一冬の糸

倉木 由東

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#29.paris 対面

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 警察病院―。遺体安置室の扉の前には既に多くの捜査官が到着していた。マルセルの到着に気づいたメグレが中に入るよう促す。
「モーリスだ。顔を合わせてやってくれ」
 部屋の中には中央にストレッチャーが1つ。覆われた白い布から、胸板、両腕、両足のシルエットが確認出来る。頭部部分を覆うシートに手をかけ、ゆっくりと捲ると、そこには何十年も苦楽を共にしたモーリスがいた。その顔は、遺体安置所のライトが青白いせいで余計に生気が無いように見える。
「モーリスさん・・・」
 突如いなくなった尊敬すべき上司がいきなり現れたと思ったら、もうその身体には魂が吹き込まれていない。遺体を目の前にしてもマルセルは現実をすぐに受け入れられなかった。
「死因は射殺。ただモーリスの体内からはコカインの陽性反応が出たそうだ」
 部屋に入って来たメグレが言った。心臓一発、即死。公園で見つかったキリタニと一緒だ。メグレの後ろにはいつの間にかヨシムラもいた。
「心臓一発。キリタニ殺害と同一犯の可能性がありますね」
「あぁ。それにしても残念だよ。モーリス自身も薬物に侵されていたとはな」
「発見者は誰ですか?」
「近所の住人だ。早朝ゴミを出す時に、人が死んでいると通報があった。駆けつけてみたらモーリスだったっていうことだ」
 マルセルの問いにメグレが答える。
 横からヨシムラが割って入る。
「発見者は1人ですか?何か他に目撃した人は?周囲に聞き込みなどは?」
「勝手な単独行動をしておいて何を生意気なことを言っているんだ!」
 思わず怒鳴る。ヨシムラの1つ1つの言動にマルセルの怒りは積もっていた。もちろんそれはモーリスの死を受け入れられずにいる中で、自身が感情的になっているというのも自覚している。普段大きな声を出さないマルセルだけに部屋が一瞬、静寂に包まれた。が、すぐに沈黙を破ったのは勢い良く開けられたドアの音だった。そこにはモーリスの妻が立っている。
「あなた!」
 モーリス夫人が目の前におかれているストレッチャーに覆いすがる。マルセルにはそれが、妻が全ての事柄や攻撃から夫を守っているようにも見えた。モーリスを覆っているシートを両手で力強く握る。悲しさか、悔しさか。こちらのほうに振り返った夫人の顔は一瞬、鬼のような形相だった。口をパクパク動かせる。
「しゅ、主人を・・・」
 モーリスを返せと言いたいのだろう。度重なる聴取や家宅捜索により、夫人は警視庁がモーリスを殺したと思っているに違いない。もちろん道徳的観点だろうが。
 しかし夫人はそれ以上、何も口にすることは無くただただ黙ってメグレを見つめた。
「誠に残念です。パリ警視庁とモーリス警視の名誉にかけて犯人逮捕に全力を尽くすことをお約束します」メグレの言葉が乾いて聞こえた。
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