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第1章「俺と"あの子"と4人の魔女」

星空の下で

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 理不尽。

 それは書いて字の如く、理が尽くされていない様子を表す言葉である。

 そして人間とは筋が通っていない出来事に相対した時、往々にして『理不尽だ!』と叫ぶ生き物だ。

 例えば、膨大な課題を教授から与えられた時。大抵の大学生は『ふざけんな!』と己の理不尽さを嘆きつつ、『タンスの角に小指ぶつけちまえ、あのクソメガネ!』と、怨念を込めながら教授を睨みつけるし。

 例えば『バ◯きんぐ』の西村がワケの分からないボケをかました時。ツッコミの小峠は西村が作った状況の理不尽さを感じつつ、満を辞して『なんて日だ!!』と、全力で叫ぶ。

 そう。つまり理不尽な出来事とは、そこら中に転がっているものなのだ。

 そして何を隠そう。この俺、岩崎大河も現在進行形で理不尽を体験しているところである。

 いや、だってさ?

 同窓会で酔い潰れて記憶が飛んだところを岩崎家の人間に連れ去られて?

 で、気づいたら見覚えのない家に放り込まれてて?

 いきなり『女の子5人と暮らせ』と言われて?

 しかも5人の中に"あの子"が居て、残り4人は金目当ての魔女だったりして?

 コレを理不尽と言わずして、他に何と言おうか。代われるものなら、誰かに代わって欲しいものだ。

「はぁ、ほんっと。なんでこんなことになったんだか......」

 なんの脈絡もなく身に降りかかった理不尽を嘆きつつ。ベッドから身体を起こし、窓の外に目をやってみる。

「もう夜か......」

 なんとなしにそう呟くと、1人きりの自室にリンリンと鈴虫たちの声が鳴り響いた。まだまだ暑いし"秋の夜長感"は無いのだが、ヤツらにとってはもう秋なのだろうか。それとも鈴虫の季節感がバグって、もう鳴き始めてしまったのだろうか。別にどちらでもいいが、さすがに季節感がバグり過ぎて一年中コロコロ鳴くのはやめてほしいものだな。さすがにちょっとうるせぇし。

 千春さんと2人きりだった盆休みも過ぎ去り、気づけば今日で8月も終わり。先日他の4人も全員実家からの帰還を果たし、魔女ハウスには再び騒がしい日常が戻ってきた。騒がしくないのは、彼女たちが私用で出かけている時、もしくはこうして1人で夜を過ごしている時くらいのものだ。

 まあ......さすがに何週間も過ごしていれば、この暮らしにも随分と慣れてきたんだけどな。ぶっちゃけ最初はかなり戸惑ってたけど、最近は5人との会話を楽しめるようにもなってきたし、騒がしいのも悪くはないと思っている自分も居る。すぐにリサの正体も分かったし、状況は少しずつ好転していると言っていいのだろう。

 だが同時に、彼女たちと関わるにつれて分からないことが増えているのも、また事実だ。

 "あの子"が誰なのかってのも、全然分からないままだし。

 4人と仲良くなればなるほど、どうしてあんなに良い子達が金目当てのシェアハウスに参加したのか分かんなくなるし。

 仮に"あの子"の正体が分かったとしても、その後に俺がどういう感情を抱くのか、ってのも全然想像できねぇし。

「はは、ホントどうしたもんだか......」

 と、あまりにもお先真っ暗過ぎて失笑した時だった。

「ん? アレは千春さんか? こんな時間にどうしてあんなところに......」

 窓から視線を少し下げ、魔女ハウスの庭に目をやってみると、そこにはジャージ姿で何をするでもなく立ち尽くしている千春さんの姿があった。

「......ちょっと行ってみるか」

 どうせ1人で部屋に居ても、このまま考え事をして眠れなくなるだけだろうしな。なんで千春さんが夜中に庭に居るのかってのもシンプルに気になるし、ちょっと千春さんのとこに行ってみるか。

♦︎

 玄関を出て、ぐるりと裏手に回ればそこには魔女ハウスの庭がある。基本的に家に籠ってばかりで庭を注視したことはなかったのだが、外観は思っていたよりも整っていた。おそらく岩崎家の人間が定期的に庭の手入れをしているのだろう。一応ここは、心の中でご苦労様と言っておくことにしよう。誰が手入れしたのかは知らんけど。

「......」

 そんな庭の中心に彼女は無言で立っていた。口を真一文字に結びながらも、目を輝かせながら夜空を見上げているのが、その横顔から伺えた。

「え、大河くん? どうしてここに......?」

 月明かりに照らされている横顔ってのもなかなか画になるものだな、なんて、くだらないことを考えながら彼女の元に歩み寄ると、夜空に向いていた千春さんの視線が、俺の視線とぶつかった。

「あー、いや、なんか全然眠れなくてさ。んで、ボーッと外眺めてたら庭に千春さんが居るのを見つけたから、なんとなく来てみた。つーか、そういう千春さんこそこんなところで何やってんの?」

 彼女の隣に立ちつつ、俺は問いかける。

「ん、私? 私は星眺めてるだけだよ。今日、星空指数高いらしくてさ。いつもは周りがビルばっかであんまり星が見えないんだけど、今日はここからも星が綺麗に見えるんだよ」

 星空指数、とな。

「......あ、あー、星空指数ね。うんうん、すごいよね、星空指数」

「ふふ、大河くん、絶対星空指数知らないでしょ。分かりやすすぎ」

 チッ、バレたか。知識が偏り過ぎてて星のことは全然知らねぇんだよな。

「まあ簡単に言ったら、星空指数は『どれくらい星が綺麗に見えるのか』っていうのを数値で表したものだね。高ければ高いほど星が綺麗に見えるの」

「あー、なるほど。要するに今日は星が見えやすいってこと?」

「そういうこと。ほら、大河くんも見てみ?」

 そう言って夜空を指差す千春さんの目は、今までに見たことがないくらい澄んでいるように見える。

 ああ、きっと彼女は星が好きなんだろう。自分が好きな景色ってのは誰かと共有したくなるものだ。その気持ちは俺も分からなくない。

 などと大して意味のない推測をした俺は、特に身構えることもなく、彼女の言葉に従って空を見上げてみたのだが、

「おお、これは......」
  
 気づいた時には眼前に広がる一面の星々に、ただただ圧倒されていた。

「ね、綺麗でしょ?」

 ぽかんと口を開ける俺に向けて、千春さんが上機嫌そうに言う。

「今ちょうど私たちの真上に見えるのが夏の大三角だね。あれがデネブで、その右に見えるのがアルタイル。で、アルタイルの上に見えるのがベガだね。ベガは『こと座』の星で1番明るいんだよ。アルタイルは『わし座』で、デネブは『はくちょう座』で......って、あ、ご、ごめん。いきなり早口でこんなこと言われても困るだけだよね......」

「はは、別に謝らなくても良いって。そんだけ知識があるのって普通にすごいと思うよ」

「昔は時間さえあれば星を見てたからね......今通ってるのも天文系の学部だし」

「そっか。千春さんは星が好きなんだね」

「うん。将来的には天文学者になれたらなって思ってるんだ」

「それは......ちょっと羨ましいな」

 珍しく声を弾ませながら、まるで子供のように夢について語る千春さんの言葉を聞いていると、気づけば俺はそんな本音を漏らしていた。

 羨ましい。普通に夢を追いかけられる彼女を見ていると、心からそう思った。

 大企業の御曹司のくせに他人を羨む、なんてのはおかしなことなのかもしれない。だが、それは紛れもない俺の本心なのだ。

 --なぜなら、俺は岩崎家の長男に生まれた時点で、最初から夢を持つことなんて許されなかったのだから。

 大企業の次期社長。俺が選べる道は生まれた時からそれだけだった。

 戦隊モノを見てヒーローに憧れたこともある。野球中継を見てプロ野球選手に憧れたこともある。でも......俺が目指すべき道は最初から決まっていた。

 他人より良いものを食ってきた。有名私立高にも通わせてもらった。何度も『金持ちは良いよな』と他人から羨まれた。だが俺は夢を持つという、ごく普通なことだけが許されなかったのだ。

 幸せか?と問われれば、きっと恵まれた環境にいる俺は『幸せだ』と答えるべきなのだろう。他人の目から見れば、日本一の大学に通っている俺は、羨望の対象になるのだろう。

 しかし。しかし、だ。

 『裕福な家庭に生まれながらも夢を追いかけられない人間』と『生活に苦しみながらも、笑顔が溢れる家庭で夢を追いかけられる人間』では、一体どちらが幸せなんだろうか。

 残念ながら......今の俺では、その問いの明確な答えは分からない。


「ねぇ、大河くんさっきなんて言ったの? 羨ましいって言ったの?」

 分からない。俺は......何も分からない。
 
「......いや、別に何も言ってないよ」

 だから彼女への返答もごまかして、俺はそれ以上考えるのをやめた。

♦︎

 静寂の中、千春さんと何を語るでもなくボーッと星を眺めているのは案外悪くない時間だった。それこそ居心地の良さ、という点だけで見れば千春さんが"あの子"に1番近いのではないかと思えるほどには、彼女と過ごした時間は心地良かった。

 しかし、ここは5人の思惑が交錯しあう魔女ハウス。そんな静かな時間がいつまでも続くはずはないのである。
 

「あー、千春と岩崎さんが2人きりです! ずるいですぅ!!」

「ほんとだぁー! 大河っちったら、いつのまに千春っちと仲良くなったのぉー?」

「ふふ、私はお盆休みの時に何かあったと睨んでます。そうでしょう、大河さん?」

「......言っとくけど、別に大河と星が見たいから来たわけじゃないからね。普通に夜空が綺麗だったから来ただけだから。いや、マジで」

 ムスッと膨れて拗ねている芦屋さん。夜中なのにいつもどおりのテンションの舞華。なにやら鋭い考察をしながらニヤリとこちらに目線を向ける沙耶。そして、いつものように可愛げもなく悪態をついているリサ。
 
 夜中であるにもかかわらずパジャマ姿の美女4人がそれぞれ違った反応を示しながらゾロソロと現れ、気づけば俺たちは6人全員で庭の中心に固まる形になっていた。

「いや、なぜに全員集合......」

「ハッハッハ! それはねー! トイレのために起きたリサっちが偶然、庭にいる大河っち達に気づいたからだよ!」

 相も変わらずハイテンションで俺の疑問に答える舞華。どうやらこの件にはリサが一枚噛んでいるらしいが......

「おいリサ。なんでお前が気づいただけなのに全員集合になんだよ。おかしいだろ」

 考えるよりも本人に聞くのが早いと判断した俺は、即座にギャルの元に歩み寄り、小声で問いかける。

「ん? なんで全員集合になったかって? そんなの、アタシが舞華と沙耶と凪沙を起こしてアンタらが2人きりで天体観測してるのをチクったからに決まってんじゃん」

「......え、なに? なにやっちゃってくれてんの、お前? なんで3人を煽っちゃってんの? そんなん、ややこしくなるに決まってるじゃん? 考えりゃすぐ分かることじゃん? なに? IQ2なの?」 

「えぇー、別にアタシがどう動こうが自由でしょ? だってアタシが大河と約束したのは、あくまで『4人の正体を見破るため協力すること』と『魔女の味方をしないこと』であって、『アタシが場を掻き回さない』とは一言も言ってないわけじゃん? つまり魔女の味方をしなければ、なにしてもいいってことでしょ?」

「いや、まあ一応筋は通っているように聞こえなくもないが......でも、わざわざ寝ている3人にチクる必要なくね? なんでそんなことやっちゃったわけ?」

「ふふふ、いや、そんなの......」

 そう言うと、謎に一瞬の間を置いたギャル。

 すると彼女は邪悪な笑みを浮かべながら、最後にこんなことを言い放った。





「そんなの、慌てふためくアンタが見たかったからに決まってんじゃん! アハハハ! マジウケる!!」

 チクショウ。この性悪(アマ)どうしてくれよう。
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