一冬の糸

倉木 由東

文字の大きさ
上 下
30 / 60

#30.okinawa 攻撃

しおりを挟む
 12月9日—。誘拐犯が指定した10日まであと1日。仲間に確認を取ったところ、知事は頑に新聞記事への掲載を拒否しているという。具志堅にとって、このスキャンダルはもちろん大きなダメージだ。自分の孫より、自身の権力の保持を選択したことになる。ここは香苗夫人の覚悟に期待するしかない。
 仲間は孫娘が誘拐された日の、学校から自宅までの道のりに設置されているありとあらゆる監視カメラをしらみつぶしに調べると言っていた。
 佐倉は自分に出来ること、自分にしか出来ないことを考えた結果、河村修一が言っていた宜野湾国際大学の真栄城学長を訪ねることにした。事件が40年前の3億円事件と繋がりがあるのなら真栄城は何か知っているのかもしれない。

 昼間は満車に近い状態の宜野湾国際大学の駐車場も夜に近づくと、車の台数はまばらになってくる。真栄城のアポイントは河村修一を通して取っていた。電話口での反応はかなり感情的に怒り狂ったと河村から聞いている。無理も無い。昔のスキャンダルが明るみに出る可能性があり、そしてそのことについて素性のわからない男がいきなり訪ねてくるというのだから真栄城も気が気でないだろう。
 事務室を訪ね、アポイントを取っている旨を職員に伝えるとあっさりと学長室の場所を教えてくれた。
 学長室の扉は佐倉が思っていたより簡素なものだった。コンコン、とノックすると「入ってくれ」と中から声が聞こえた。顔を見なくともその声は重厚な人柄や外見を想像させる。
「失礼します」
 部屋に入ると先代の大学の創設者、真栄城の父親の肖像画が壁に飾られているのが目に入った。そして正面には、机に座ったままの真栄城がいた。その睨みつけるような視線は招かれざる客を十分に納得しないまま迎え入れていることを示していた。
「はじめまして。佐倉と申します」
「貴様か。河村の会社に出入りしている探偵風情というのは」
「半分正解で半分誤りがありますね。探偵風情なのは認めますが、うちの店に出入りしているのは河村社長のほうですよ」
「屁理屈はいい。何の用だ?」
「おわかりでしょう。40年前の3億円事件についてですよ」
 真栄城の攻撃的な視線や口調は想定済みだった。前もって真栄城の写真や経歴を調べていたのも助けになったかもしれない。佐倉は落ち着いて対応することが出来た。
「河村社長が教えてくれました。あなたが40年前の3億円事件の実行犯の1人であると」
「あの男、余計なことを」
「知事の孫娘が誘拐されたことはご存知で?」
「知っている」
「犯人の要求については?」
「それも聞いている」
「具志県知事は犯人の要求である事件の公表を頑に拒否さているようです」
「そうだろうな。あいつは自分の保身しか考えない男だ」
「あなたはどうなんです?事件の公表について抵抗は無いのですか?」
「勘違いするな。誘拐犯のターゲットは具志堅だ。私が口を出すことではない」
「でも、あなたも実行犯でしょう?」
「それがどうした。そんな昔の話、とっくに時効だ」
「では明るみになっても問題ないと?」
「いいか小僧。俺は具志堅と違って何もそんなことは怖くない。この大学も私が創設したわけではないし、学長の仕事も嫌々引き受けただけだ。事件について私のことが明るみになってこの大学の評判が下がろうが知ったことではない。私は失うものはないんだよ」
「殺人については?」
 佐倉は確信的に、相手の心臓を抉るような質問をさらりと投げつけた。真栄城の目つきが一瞬にして変わる。
「どうやら貴様は勘違いばかりしているようだな。桐谷を殺したのは私ではない」
「でも共犯みたいなものでしょう。実行犯は誰であれ3人が桐谷さんを殺した。3億円を奪った後に」
「違う!私は殺してない」
「人殺しは大抵そう言いますよ」
 やはり殺人までは認めないか。当然の反応だろう。
「では、一体誰が殺したんですか?」
「それは貴様に関係ないことだ」
「では質問を変えましょう。奪った3億円はどうされたんですか?」
「それも関係のないことだ」
 どうやら真栄城の心変わりを期待するのは無理らしい。
「無駄足だったみたいですね」
「そのようだな」
「最後に1つ」
「何だ?」
「河村さんの娘さん、河村杏奈がこの学校に入学して接触はしましたか?」
「一度だけこの部屋を訪ねて来た」
「何の目的で?」
 真栄城はフッと笑った。
「警告だよ」「警告?」
「あぁ。『私がこの学校に入った意味を、あなたは間もなく知ることになります』とな」
「それはいつの話ですか?」
「ついさっき。30分前だ」
「え?」
 その時、大きな音と共に何かが佐倉の顔に刺さった。ガラスの破片。同時に一気に熱を感じた。床の上で何かが激しく燃えている。火炎瓶だ。
「くそっ」
 佐倉は瓶が投げ込まれた窓まで駆け寄る。何者かが、いやおそらく杏奈がこの部屋を狙っているのか。窓の外を見ると、大きな音に気づいた何人かの人間がこちらを見ている。佐倉は注意しながら、しっかりと全員の顔を確認した。見覚えのある人間はいない。
 振り返ると真栄城は自分のジャケットを振り払い、どうにかして火を消そうと躍起になっている。しかし文字通り焼け石に水の状態で、火は真栄城の頑張りとは裏腹に更に勢いを増す。
 呼吸が苦しくなり煙で目を開けるのも辛くなって来た。火の勢いが強く扉まで近づけそうも無い。
「佐倉さん!」
 突然、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。聞き慣れた声。扉が開かれ、そこには消化器を手にした太田が立っている。
「ナイスタイミングだ、太田」
「それがそんな余裕も言っていられないんですよ」言いながら太田は消化器の安全栓を引き抜き、ノズルを火元に向けて薬剤を放出する。
「ここだけではありません。他の建物も燃え始めています」
「何だと!」
 太田の言葉に反応したのは真栄城だったが、その表情は秒ごとに苦しさが強まっている。太田の持っている消化器ではこの火の勢いを完全に消すことは難しそうだ。しかし部屋の中を充満していた黒煙は少し薄れて来た。
「よし!早く出て!」
 扉の前の火を鎮火させ、逃げ場を作った太田が叫ぶ。
「太田、来い!」真栄城を支えている佐倉に一緒に担ぐよう促された太田も、部屋の中に入る。すると両肩を担がれた真栄城が囁くように呟いた。
「杏奈の母親だ。母親を探すといい」
「今は喋るな!」
 真栄城を諭しながら、やっとの思いで廊下に出たと思った瞬間、大きな爆発音が聞こえた。
「5号館だ!1番、生徒が多く集まる場所です!」太田が叫ぶ。
「太田、この人を頼む!救急車を呼べ!」
「わかりました!佐倉さんは?」
「その5号館へ行く!」
「危険ですよ!」
「杏奈がいるかもしれないだろう!」
 太田と真栄城を残し、佐倉は駆け出した。階段を駆け下り、外に飛び出すと想像以上の光景が待っていた。若者達が一斉に我先にと走っている。防災訓練を見ているかのようだ。
 しかし、ひとりひとりの顔には傷がついており血が流れている。訓練ではない。間違いなく現実世界の出来事だ。
 ドンッ!更なる爆発音が響いた。音がした方向を見ると1番大きな建物が目に入った。黒煙が、龍が昇るかの如く空へ向かっている。1番生徒が集まる場所。太田が言っていた5号館だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

推理の果てに咲く恋

葉羽
ミステリー
高校2年生の神藤葉羽が、日々の退屈な学校生活の中で唯一の楽しみである推理小説に没頭する様子を描く。ある日、彼の鋭い観察眼が、学校内で起こった些細な出来事に異変を感じ取る。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

法律なんてくそくらえ

ドルドレオン
ミステリー
小説 ミステリー

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

ダブルネーム

しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する! 四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。

存在証明X

ノア
ミステリー
存在証明Xは 1991年8月24日生まれ 血液型はA型 性別は 男であり女 身長は 198cmと161cm 体重は98kgと68kg 性格は穏やかで 他人を傷つけることを嫌い 自分で出来ることは 全て自分で完結させる。 寂しがりで夜 部屋を真っ暗にするのが嫌なわりに 真っ暗にしないと眠れない。 no longer exists…

泉田高校放課後事件禄

野村だんだら
ミステリー
連作短編形式の長編小説。人の死なないミステリです。 田舎にある泉田高校を舞台に、ちょっとした事件や謎を主人公の稲富くんが解き明かしていきます。 【第32回前期ファンタジア大賞一次選考通過作品を手直しした物になります】

処理中です...