一冬の糸

倉木 由東

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#38.okinawa 姉弟

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 6人目の訪問客は最も佐倉との相性の悪い奈緒だった。佐倉と同い年の彼女はリラン1番の問題児で口も悪い。恵と組んだら口喧嘩でこの2人に勝てる者はいない。
 ドンドンドン!ドンドンドン!
 チャイムがあるのに恵と同じく扉を激しく叩く。覗くと、案の定奈緒だったので佐倉は居留守を通そうとした。が、その拳の動きは一向に止まる気配はない。
 ドンドンドン!ドンドンドン!
 警察を呼んだら迷惑行為で即連行されるレベルなので、佐倉は真剣に警察を呼ぼうか悩んだが仕方なく扉を開けた。
「いないと思ったじゃない!いるんだったら早く出なさいよ!」
「いないと思ったのならさっさと帰れよ」
「何その言い方。ったく、やっぱり来るんじゃなかった」
「何で来たんだよ」
「みんな来ているからに決まっているじゃない」
「お前が周りと同じ行動を取るなんてな」
「いちいちムカつくわね。それよりあんた仕事ミスったんだって?」
 笑いながら佐倉の顔を覗いてくる。佐倉の失敗や落ち込み具合を心底楽しんでいるような顔だった。
「出来の悪い弟持ってママも可哀想」
「うるせえよ。そもそもお前まで俺の家にくるなんて愛子の指示か?」
「そんなわけないでしょ。ママからはあんたをクビにしたからもう関わるなって言われているぐらいよ。こんなことママにバレたら私たちまでクビよ」
「じゃあ誰がこんなこと言い出した?」
「最初は真琴ちゃんがあんたに弁当を持っていたことをママに言ったの。そしたら真琴ちゃん、ママに烈火の如く叱られたのよ。でもその後、ママに黙ってチーママがみんなであんたを励まそうって声をかけたのよ。ママに黙って」
 なるほど。聖奈の気遣いからか。
「まぁ、私は最後まで反対したけどね。面倒臭いし」
「あぁ。その光景が十分に想像できるよ」
「うるさいわね。はい、これ弁当」
「まさかお前さんまで料理するとはな」
 言いながら佐倉は奈緒から弁当を受け取った。
「あんた、さっきから黙って聞いていたら私の評価だいぶ低いわよね。ちょっとナメてるんじゃないの?」
「オメー、実際にこれ、ほっともっとの唐揚げ弁当じゃねーか」
 ビニール袋から弁当箱を取り出した佐倉が、親切の妥協にクレームをつける。
「人の親切にいちいち文句言って。あなたが女にモテない理由がよくわかるわ」
「あら?ゆうちゃんって意外とモテるのよ」
 奈緒の背後から急に声がした。顔を出したのは愛子だった。何故か隣には太田もいる。
「ゲッ!」
 突然のボスの登場に、奈緒が品の無い声をあげる。
「私に黙って勝手なことして・・・」
「ママ、どうしてわかったの?」
「太田君が白状したの。聖奈にも事情を聞いたわ」
「新人君、口が軽いなー」
 奈緒が太田を睨む。
「おい、新人君ってどういうことだよ?」
「彼があなたの後任で雇った送迎係よ」
 佐倉の疑問に冷めた声で愛子が答える。
「最近みんな時間通りに来ないと思ったら、こういうことだったのね」
「いや、違うよママ!私は最後の最後まで反対したんだからね!」
 奈緒が自己保身の為に見苦しく言い訳をする。
「でも奈緒ちゃん、こうやってゆうちゃんに弁当持ってきている」
「う・・・」奈緒が言葉を失う。
「話があるわ、ゆうちゃん。太田君は奈緒ちゃん連れて店に行って。もう開店時間になるから。私は後で行きます」
「わかりました」太田は答え、最後に佐倉に一礼をした。

「はい、これ」
 部屋の中に入るなり、愛子は佐倉に1つの封筒を差し出してきた。
「何だよ、これ?」
「河村さんからよ。30万入っているわ」
「30万?」
「あなたへの謝礼。娘さんの初七日も終わって少し落ち着いたからって店に顔出してくれたのよ」
「あの人とは依頼関係は終わっているぞ。最初に打ち切られていた時の金も振り込まれていたしな」
「でも再度、お願いされたでしょ?『娘を助けてくれ』って」
 河村工業でのやり取り。震える声で佐倉にすがった河村の表情が甦る。
「だったら尚更受け取れない。俺は目の前であの人の娘を助ける事が出来なかったからな」
 バチン!愛子の掌が佐倉の頰を叩いた。
自惚うぬぼれるんじゃ無いわよ。何が助ける事ができなかったよ。それで自分に酔って終わり?本当ムカつくわ」
「いずれにせよその金は受け取ることは出来ない」
「あんた、本当にこれで納得しているの?」
「しているわけないだろう!」
 思わず本音で佐倉も怒鳴る。そう、納得しているわけない。でも真相に近づけない。近づこうとしたら握りつぶされる。実際に新聞広告に40年前のことも掲載されなかった。権力に潰された。
「私も納得していないわ」
 愛子の言葉に佐倉が俯いていた顔を上げる。
「あなたのその弱気な感じにね。私がスッキリする為に、あなたにはきちんと最後まで向き合ってもらうから」
「何を言っている?」
 すると佐倉の言葉を無視して愛子は鞄からスマートフォンを取り出した。
「あ、もしもし聖奈?悪いんだけど年が明けたら、やっぱり少しお休みとるから。シフトを作り直して欲しいの。うん、うん。そうね、みんなの休みの希望日も聞いてもう1度調整お願い。私が休んでいる間も店のことはお願いね」
 そう言うと愛子は聖奈との通話を終え、また別の相手に電話をかけ始めた。
「もしもし。リランの愛子です。例の航空券の手配ですが進めてください。宜しくお願いします。はい、はい。失礼します」
「何だ?どこか旅行にでも行くのか?」
「あなたも一緒にね」
「は?どこに?」
「決まっているでしょう。パリよ」
 愛子が何を言っているのか。それを理解するまでに佐倉は一拍の時間を要した。
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