一冬の糸

倉木 由東

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#10.okinawa 調査

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 バタン!
 助手席に入り、太田が勢いよくドアを閉めた。
 午後4時。宜野湾国際大学の学生駐車場で佐倉と太田は落ち合った。
「特に何も無し」
「つまらなそうな感じだな」
「そりゃそうですよ。学校にいる間は普通に講義を受けているだけですからね。やっぱり夜のほうがいいなぁ」
河村杏奈の調査を始めて3日目。彼女は毎日、朝九時から夕方4時頃まで大学で講義を受け、その後は7時頃まで大学の図書館で勉学に励んでいる。太田の報告によると学校にいる間は3日間、全く同じルーティンでの生活のようだ。学校を出てからは佐倉の出番。太田と入れ替わり河村杏奈をマークする。
「そう言うな。学生のお前と俺が交代するわけにもいかないだろう」
「と言っても夜の彼女のほうが興味あるなぁ。どうなんですか?変わったところは?」
「特に無い。決まった家へ向かい家庭教師のアルバイトを行っている。まぁ父親の河村修一はおそらくそれすらも把握していないだろうがな。アルバイト時間は夜七時から九時ごろまで」
 
 その家は沖縄県内でも新興住宅が密集している地区にあった。土地の値段やアパートの家賃が、値が張ることで知られている一帯で、彼女の通っている家はその中でもさらに際立っていた。3階建ての立派な建物は高いブロック塀が周りを囲み、大きな松の木1本が品格すら感じさせる、まさに豪邸と呼ぶのにふさわしい家だった。
「金持ちの家ですかね・・・」
「これがその住所だ。表札には具志堅と書かれていた。念の為、何者か調べてほしい」
「家庭教師を行っている家も調べるんですか?」
「そう。おそらく彼女は家庭教師センターなどを通さずに個別で家庭教師を受けているんじゃないかな」
「どうしてそう思うんですか?」
「教材だよ」
「教材?」
「彼女がいつもその家に入るとき、教材らしき類のものは一切手に持っていないんだ。それがずっと引っかかっていてな」
「気になりますかね、そんなことが。だいたい教材が無い家庭教師もあるでしょう」
「そんな細かいことは知らない。念のためだよ。頼む」
「わかりましたよ」
 佐倉は乗り気じゃない太田を無理やり説得させる。
「ただ・・・、それでも夜中の2時まではおかしいでしょう。家庭教師が終わった後は?」
「ファミレスで勉強」
「勉強ねぇ」
 嘘だった。河村杏奈にはもう1つの顔がある。彼女は家庭教師が終わると毎日決まって那覇市の夜の繁華街である松山でキャバクラ嬢として働いていた。そんなことが学内に広まったら彼女はきっと今までとは違った形で好奇の視線を浴びることになるだろう。太田を信用していないわけではないが今は伏せといたほうが得策だと佐倉は判断した。
「あ、河村杏奈が来ましたね」
 見ると駐車場の入口のほうから女性が歩いてくる。淡い水色のカーディガン、黒いワンピースとパンツはより一層その美しいスタイルを際立たせている。河村杏奈だ。
「やっぱりいい女だな」
 太田が思わず声を上げる。同感。今回の仕事を引き受け驚かされたのは実物の河村杏奈を目にした時だった。写真で見るより美しく、透明感のある肌に端正で整った顔立ちは、絵画の中に描かれている人間がこの世に飛び出してきたものに思えた。太田の言うように本人と接点は持たなくとも学校中の注目を浴びるのが理解出来る。河村杏奈はそれほどの美貌の持ち主だった。
 河村杏奈が愛車のMINIに乗り込む。尾行に気付かれないよう予め彼女の車とは距離を取った場所にこちらは駐車している。
「じゃあ、その家の件は頼むぞ」
 佐倉はそう言うと太田を降ろし、河村杏奈を追う為いつものように車を発進させた。
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