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#16.paris 不和
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「マルセル警部、目撃者の遺体からコカインが検出されました」
「そうか」
ヨシムラの報告を受け、マルセルは次にメグレ警視へと連絡を入れた。目撃者の家宅捜索、遺体からのコカイン検出など一連の流れの説明をメグレ警視は電話越しに黙って聞いていた。
「わかった。ありがとう」
「警視、他に何か進展は?」
「今は報告するほどの進捗は何も無い。また連絡する」
「わかりました」
受話器を置く。マルセルは事の事態の把握に苦労していた。
「ヨシムラ」
「はい」
「君はこの一連の事件についてどう考える?」
「何とも言えません。ただ日本で起きた現金強奪事件が時を経て、今回の事件と関係しているとすれば強大な闇を感じられずにはいられません」
「メグレ警視からは聞いていたが、日本人の君が改めて言うと、よほど大きな事件だったことが伝わってくるよ」
「ええ。有名なんてものじゃありませんから」
「今日の捜査はこれまでにしよう。君も帰って休んでいいぞ」
「わかりました」
ヨシムラは手元にあった手帳類などを鞄に入れ、帰る準備を整えた。
「1つ、いいですか」
「なんだ」
「マルセル警部はモーリス警視の犯行だと信じていないのですね?」
「もちろんだ。彼は私の上司であり同僚だ。同じ仲間を疑うなんて私には出来ない」
「しかし現段階でモーリス警視は最重要容疑者です」
「何が言いたい?」
「あなたがフェアな目線で捜査が出来なくなる可能性があるから、メグレ警視はあなたに私をつけたのではないかしら」
「何だと」
「もちろん私が呼ばれたのは被害者が私と同じ日本人だからでしょう。しかしその他にメグレ警視は、あなたが冷静さを欠いて十分な捜査判断が出来ないと判断しているのではないでしょうか。もちろん長年一緒に働いてきた同僚を信じる気持ちはわかります。けれど状況が状況です。一度、全ての可能性を踏まえた上で捜査を続けていくべきでは?」
「全ての可能性とはどういうことだ?」
「もちろん、モーリス警視が犯人という可能性を含めるという意味です」
「君は本気でそう言っているのか」
「もちろん本気です。同じ警察とはいえ、私はモーリス警視と面識も無いですし情もありません。今後も思ったことがあれば遠慮なく発言させていただきます」
「・・・・・出て行ってくれ」
「お疲れ様でした」
ヨシムラが部屋を後にする。マルセルはその扉をじっと眺めることしか出来なかった。
翌日、事件が起きて初めてとなる本格的な捜査会議が開かれた。世間を賑わす猟奇事件となって朝から警視庁前には多くのマスメディアで溢れていた。会議参加者も約200名。事件の状況報告のみならず今後のマスコミ対策についても会議では取り上げられることになっていた。
「それでは捜査会議を始める。各自報告事項があればよろしく頼む」
メグレ警視の一言で会議が始まった。最初に報告をあげたのは若い20代の刑事だった。
「目撃者についてです。名前はカミール・ナスリ。パリ芸術大学に通う学生です。両親は彼が7歳の時に死去。以来、祖父母に育てられていますが大学入学と同時に1人暮らしを始めています。あと事件の目撃時にはフットボールの試合が近いからジョギングをしていたと証言していますが、彼が同大学のフットボールチームに在籍していたという事実はありませんでした」
「わかった。他には」
「私から」
メグレの問いかけにヨシムラが手を上げる。
「ナスリの家宅捜索での報告を致します。彼はここ何日か家に帰っている様子はなく、自宅の中はゴミや賞味期限の切れた食べ物で散乱していました。また自宅にあったビニール袋の中から何本にも折られたコカの木の枝、コカの葉、花が発見されました」
次に検死官の1人がヨシムラに続いた。
「そのコカについてですが、目撃者のナスリの遺体を調べたところ、体内から多量のコカインが検出されました。検出された量から、おそらく重度のコカイン中毒者だったと思われます」
「コカインか・・・」
どこからともなく声が聞こえてくる。
「では次に被害者について何かわかったことは」
メグレの問いに次はマルセルが手を上げた。
「はい。被害者のヒロシ・キリタニについてですが勤め先である『ミナト・ジャポン』のフランス支社に話を聞いてきました。本人の勤務状況は至って真面目。かなり仕事が出来、現在の会社も他社で努めていたところをヘッドハンティングされてやってきたようです。部下の面倒見もよく、少なくとも社内では彼を好ましく思っていない人物はいないようです。ただしパリ支社長の話によると同業他社からは、その仕事ぶりから疎ましく思われていても不思議ではないとのことでした。要は仕事が出来る故、同業他社は煮え湯を飲まされているといったところです」
「そうか。被害者と目撃者の接点について何かわかったことはあるか?」
「私から」
ヨシムラが再び立ち上がる。
「接点と言えるほどのことではありませんが、目撃者の家からは昔の日本のスクラップ記事が見つかりました。事件とは関係あるかわかりませんが、被害者が日本人であるという点から気になったので報告しておきます」
「ちなみにそれはどういった記事だね」
「はい、40年前に日本で起きた現金強奪事件の記事です。日本では現在でも語り継がれている有名な未解決事件です」
「わかった。もういい」
ヨシムラの報告により日本で起きた現金強奪事件が捜査本部の人間に知られることになった。それだけではもちろん何も問題はない。しかし上層部の一部の人間が、行方不明のモーリスと強奪事件の何らかの関連性を極秘裏に探っている。それだけにこの話題は最小限に留めておいたほうが良いだろう。
「他に何か報告は?」
メグレ警視の言葉に特に反応は無かったので捜査会議は終了となった。
「マルセル警部、ちょっといいか」
会議終了後、マルセルはメグレ警視に別室に呼ばれた。
「さっきのヨシムラ女史のナスリの家宅捜索の報告の件だが・・・。日本の現金強奪事件の件はあくまでトップシークレットだ。今後、強奪事件に関わる報告案件があれば個別に私に報告してほしい。ヨシムラにもそれは徹底させてくれ」
「わかりました」
「よろしく頼むよ」
マルセルの肩を叩き、部屋を出ようとしたメグレ警視の背中に問いかけた。
「あの・・・。モーリス警視の手掛かりは?」
「特に進展はないよ」
そう言い残し、メグレ警視は部屋を後にした。
「ヨシムラ」
マルセルが部屋に戻ると、ヨシムラはパソコンの画面と難しい顔で向き合っていた。
「何をしている?」
「例の現金強奪事件のことについて調べています。と言っても日本のサイトで検索して引っかかったものを、あれこれと見ているだけですが」
「強奪事件より公園の事件の捜査が先だ」
「公園の事件の捜査をしていたら、この事件の記事が見つかったんです。何かしら関係があるかもしれません」
「ああ、そうだな。しかし今はモーリス警視の線から進めるのが我々の役割だ。ナスリとモーリス警視の接点、共通項を攻めよう」
「この強奪事件がモーリス警視、被害者、そして目撃者の共通項のような気もするのですが」
「いい加減にしろ!」
思わず怒鳴り声をあげ、周囲の目が2人に釘付けになった。あくまで署内ではモーリスは体調不良で通っている。コホン、と咳払いをし、マルセルは声を潜めてヨシムラに告げた。
「今はともかくモーリス警視だ。彼のパソコンから彼のここ数ヶ月の行動記録などを調べてくれ」
「やっぱりあなたは冷静な判断を欠いていますね」
「なに?」
「今、どう考えても関係者の繋がりはこの強奪事件です。あなたはそこから事件が急速に進展し、場合によってはモーリス警視が犯罪に関わっていることを立証されるのが怖いのではないですか?」
マルセルはこの年下の日本人女性に対して何も言い返せなかった。彼女の指摘はもっともだったからである。
「そうか」
ヨシムラの報告を受け、マルセルは次にメグレ警視へと連絡を入れた。目撃者の家宅捜索、遺体からのコカイン検出など一連の流れの説明をメグレ警視は電話越しに黙って聞いていた。
「わかった。ありがとう」
「警視、他に何か進展は?」
「今は報告するほどの進捗は何も無い。また連絡する」
「わかりました」
受話器を置く。マルセルは事の事態の把握に苦労していた。
「ヨシムラ」
「はい」
「君はこの一連の事件についてどう考える?」
「何とも言えません。ただ日本で起きた現金強奪事件が時を経て、今回の事件と関係しているとすれば強大な闇を感じられずにはいられません」
「メグレ警視からは聞いていたが、日本人の君が改めて言うと、よほど大きな事件だったことが伝わってくるよ」
「ええ。有名なんてものじゃありませんから」
「今日の捜査はこれまでにしよう。君も帰って休んでいいぞ」
「わかりました」
ヨシムラは手元にあった手帳類などを鞄に入れ、帰る準備を整えた。
「1つ、いいですか」
「なんだ」
「マルセル警部はモーリス警視の犯行だと信じていないのですね?」
「もちろんだ。彼は私の上司であり同僚だ。同じ仲間を疑うなんて私には出来ない」
「しかし現段階でモーリス警視は最重要容疑者です」
「何が言いたい?」
「あなたがフェアな目線で捜査が出来なくなる可能性があるから、メグレ警視はあなたに私をつけたのではないかしら」
「何だと」
「もちろん私が呼ばれたのは被害者が私と同じ日本人だからでしょう。しかしその他にメグレ警視は、あなたが冷静さを欠いて十分な捜査判断が出来ないと判断しているのではないでしょうか。もちろん長年一緒に働いてきた同僚を信じる気持ちはわかります。けれど状況が状況です。一度、全ての可能性を踏まえた上で捜査を続けていくべきでは?」
「全ての可能性とはどういうことだ?」
「もちろん、モーリス警視が犯人という可能性を含めるという意味です」
「君は本気でそう言っているのか」
「もちろん本気です。同じ警察とはいえ、私はモーリス警視と面識も無いですし情もありません。今後も思ったことがあれば遠慮なく発言させていただきます」
「・・・・・出て行ってくれ」
「お疲れ様でした」
ヨシムラが部屋を後にする。マルセルはその扉をじっと眺めることしか出来なかった。
翌日、事件が起きて初めてとなる本格的な捜査会議が開かれた。世間を賑わす猟奇事件となって朝から警視庁前には多くのマスメディアで溢れていた。会議参加者も約200名。事件の状況報告のみならず今後のマスコミ対策についても会議では取り上げられることになっていた。
「それでは捜査会議を始める。各自報告事項があればよろしく頼む」
メグレ警視の一言で会議が始まった。最初に報告をあげたのは若い20代の刑事だった。
「目撃者についてです。名前はカミール・ナスリ。パリ芸術大学に通う学生です。両親は彼が7歳の時に死去。以来、祖父母に育てられていますが大学入学と同時に1人暮らしを始めています。あと事件の目撃時にはフットボールの試合が近いからジョギングをしていたと証言していますが、彼が同大学のフットボールチームに在籍していたという事実はありませんでした」
「わかった。他には」
「私から」
メグレの問いかけにヨシムラが手を上げる。
「ナスリの家宅捜索での報告を致します。彼はここ何日か家に帰っている様子はなく、自宅の中はゴミや賞味期限の切れた食べ物で散乱していました。また自宅にあったビニール袋の中から何本にも折られたコカの木の枝、コカの葉、花が発見されました」
次に検死官の1人がヨシムラに続いた。
「そのコカについてですが、目撃者のナスリの遺体を調べたところ、体内から多量のコカインが検出されました。検出された量から、おそらく重度のコカイン中毒者だったと思われます」
「コカインか・・・」
どこからともなく声が聞こえてくる。
「では次に被害者について何かわかったことは」
メグレの問いに次はマルセルが手を上げた。
「はい。被害者のヒロシ・キリタニについてですが勤め先である『ミナト・ジャポン』のフランス支社に話を聞いてきました。本人の勤務状況は至って真面目。かなり仕事が出来、現在の会社も他社で努めていたところをヘッドハンティングされてやってきたようです。部下の面倒見もよく、少なくとも社内では彼を好ましく思っていない人物はいないようです。ただしパリ支社長の話によると同業他社からは、その仕事ぶりから疎ましく思われていても不思議ではないとのことでした。要は仕事が出来る故、同業他社は煮え湯を飲まされているといったところです」
「そうか。被害者と目撃者の接点について何かわかったことはあるか?」
「私から」
ヨシムラが再び立ち上がる。
「接点と言えるほどのことではありませんが、目撃者の家からは昔の日本のスクラップ記事が見つかりました。事件とは関係あるかわかりませんが、被害者が日本人であるという点から気になったので報告しておきます」
「ちなみにそれはどういった記事だね」
「はい、40年前に日本で起きた現金強奪事件の記事です。日本では現在でも語り継がれている有名な未解決事件です」
「わかった。もういい」
ヨシムラの報告により日本で起きた現金強奪事件が捜査本部の人間に知られることになった。それだけではもちろん何も問題はない。しかし上層部の一部の人間が、行方不明のモーリスと強奪事件の何らかの関連性を極秘裏に探っている。それだけにこの話題は最小限に留めておいたほうが良いだろう。
「他に何か報告は?」
メグレ警視の言葉に特に反応は無かったので捜査会議は終了となった。
「マルセル警部、ちょっといいか」
会議終了後、マルセルはメグレ警視に別室に呼ばれた。
「さっきのヨシムラ女史のナスリの家宅捜索の報告の件だが・・・。日本の現金強奪事件の件はあくまでトップシークレットだ。今後、強奪事件に関わる報告案件があれば個別に私に報告してほしい。ヨシムラにもそれは徹底させてくれ」
「わかりました」
「よろしく頼むよ」
マルセルの肩を叩き、部屋を出ようとしたメグレ警視の背中に問いかけた。
「あの・・・。モーリス警視の手掛かりは?」
「特に進展はないよ」
そう言い残し、メグレ警視は部屋を後にした。
「ヨシムラ」
マルセルが部屋に戻ると、ヨシムラはパソコンの画面と難しい顔で向き合っていた。
「何をしている?」
「例の現金強奪事件のことについて調べています。と言っても日本のサイトで検索して引っかかったものを、あれこれと見ているだけですが」
「強奪事件より公園の事件の捜査が先だ」
「公園の事件の捜査をしていたら、この事件の記事が見つかったんです。何かしら関係があるかもしれません」
「ああ、そうだな。しかし今はモーリス警視の線から進めるのが我々の役割だ。ナスリとモーリス警視の接点、共通項を攻めよう」
「この強奪事件がモーリス警視、被害者、そして目撃者の共通項のような気もするのですが」
「いい加減にしろ!」
思わず怒鳴り声をあげ、周囲の目が2人に釘付けになった。あくまで署内ではモーリスは体調不良で通っている。コホン、と咳払いをし、マルセルは声を潜めてヨシムラに告げた。
「今はともかくモーリス警視だ。彼のパソコンから彼のここ数ヶ月の行動記録などを調べてくれ」
「やっぱりあなたは冷静な判断を欠いていますね」
「なに?」
「今、どう考えても関係者の繋がりはこの強奪事件です。あなたはそこから事件が急速に進展し、場合によってはモーリス警視が犯罪に関わっていることを立証されるのが怖いのではないですか?」
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