一冬の糸

倉木 由東

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#28.okinawa 決断

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「佐倉さん、40年前の大きな事件ですがいくつかありました。中でも・・・」
「太田、その件なら悪いが解決した。とにかく急ぎで杏奈を探すぞ」
「え?解決って本当ですか?」
「詳しくは後だ。友人関係の線から杏奈の居所を探ってくれ。もしくは杏奈が沖縄を発つ日を調べるんだ」
「え、ええ。わかりました」
「頼んだ」
 太田との会話を一方的に終えると、佐倉は深く1度だけ深呼吸をして、目の前の建物のインターフォンを鳴らした。
「はい」中から出てきたのはこの家の家政婦だ。
「沖縄県警の仲間刑事をお願いします」
「え?」
「中にいるのはわかっています。沖縄市の佐倉が来ているとお伝えください」
「しょ、少々お待ちください」
 家政婦が慌てて家の中に戻ったと思えば、入れ替わりに目的の人物、沖縄県警の仲間刑事が現れた。
「堂々とやってくるなんて、どういうつもりだ?」
 その声には少し怒りの感情が含まれているのを感じる。
「誘拐について進展は?」
「・・・話す程の進捗は無い」
「40年前のことについて知事から何か聞けたか?」
「いや、本人は何のことかわからないとの一点張りだ」
「知事は?」
「公務中に決まっているだろ。今はいない」
「俺を家の中に入れてくれ」
「は?馬鹿かお前は。そんなこと認められるか」
「40年前、知事が何をしたのか俺は知っている」
「何だそれは?」
「知りたければ中に入れてくれ。知事の家族と話したい」
「家族と?」
「あぁ」
 仲間が佐倉を凝視する。佐倉もその視線を逸らさない。
「事件に進展が無いんだろう?なら新しい風が必要なんじゃないか?」
「ハッタリを言っているわけではなさそうだな。・・・・・入れ」
 佐倉を中に招き入れる。玄関口にはいくつもの靴が並べられている。それだけで多くの捜査関係者がこの家にいるのがわかった。靴箱から絨毯、ニスが奇麗に塗られている床、入口から色々な香りが混じっている。奇麗な家具から醸し出される匂い。警察の匂い。そしてこの家の主の権力欲の匂いも。
 本来は広々としたリビングであっただろう。しかし今は数名の警察関係者が集っているせいで、その空間は窮屈に感じ、仲間の後に続く佐倉へは、いくつもの視線が痛いほど集中した。
「彼なら気にしないでくれ。奥さん、ちょっとよろしいですか」
「あ、はい」
 仲間に言われ、具志堅功の妻である香苗が反応する。我が家のように家の中を歩く仲間に、佐倉と香苗夫人が続く。通された部屋は知事の書斎だった。応接セットが配置されているが、誰1人そこに座ろうとしなかった。
「奥さん、彼は私の友人で佐倉という男で信用出来る男です。彼が聞きたいことがあるそうですが答えてください。もしかしたらお孫さんを誘拐した事件解決の糸口になるかもしれない」
「この方がですか?」
 懐疑的な目で香苗夫人は佐倉を見つめる。無理も無いとは思いつつも、警戒の氷をゆっくりと溶かしながら話している時間は無い。それが相手の為でもある。
「突然の訪問、大変失礼します。私はお孫さんの家庭教師を務めている桐谷杏奈さんについて調査をしているものです」
「調査?同じ警察関係の方ですか?」
 香苗に尋ねられた仲間が首を横に振る。
「違います。しかし答えてください」
「桐谷杏奈さんが家庭教師としてこちらに赴任した時期と経緯を教えて下さい」
 香苗の疑問などお構いなしに仲間と佐倉が続け、香苗も仕方なしに答える。
「桐谷先生が孫の由里の家庭教師としてこの家にやって来るようになったのは、ちょうど1年前からです。経緯も何も家庭教師派遣のチラシがポストに投函されていましたので、そこでこちらからチラシの番号に電話したのが始まりです。由里もその時は中学2年生。高校受験を考えて依頼しました。ごくごく普通の流れでしょ」
「その時のチラシはまだお持ちですか?」
「そんな1年前のチラシなんてとっくにゴミに出しています」
「電話番号は携帯番号?」
「はい。桐谷先生が個人で家庭教師をしてくれると。それも無料で」
「無料で?」
「はい。週に3日ほど。由里の学校がテスト前になると部活動もお休みでほぼ毎日いらっしゃってくれます」
「家の中以外では特に接点は無い?」
「はい、ありません。あの、先ほどから桐谷先生のことばかりお話しされていますけれど、桐谷先生が何か?誘拐事件と関係あるのでしょうか?」
「無関係ではないと思っています」
 次に仲間が佐倉に質問をぶつける。
「では1年前から誘拐の計画を練っていたということか?」
「それはまだわからない。ただパリで起きた殺人事件が引き金になっているのは事実だ」
「やっぱりあの日本人被害者と関係あったのか?」
「殺された日本人と桐谷杏奈は親子だ」
 2人のやり取りに香苗が驚きの表情を見せる。
「あなた方、さっきから何を言っているの?パリだの殺人だのって。私たち家族と何の関係があるのよ!」
 少し興奮気味な口調になっている。確かに1番の被害者は誘拐された孫の由里であり、何も知らないその家族だ。香苗の表情は怒りのぶつけどころを探しているようにも見える。
「関係あるんだよ。いいか、あんた。あんたのご主人が今回の一連の騒動を引き起こしているんだよ」
 たまらず香苗と同じ温度で佐倉も言い返す。
「おい、佐倉」
 仲間が冷静を促すが佐倉は止まらない。
「あんた、知事と結婚したのはお互いがいくつの時だ?」
「主人が27で私が28の時よ」
「だったら何も知らなくて当然だろうな。いいか。あんたのご主人は40年前に大きな過ちを犯した。スキャンダルものだ。これが世に公になれば政治家人生にも大きく影響される。誘拐犯が求めているのは、その40年前の真実の公表だ」
「おい、やめろ」
 仲間が佐倉のジャケットを握る。香苗を責めることに何も意味は無いことは佐倉もわかっていた。
「3億円事件」
 香苗がボソッとつぶやいた。
「あんた知っていたのか?」
「ええ。主人から1度だけ聞いたことがあります」
「3億円事件?何のことだ?」
 状況を把握出来ていない仲間に佐倉は説明を始めた。
「3億円事件。40年前に東京都府中市で起きた未解決事件。この人の旦那、つまり具志堅功はその3億円事件の実行犯なんだよ」
「何だと?」
 仲間が驚きの表情を見せる。
「具志堅知事だけではない。犯行グループは4人いた。そのうちの1人は桐谷杏奈の祖父だ。その祖父は事件直後に殺されている。おそらく知事を含む他の3人にな。そして杏奈はその3人に復讐しようとしているんだよ」
「桐谷先生が・・・。じゃあ私たち家族に近づいたのは・・・」
「もちろん知事が目当てだ。ただ事を起こすことまでは具体的に考えていなかったはずだ。それが先日、パリで自分の父親が殺されたのが引き金になった」
「ちょっと待て。話が突拍子すぎるぞ」
「突拍子だけど真実なんだよ」
「それでも孫を誘拐するなんてやり過ぎだ」
「いや、杏奈は3億円事件の実行犯に祖父を、そして父を殺された。彼女の目的が復讐ならターゲットの家族から狙うのもわかる」
「そんな、じゃあ由里は・・・」
 香苗の声と身体が小刻みに震え始めた。そしてポケットから携帯を取り出す。
「何をしているんです?」
 仲間の言葉を無視し、香苗は携帯を操作し続ける。
「もしもし、あなた!」
 あなた?電話の相手は具志堅功か。
「あなた!犯人の要求を呑んでください。由里の命がかかっているんです!40年前のことを公表してください!え?・・・はい、はい。え?では由里のことを見殺しにするんですか?知事なんて立場、どうでもいいじゃないですか!・・・ちょっと!」
 佐倉が香苗から受話器を奪い取ったが、既に通話は切れていた。
「ご主人は何と?」
「公表も何も私は知らない。犯罪者に屈するつもりはない。と」
 香苗が目に涙を浮かべる。仲間も何も言葉が出ないといった感じだ。
「悲しんでいる場合か。お孫さんを助ける方法ははっきりしているはずだ」
 佐倉が冷徹に香苗に投げかける。動揺しているものの香苗は涙を流すまいと必死に堪えている。その表情は佐倉の言葉の意味を十分に理解しているようだ。
「はい。夫が反対しようとも、私が10日の新聞広告に40年前のことを掲載します」
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