一冬の糸

倉木 由東

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#17.okinawa 不穏

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 河村工業。現会長である河村修が昭和39年4月に鉄骨工事を主体に軍関連工事から出発し、本土復帰を期に民間工事・公共工事へ経営方針を転換。時代と経営環境の変化に対応していきながら、現在では建築・土木・鋼構造物を柱とする総合建設業となり着実に業績を拡大。
 佐倉は河村工業敷地内の駐車場で、同社の会社概要をスマホでチェックしながら今後取るアクションの方向性を模索していた。
 太田の報告を受け、フランスに飛ぶことも視野に入れてはいたが、杏奈が一体フランスのどこに何の目的で行くのかも不明な状況であり、このままでは自分の気持ちとは裏腹に調査が停滞してしまう。調査を打ち切られた身ではあるが杏奈の行動、河村修一の思惑、そして何よりも調査を通じて自分自身を納得させる為にも、佐倉は河村修一を捕まえ、糸口を探る方法を選んだ。
 午後6時。佐倉が待機して20分程経った頃、河村修一が社屋から姿を現した。
「こんにちは」
 声をかけた佐倉の顔を見るや否や、河村の表情は怒気を含んだものに一変した。
「何をしに来た?」
 リランでのやりとりとからは想像出来ない程、河村の声は刺があった。
「娘さんのことで聞きたいことが。娘さんが海外に行くことはもちろんご存知ですよね?」
「何だと?」
「やはりご存じなかったですか」
 河村のリアクションは佐倉の中で想定内といえば想定内のものだった。
「それでは用はありません。突然押し掛けて申し訳ありませんでした。失礼します」
「ちょっと待て」
 背を向けた佐倉に河村が怒鳴り声をあげる。
「貴様、何のつもりだ。もう動くなと行っただろう」
「はい。リランで受けた依頼はもう関係ありません。個人的趣味です」
「趣味だと?ふざけるな」
「個人の趣味に干渉しないでください」
「娘が海外に行くと言ったな」
「はい」
「どこだ?パリか?」
 ビンゴ。河村杏奈の行き先はパリ。
「さぁ。そこまでは」
 誤摩化しその場を立ち去ろうとした瞬間、佐倉の腕を河村が強く掴まえた。河村の指が強く佐倉の腕にめり込んでいく。
「とぼけるな。これ以上、私を怒らせるようなことをしてみろ。ただでは済まないぞ」
「それは穏やかではありませんね」
 佐倉は河村の腕を振り払い愛車へと乗り込んだ。
「ちょっと待て!」
 河村の制止を無視し、佐倉はエンジンをかけて愛車を発進させた。

 具志堅功宅の門構えが確認出来る小さな公園のベンチに太田が座っていた。
「佐倉さん」
「ほら、食え」
 近所のファーストフード店で買って来たハンバーガーセットを佐倉は太田に手渡した。
「ありがとうございます!いやぁ、腹は減るわ、寒いわで困っていたんですよ。ここから動くわけにもいかないし」
「じゃあ忠告した通りに手をひけ。そしたら好きな時に好きなだけ、好きな場所で好きなものが食べられるぞ」
 佐倉が太田の横に腰掛ける。
「またそんなことを言う」
「お前のためを思ってだ。それよりどうだ?あの家は?」
「杏奈は現れていません。中学生の孫娘も帰って来ていないですね」
「そうか」
「杏奈はともかく中学生は気になります。部活動かもしれませんが、さすがに8時になっても帰って来ないというのはちょっと気になりますね。塾に通っているわけでもないのに」
「まぁ寄り道でもしていたら、そんなに遅過ぎるという時間でもないだろう」
「仕事は大丈夫なんですか?」
 太田がハンバーガーにかぶりつきながら聞いてくる。
「あぁ。ママには送迎よりこっちのほうを優先していいという許可はもらっている」
「あの美人の姉さんですね。いいなぁ、キャバ嬢の送迎が仕事なんて」
「キャバ嬢じゃない。ホステスだ」
「キャバ嬢とホステスの違いって何ですか?」
「キャバクラかスナック・・・ん?」
 その時、一目見ただけで要人が乗っているとわかる黒い高級車が具志堅宅の前に停まった。次にセダンが3台ほど続く。
 キャバ嬢、ホステス論は一旦終了。
「具志堅功、帰ってきましたかね?」
「おそらくな」
 それにしてもこんな住宅街に車3台が続くと物々しさすら感じる。いくら要人とはいえ、一都道府県の知事の擁護にここまでするものなのか。
 先頭のセンチュリーの運転席から男が出て来て、すぐさま左後ろの後部座席を開ける。   
 具志堅功が出て来た。小柄な身長や背中を少し丸めて歩く様子は、決して若くはない歳を感じさせる。続いて後ろのセダンからも男達が5、6人降りてきた。何だか騒々しい。
「おや?」
 男達の中に見慣れた顔があった。がっしりした体型に角刈り。沖縄県警の仲間刑事だ。制服警官らしき姿の人間も2、3いる。
「警察が混ざっていますね」
 太田が声を潜める。
「あぁ。1人、いや2人は店の常連客だ」
 仲間刑事と相棒的存在の比嘉刑事もいる。2人ともリランの常連で週に1、2回は店に顔を出している。
「どうやら只事ではないようだな」
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