一冬の糸

倉木 由東

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#27.paris 驚愕

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 キリタニの遺体が発見されたパリレ・ブルー公園。
 メグレ警視へメールの内容を報告する夕方5時までまだ時間があった。会議室を出た後、ヨシムラも「今日は体調が良くないので夕方まで少し休ませて下さい」と言って来たので、それまでに1つでも多くの発見があればと、マルセルは1人、警視庁を出て公園にやって来た。
 事件の答えは現場に落ちている。パリ警視庁に入庁して以来、先輩刑事達に叩き込まれてきた教訓だ。公園ではまだ黄色いテープが張り巡らされており、その囲いの中では人数は減っているものの、鑑識課の人間があちこちと忙しく動いていた。
「あぁ、マルセル警部」
 マルセルに気づいた鑑識分析官が声をかけて来た。
「やぁ、何かわかったかい?」
「全然です。でもこ手掛かりといえば、この公園かナスリの自宅を探すしかないですからね。何か発見出来れば」
 同じ同僚として、改めてそのプロ意識に尊敬の念を抱いた。時間も経ち、天候にも左右され、今頃何かを見つけるのは正直奇跡に近い。それでも彼らのプロ意識がパリの治安維持に繋がっているのだと実感する。
「マルセル警部、今日はあの日本人と別行動なんだな」
 マルセルの存在に気づいた別の鑑識員が声をかけてきた。どうやら庁内ではマルセルとヨシムラはセットというのが認識事項になってきているらしい。
「あぁ。どうやら体調不良らしい」
「あれ?今日は薬物対策班のジル捜査員と一緒じゃないのか?」
「何?」
「いや、さっきナスリの家で見つかったコカの葉の件でジルに電話したらヨシムラ女史と一緒だと言っていたぞ」
「いや、そんな報告は受けていないし体調不良としか聞いていないが・・・」
 マルセルはその場を少し離れ、ヨシムラへ電話をかけた。
「ヨシムラです」
「おい、今どこにいる?」
「どうしてですか?」
「薬物対策班の捜査員と一緒じゃないのか?」
「・・・はい、そうです」
「何故だ?」
「私は薬物については無知です。コカの葉がナスリの家から見つかったことを考えると、今回の事件は日本の現金強奪事件だけではなく麻薬絡みの可能性もある。コカインの事をもっと知る為に、薬物対策班のジル捜査員にレクチャーを受けているところです」
「私に嘘をついてまでか?」
「ええ。正直に相談したところで認めてくれないと思ったので」
「勝手にしろ!」
 マルセルは怒り任せに通話を切った。しかし、いくらこちらが感情をむき出しにしたところで彼女は何とも思わずに、淡々と薬物に関するレクチャーを引き続き受けているところだろう。マルセルにはそれが更に気に入らなかった。
「おいおい、マルセル。女に振り回されているのか?」
 マルセルの怒りとは対照的に誰かの言葉でその場が笑いに包まれた。何と不愉快なことだろうか。その時、携帯電話が鳴った。ディスプレイにはメグレ警視と出ている。
「マルセル、モーリスが見つかった」
「え?」突然過ぎる報告に驚く。
「どこで見つかったんですか?」
「第9区にある公共ゴミ捨て場だ」
「ゴミ捨て場?わかりました。すぐ向かいます」
「いや、それならば警察病院のほうへ来てくれ」
「病院?モーリス警視はどこか怪我でも?」
「怪我じゃない。遺体で見つかったんだ」
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