一冬の糸

倉木 由東

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#36.paris 不屈

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「マルセル」
 会議を終えた部屋の外でメグレ警視はマルセルを呼び止めた。
「残念だがそういうことだ。君も通常の業務に戻ってくれ」
「特別捜査チームの編成要員は決定しているのですか?」
「あぁ。もう決まっている。私はそこに入る」
「メグレ警視、お言葉ですがヨシムラは必ず戦力になります。事件解決の為には彼女も捜査チームに加えるべきです」
「マルセル警部、この決定はインターポール、そして日本の警視庁も共有している決定事項だ。それに忘れてはならないのは彼女は研修生。単独での捜査権も無いよ」
 メグレ警視はマルセルの肩をポンと叩き「君もあまり頑張りすぎるな。クリスマスまでに片付けられる業務は片付けて娘夫婦とゆっくり過ごすといい」と言葉を残し去っていった。

 反対側、廊下の向こうではヨシムラが数名の捜査員に囲まれている。近づいてみると同情の声がヨシムラに浴びせられていた。
「ヨシムラ、残念だが上の決定だ。仕方ないよ」
そんな声がヨシムラを包む。マルセルに気づいたヨシムラは、元気のない笑顔で同僚たちに「メルシィ」と答えるとマルセルに「ちょっと」と促し廊下の隅へ誘った。
「マルセル警部、先程の件ですが・・・」
「あぁ。理不尽な決定だ」
「いえ、違います。ナスリの件です」
「何?」
「やはりナスリは自殺することを覚悟していた。計画的だったかどうかまではわかりませんが、その線が濃厚だと思います」
「何が言いたい?」
「ナスリは自分がキリタニを殺していないにも関わらず、遺体を運んで縛り付けた。そして自殺した。そこがずっと引っかかっているんです。ナスリにとって、そんなことをしても何の得もありません。つまり・・・」
「つまり?」
「ナスリの行動には何か意味があると思うんです。何というか・・・。メッセージのようなものが」
「メッセージか・・・。柱に遺体を縛り付けることが・・・?」
「いえ、それ自体は意味はないと思います。ああいった猟奇的な行動を取ることによってナスリは警察が自分の身辺を調べることを計算に入れた。その目的は家宅捜索」
「そして家宅捜索で見つかったもの・・・」
「そう、コカの葉です。彼は我々にコカの葉を見つけて欲しかったのではないでしょうか?」
「何の為に?」
「もちろん真相究明の為です。つまりキリタニを縛り付けたのは彼の望んだ行動ではなかった。仕方なく、ああいう行動を取るしかなかった」
 なるほど。もしかするとヨシムラの推測は外れているのかもしれない。しかし事件解決の為に視点を変えてみるのも手だ。しかし・・・。
「しかしヨシムラ。もう捜査は・・・」
「続けますよ」
「続ける?」
「はい。当然です。納得できないので」
「君は強い女だな」
 マルセルはヨシムラの頑固さ、いや意志の強さに思わず笑った。
「けれど君はもうリヨンに戻らなければいけない。先程のメグレ警視の話ではインターポールにも共有されていると言っていた。捜査権ももう無いだろう」
「ふふ。有給取ります」
「君も本当に頑固だな」
 そう言いながらもヨシムラの返答はマルセルの期待通りのものだった。
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