一冬の糸

倉木 由東

文字の大きさ
上 下
31 / 60

#31.paris 疑問

しおりを挟む
 モーリスの遺体と対面した後、マルセルとヨシムラ、メグレは警視庁内の会議室の中で向かい合っていた。
「まさかモーリスがこんな形で見つかるとは・・・」
「モーリス警視も心臓一発・・・。ナスリと同じですね」
 やり取りをしているメグレとヨシムラに、マルセルはモーリスの遺体が見つかった時から抱いていた疑問を口にした。
「本当にナスリを殺したのはモーリス警視なのでしょうか?」
「私も同じことを思っていました」
 ヨシムラも同意する。
「しかしマルセル、モーリス警視は君に電話で自白したのだろう?」
「はい、確かに。でも・・・」
「心臓一発」
 ヨシムラがマルセルの心を読んでいたかのように続けた。そう、ナスリもモーリスも心臓一発の即死。普通に考えれば、一連の事件の流れからみても同一犯と考えるのが普通だ。
「ナスリとモーリス警視の遺体から摘出された弾は一致したのですか?」
 マルセルがメグレに尋ねる。
「いや、一致はしてはいない。ちなみにナスリの遺体から摘出された弾は、警察携帯用の拳銃のものではなかった。だからモーリスは個人的に所有している拳銃でナスリを射殺したと思っていたんだが・・・」
「確か日本と違って、フランスは拳銃の所持は認められていますね」
「あぁ。ただし護身用の目的として当局に申請の必要がある」
「モーリス警視が拳銃所持の申請をしていなかったとすれば、独自のルートで拳銃を手に入れたということになりますね」
「モーリス警視なら簡単に入手は出来ると思います」そう指摘したのはヨシムラだった。
「どういうことかね?」
「はい、メグレ警視。厳密に言うとモーリス警視だけではなく、メグレ警視、マルセル警部、私だってその気になれば入手出来ます。おわかりですか?マルセル警部」
 ヨシムラにボールを投げられたマルセルは思考回路を働かせた。モーリスだけではなく、自分にもメグレ警視にもヨシムラにも入手出来る方法・・・。
 !
「警察の押収品か!」
「そうです。押収品保管庫からの持ち出し。それも発砲済みのものではなく、例えば銃刀法違反のみで押収した拳銃を持ち出せば・・・」
「弾痕も過去の犯罪で使われた拳銃と結びつくことはない、ということか」
 メグレ警視の言葉にヨシムラは深く頷く。
 鋭い指摘だとは思うが、あくまでそれはモーリスが犯人という前提での推測だ。
「押収品リストから拳銃の紛失物があるか調べなければならないな」
「ええ。確かにヨシムラの推理を裏付ける為にもその必要性はありますね」
「あぁ。射殺した拳銃の発見を急がねば」
「それに殺されたキリタニの顔の皮膚もですね」
 そうだ。ヨシムラの言うとおり、キリタニの顔から抉られた皮膚も見つかってはいないのだ。結局、捜査が解決に向けて全く進展していないことを痛感させられた。
「40年前の現金強奪事件の件も攻めてみる必要がありますね」
「あぁ。写真に写っていた連中を調べるのも良いかもしれない・・・」
 マルセルの言葉にヨシムラが反応する。
「写真?何ですか?それは」
「ん?まだヨシムラ女史には見せていなかったかな?」
 言いながらメグレが内ポケットから例の写真を取り出した。若かりし頃のモーリスが含まれている4人組の写真。
 メグレから受け取った写真をヨシムラはじっくりと観察する。
「この人、どこかで最近見たことが・・・」
「どれだ?」
 おそらくネットで見たオキナワにある大学の学長であるマエシロのことを指しているのだろう。マルセルは横から写真を覗き込んだ。しかし、ヨシムラが指差していたのはマエシロと思われる人物ではなく別の人間だった。
「どこで見たんだね?」
 メグレに促されたヨシムラはこめかみ部分を押さえて、記憶の糸を引き出そうと必死になっている。
「あ!」
 ヨシムラはバッグの中から携帯を取り出し操作すると、やがてメグレとマルセルに画面を向けた。そこには白いヘルメットを被った制服姿らしき無表情の男の顔が映っている。「確かに似ているな。誰だこれは?」
 写真と画面の中の男を見比べてマルセルはヨシムラに聞いた。
「その現金強奪事件の実行犯とされる男の指名手配写真です。モンタージュ・・・、ここで言うと被害者の証言から作成されるコラージュ写真ですが」
「しかし似ているな。ヨシムラ女史、君はこの40年前の事件を探ってくれ。マルセル、君は凶器である拳銃の捜索とナスリから検出された薬物の線を当たってくれ。私は上層部に報告してくる」
 2人に指示を出し、メグレは一足先に会議室を後にした。

「マルセル警部、写真に映っていた1人は殺されたキリタニがやり取りをしていたマエシロのようでしたね」
「何だ、やはり気づいていたのか」
「ええ、1人はモーリス警視、1人はマエシロ、1人はコラージュ写真の男・・・」
「もう1人はモーリス警視に時効成立の手紙を出した殺されたキリタニの親族と思われる人物か・・・」
「でもマルセル警部、私、あの写真を見てずっと違和感があるんです」
「違和感?何だねそれは・・・」
「はい・・・」

 ヨシムラの指摘した違和感。それを聞いたマルセルは、何故自分がそれを考えつかなかったのか頭を打たれたような気がした。と同時に、やはりヨシムラが冷静に物事を客観視出来ていると感じさせられた。
 ヨシムラの指摘・・・。
「あの写真を撮影したのは誰なのでしょうか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

推理の果てに咲く恋

葉羽
ミステリー
高校2年生の神藤葉羽が、日々の退屈な学校生活の中で唯一の楽しみである推理小説に没頭する様子を描く。ある日、彼の鋭い観察眼が、学校内で起こった些細な出来事に異変を感じ取る。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

法律なんてくそくらえ

ドルドレオン
ミステリー
小説 ミステリー

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

ダブルネーム

しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する! 四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。

存在証明X

ノア
ミステリー
存在証明Xは 1991年8月24日生まれ 血液型はA型 性別は 男であり女 身長は 198cmと161cm 体重は98kgと68kg 性格は穏やかで 他人を傷つけることを嫌い 自分で出来ることは 全て自分で完結させる。 寂しがりで夜 部屋を真っ暗にするのが嫌なわりに 真っ暗にしないと眠れない。 no longer exists…

泉田高校放課後事件禄

野村だんだら
ミステリー
連作短編形式の長編小説。人の死なないミステリです。 田舎にある泉田高校を舞台に、ちょっとした事件や謎を主人公の稲富くんが解き明かしていきます。 【第32回前期ファンタジア大賞一次選考通過作品を手直しした物になります】

処理中です...