑わっていた。屋台が連なりまさにお祭り状態だ。どこもかしこも赤提灯が並び、そこからは焼き物の香しい煙が吹き出ている。
愛子から解雇通告を受けた佐倉だったが、毎年の恒例行事ということもあり、いつもいる人間が1人も欠けて欲しくないという愛子の想いから呼ばれたと真琴から聞いた。
「なぁ、知事の孫娘は戻ってきたのか?」
初詣客の列に並びながら、佐倉は太田に尋ねた。
「いえ、まだ戻ってきていません」
「誘拐犯からの連絡は?」
「無いみたいです。仲間刑事に聞きました」
「宜野湾国際大学の真栄城学長は?」
「まだ入院中です。一酸化炭素中毒で話も出来ません」
「そうか・・・」
かーん、かーん。除夜の鐘が鳴り、辺りに響き渡る。
「あけましておめでとー!」あちらこちらで新年の挨拶が聞こえた。
「あけましておめでとうございます」
1番最初に佐倉に挨拶してきたのは真琴だった。その親切心により愛子から相当お灸を据えられたと聞いたが、そんなことがあったことは佐倉に微塵も見せない。
「あけましておめでとう。みんな今年もよろしくね」
「よろしくお願いしまーす!」
リランの面々が新年の挨拶を交わす。列が一歩ずつ進み佐倉たちの参拝の順番になった。聖水で手を清め両手を合わす。「今年もお店が儲かりますように」と愛子だけが願い事を口に出す。他の面々は新年に何を願い、何を誓っているのだろうか。
佐倉には、特に願い事も達成したい夢や目標も無かった。しかし手を合わせると自然に杏奈の表情が目に浮かぶ。抱えていた時の温もり、感触がまだ手元に残っているような気がした。そして佐倉の目からは無意識に一筋の涙が静かに流れた。
隣にいた奈緒が佐倉の涙に気づいたが何も言わなかった。佐倉はそっと涙を手の甲で拭き取り、静かに神に、いや死んだ杏奈に誓った。
手は引かない。真相を明かす為、最後の最後まで動く・・・と。
そして1月18日—。
パリへ向かう時が来た。愛子は店の経営をチーママの聖奈に任せて、その間の送迎係も太田が引き受けることとなった。
具志堅知事の孫娘が誘拐されて1ヶ月以上経つが犯人からの音沙汰もない。果たして生きているのか。仲間刑事に確認すると12月末をもって知事の家から捜査陣を撤退させたと言っていた。
事件解決の糸口をパリで掴む事が出来るのか、不安と疑問を抱えたまま佐倉は愛子と共にフランスへ旅だった。
「パリに着いたらどこへ行くんだ?」
機内で隣の席の愛子に尋ねる。実は日本へ帰国する日やパリでの行程など全く聞かされていなかった。
「私は買い物よ」
「は?私は、って何だよ。一緒に行動するんじゃないのか?」
「なんで私があなたにずっと付きっきりしないといけないの?」
「おいおい、だったら俺はどうすればいいんだよ」
「大丈夫。現地に私の友達がいるから。あなたはその人と行動しなさい」
「何だよ、それ。じゃあ結局買い物が目的か」
「そうよ」
「誰だよ、現地の知り合いって?」
「いちいちうるさいわね。私、あまり寝てないんだからしばらく話しかけないで」
そう言うと愛子はブランケットを被り、シートを倒して横になった。何と自己中心的な女なのだろうか。那覇からパリまで約18時間のフライト。海外旅行を何回も楽しんでいる愛子と違って、佐倉にとっては長い苦痛の時間でしかない。
予定より1時間ほど遅れて、佐倉と愛子はフランス・パリのシャルル・ド・ゴール空港へ降り立った。寒い。1月とはいえパリに比べれば温暖な気候の沖縄から来たのだ。が、あまりの気温差に身震いする。
体感温度は低く、佐倉はすぐに手袋をはめた。入国審査後、預けていた荷物を受け取り税関へと向かう。我が庭のように異国の空港を闊歩する愛子の背中を見て、間違いなく旅行気分で来ていることを確信し佐倉は思わず溜息をついた。
到着ロビーを出ると早朝ということもあり、思っていたより人の数は少なく、建物内は殺伐としていた。
「こっちよ」
愛子が前を歩いて佐倉を引率する。入ったのはこじんまりとしながらも開放感のあるカフェだった。小さい丸テーブルに対し腰掛け椅子2つという組み合わせが、エリア内に何セットか配置されている。
「ここで待ち合わせしているから」
そう言うと愛子は隣のテーブルから椅子を1つ拝借し、自分の隣にセットした。
「少しお腹空いたわね。何食べる?」
「何があるんだ?」
「ここは軽食ぐらいしか置いてないわよ。ハムとチーズはまぁまぁいけるかな」
いきなり別の女性が2人の会話に割り込んできた。黒いカジュアルなチノパンとジャケットを無駄なく綺麗に着こなしている。
「寧々!」
「愛子!久しぶりー!」
愛子と、寧々と呼ばれた人物が良い年して抱き合っている。彼女か、愛子の友達というのは・・・。
「あ、これうちの弟」
「へー、これが噂のぉー」
弟のことを「これ」呼ばわりする愛子もどうかと思うが、初対面で「これ」扱いするこの女性もどうかと思った。
「どうも、佐倉と言います」
「あ、そっか。愛子とは名字が違うんだっけ」
「そうそう。あ、ゆうちゃん、彼女が私の友達。こう見えて女銭形警部よ」
「やだ、愛子ったら」
「銭形警部?」
愛子からボールを投げられた女性がふふと少し笑う。
「はじめまして。私、吉村寧々。こう見えてインターポールの刑事です。まぁ今は休暇中だけど」
「インターポール?」
「そっ!よろしくね!弟くん!」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
推理の果てに咲く恋
葉羽
ミステリー
高校2年生の神藤葉羽が、日々の退屈な学校生活の中で唯一の楽しみである推理小説に没頭する様子を描く。ある日、彼の鋭い観察眼が、学校内で起こった些細な出来事に異変を感じ取る。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。
二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。
彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。
信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。
歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。
幻想、幻影、エンケージ。
魂魄、領域、人類の進化。
802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。
さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。
私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

ダブルネーム
しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する!
四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。

存在証明X
ノア
ミステリー
存在証明Xは
1991年8月24日生まれ
血液型はA型
性別は 男であり女
身長は 198cmと161cm
体重は98kgと68kg
性格は穏やかで
他人を傷つけることを嫌い
自分で出来ることは
全て自分で完結させる。
寂しがりで夜
部屋を真っ暗にするのが嫌なわりに
真っ暗にしないと眠れない。
no longer exists…
泉田高校放課後事件禄
野村だんだら
ミステリー
連作短編形式の長編小説。人の死なないミステリです。
田舎にある泉田高校を舞台に、ちょっとした事件や謎を主人公の稲富くんが解き明かしていきます。
【第32回前期ファンタジア大賞一次選考通過作品を手直しした物になります】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる