一冬の糸

倉木 由東

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#40.okinawa-paris 邂逅

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 12月31日、大晦日—。
 また今年が終わる。午前0時前。佐倉はリランの愛子、そして従業員とその家族と共に毎年恒例の初詣の為に、沖縄県中部にある大舞寺の参拝客の列に並んでいた。佐倉がいない間のピンチヒッターとして送迎係を勤めた太田も今年は一緒に並んでいる。参拝客の中では10数人ほどの大所帯だ。
 寺は賑わっていた。屋台が連なりまさにお祭り状態だ。どこもかしこも赤提灯が並び、そこからは焼き物の香しい煙が吹き出ている。
 愛子から解雇通告を受けた佐倉だったが、毎年の恒例行事ということもあり、いつもいる人間が1人も欠けて欲しくないという愛子の想いから呼ばれたと真琴から聞いた。
「なぁ、知事の孫娘は戻ってきたのか?」
 初詣客の列に並びながら、佐倉は太田に尋ねた。
「いえ、まだ戻ってきていません」
「誘拐犯からの連絡は?」
「無いみたいです。仲間刑事に聞きました」
「宜野湾国際大学の真栄城学長は?」
「まだ入院中です。一酸化炭素中毒で話も出来ません」
「そうか・・・」
 
 かーん、かーん。除夜の鐘が鳴り、辺りに響き渡る。
「あけましておめでとー!」あちらこちらで新年の挨拶が聞こえた。
「あけましておめでとうございます」
 1番最初に佐倉に挨拶してきたのは真琴だった。その親切心により愛子から相当お灸を据えられたと聞いたが、そんなことがあったことは佐倉に微塵も見せない。
「あけましておめでとう。みんな今年もよろしくね」
「よろしくお願いしまーす!」
 リランの面々が新年の挨拶を交わす。列が一歩ずつ進み佐倉たちの参拝の順番になった。聖水で手を清め両手を合わす。「今年もお店が儲かりますように」と愛子だけが願い事を口に出す。他の面々は新年に何を願い、何を誓っているのだろうか。
 佐倉には、特に願い事も達成したい夢や目標も無かった。しかし手を合わせると自然に杏奈の表情が目に浮かぶ。抱えていた時の温もり、感触がまだ手元に残っているような気がした。そして佐倉の目からは無意識に一筋の涙が静かに流れた。
隣にいた奈緒が佐倉の涙に気づいたが何も言わなかった。佐倉はそっと涙を手の甲で拭き取り、静かに神に、いや死んだ杏奈に誓った。
 手は引かない。真相を明かす為、最後の最後まで動く・・・と。


 そして1月18日—。
 パリへ向かう時が来た。愛子は店の経営をチーママの聖奈に任せて、その間の送迎係も太田が引き受けることとなった。
 具志堅知事の孫娘が誘拐されて1ヶ月以上経つが犯人からの音沙汰もない。果たして生きているのか。仲間刑事に確認すると12月末をもって知事の家から捜査陣を撤退させたと言っていた。
 事件解決の糸口をパリで掴む事が出来るのか、不安と疑問を抱えたまま佐倉は愛子と共にフランスへ旅だった。

「パリに着いたらどこへ行くんだ?」
 機内で隣の席の愛子に尋ねる。実は日本へ帰国する日やパリでの行程など全く聞かされていなかった。
「私は買い物よ」
「は?私は、って何だよ。一緒に行動するんじゃないのか?」
「なんで私があなたにずっと付きっきりしないといけないの?」
「おいおい、だったら俺はどうすればいいんだよ」
「大丈夫。現地に私の友達がいるから。あなたはその人と行動しなさい」
「何だよ、それ。じゃあ結局買い物が目的か」
「そうよ」
「誰だよ、現地の知り合いって?」
「いちいちうるさいわね。私、あまり寝てないんだからしばらく話しかけないで」
 そう言うと愛子はブランケットを被り、シートを倒して横になった。何と自己中心的な女なのだろうか。那覇からパリまで約18時間のフライト。海外旅行を何回も楽しんでいる愛子と違って、佐倉にとっては長い苦痛の時間でしかない。

 予定より1時間ほど遅れて、佐倉と愛子はフランス・パリのシャルル・ド・ゴール空港へ降り立った。寒い。1月とはいえパリに比べれば温暖な気候の沖縄から来たのだ。が、あまりの気温差に身震いする。
 体感温度は低く、佐倉はすぐに手袋をはめた。入国審査後、預けていた荷物を受け取り税関へと向かう。我が庭のように異国の空港を闊歩する愛子の背中を見て、間違いなく旅行気分で来ていることを確信し佐倉は思わず溜息をついた。
 到着ロビーを出ると早朝ということもあり、思っていたより人の数は少なく、建物内は殺伐としていた。
「こっちよ」
 愛子が前を歩いて佐倉を引率する。入ったのはこじんまりとしながらも開放感のあるカフェだった。小さい丸テーブルに対し腰掛け椅子2つという組み合わせが、エリア内に何セットか配置されている。
「ここで待ち合わせしているから」
 そう言うと愛子は隣のテーブルから椅子を1つ拝借し、自分の隣にセットした。
「少しお腹空いたわね。何食べる?」
「何があるんだ?」


「ここは軽食ぐらいしか置いてないわよ。ハムとチーズはまぁまぁいけるかな」


 いきなり別の女性が2人の会話に割り込んできた。黒いカジュアルなチノパンとジャケットを無駄なく綺麗に着こなしている。
「寧々!」
「愛子!久しぶりー!」
 愛子と、寧々と呼ばれた人物が良い年して抱き合っている。彼女か、愛子の友達というのは・・・。
「あ、これうちの弟」
「へー、これが噂のぉー」
 弟のことを「これ」呼ばわりする愛子もどうかと思うが、初対面で「これ」扱いするこの女性もどうかと思った。
「どうも、佐倉と言います」
「あ、そっか。愛子とは名字が違うんだっけ」
「そうそう。あ、ゆうちゃん、彼女が私の友達。こう見えて女銭形警部よ」
「やだ、愛子ったら」
「銭形警部?」
 愛子からボールを投げられた女性がふふと少し笑う。
「はじめまして。私、吉村寧々。こう見えてインターポールの刑事です。まぁ今は休暇中だけど」
「インターポール?」
「そっ!よろしくね!弟くん!」
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