一冬の糸

倉木 由東

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#26.okinawa 暴露

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「聞いたら後悔するぞ」
「もう後悔だらけの人生だよ」
 佐倉の返答に河村はフッと笑った。そしてこの日2本目の煙草をくわえると、ゆっくりと話し始めた。その表情はどこか覚悟を決めたように見える。
「殺された桐谷の父親と沖縄県知事の具志堅功は宜野湾国際大学の同期なんだ。2人は大学で『欧州映画研究会』というサークルに入っていた。部員は他に2人。1人はフランスからの留学生だ。4人しかいないこのサークルは映画鑑賞を共通の趣味として慎ましく活動をしていた。最初はその名の通り、互いの好きな映画を見せ合ってはそれぞれが感想を延べ議論ごっこをしているものだった。それが研究の対象が映画からあるものに変わった。何かわかるか?」
「さぁ」
「犯罪だよ」「犯罪?」
「あぁ。4人は元々ミステリー映画やサスペンス映画が好きだったんだ。映画の中で使われるトリックや犯罪手法を議論しているうちに本当の完全犯罪とは何か?と議論するようになったらしい」
「暗い連中だな」
「でもその暗い連中が驚くことをやってのける。本物の完全犯罪だ。今から40年前のことだ」
「40年前?」
 それだ。具志県知事に公表を要求された40年前の出来事。
「一体何をやったんだ?」
「3億円事件。お前も聞いたことぐらいはあるだろう」
「日本犯罪史上最大の未解決事件」
「そうだ。具志堅と桐谷浩の父親はその事件の実行犯なんだよ」
 重大な内容にも関わらず、河村の報告は対照的にさらりとしたものだった。誘拐の目的は3億円事件の真犯人の公表。現職の知事が日本中を揺るがした完全犯罪の実行犯。とてつもないスキャンダルだ。
「そんな昔の話が何故今頃になって蒸し返されている?」
「杏奈だよ。彼女の父親がパリで殺された。それがきっかけで動いたんだ。殺したのはおそらくその時のフランス人留学生。先ほど言った杏奈の祖父の友人だ」
「その祖父はどうしたんだ?3億円事件の実行犯の」
「3億円を強奪して間もなく死んだ。何者かに殺されたんだ」
「他の仲間にか?」
「それはわからない。ただ杏奈の祖父の死をきっかけに3人はバラバラの道を歩み始めた」
「つまり実行犯で唯一亡くなった杏奈の祖父の桐谷。その息子の桐谷浩も実行犯の1人であるフランス人に殺された。そして全てを知った娘の杏奈が復讐の為に知事の孫娘を誘拐し、真実の公表を要求している」
「そうかもしれない」河村は両手で顔を覆った。
「なぜ俺に杏奈の身辺調査を依頼した?」
「桐谷は自分が殺されることを予期していたんだ。『もし俺が死んだら杏奈の行動に気をつけてくれ』と桐谷は言っていた。『父親、そして祖父の代からの復讐をするかもしれない』とな」
「もう1人の日本人とフランス人は何者だ?」
「日本人は・・・、宜野湾国際大学の学長をしている真栄城という人間だ。フランス人は今、パリ警視庁で警視をやっている」
「おいおい、大学の学長に政治家に刑事が3億円事件の実行犯かよ」
「そうだ。世間に知られたら大変なことになる」
「・・・まだわからないことがある」
「なんだ?」
「あんたのことだよ。あんたは桐谷浩と違って3億円事件の実行犯の親族でも何でもない。ただの友人だろ?杏奈を引き取る義務も義理もないはずだ。引き取らなければこんな厄介な事実も知らずに済んだだろう」
「俺は桐谷に友人として大きな借りがあるんだ。俺らは大学時代いつもつるんでいた。目当ての女性も一緒だったよ。そこで桐谷は俺に花を持たせてくれた。今の妻だ」
「女絡みか。ろくなもんじゃないな」
「それともう1つ。具志堅はこの会社の業績が悪化した時、色々と資金的に助けてくれた。その時に資金援助を口添えしてくれたのは桐谷だったんだ。だから彼の頼みは断れなかった。それにうちは子供に恵まれなかったから妻も納得してくれたよ」
「杏奈のフランス行きの目的はそのフランス人への復讐か?」
「父親が死の危険を予期してフランスという地で殺されたんだ。おそらくそのフランス人に会うことが1番の目的だろう」
「殺しに行くとか?」
 佐倉の一言で河村の震えが先ほどより大きくなった。もう現実逃避している場合ではないと悟ったのだろう。震える声で、しかし、しっかりと河村は佐倉に言った。
「頼む。娘を、杏奈を助けてくれ」
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