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第1章「俺と"あの子"と4人の魔女」

凪沙ちゃんは照れさせたい

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【愛してるゲーム】

 それは2人で交互に『愛してる』と言い合って先に照れた方が負け、とかいう偏差値20くらいのゲームである。

「えへへ! それじゃあ早速ゲームスタートです!!」

 そして、休日の早朝。現在、俺は自室のベッドの上でダボダボパジャマ姿の芦屋さんと正座で向かい合い、なぜかその頭の悪いゲームを行うこととなった。

 ちなみにどうしてこんなイミフなことになったのかというと、

【昨日の夜中、トイレに行こうとした時に沙耶と千春が岩崎さんの部屋から出て行くところを偶然見たです! 私だけ岩崎さんの部屋に行っていないのにズルいです!! 私も岩崎さんの部屋で一緒に遊ぶんですぅ!!】

 と、頬をプックリ膨らませた芦屋さんに言われたため、その誘いを断るに断りきれず、こういう状況になったのだ。別に俺が個人的に芦屋さんから『愛してる』と言われたかったからとか、そういうわけではない。いや、ホントに。

「あ、そうだ。ねぇ、芦屋さん? この家には一応『女性陣は交際を申し込んではいけない』ってルールと『俺が魔女に告白したら罰金』ってルールがあるんだけど、このゲームには関係ないって思っていいんだよね?」

 一応『愛してる』ってワードを言い合うわけだからな。念のためそこは確認しとかねぇと。


「.............そ、そうですね。ル、ルールは関係ないです」

 え? ちょっと待って? ねぇ、芦屋さん? 今の間なんなの? なんか急に怖くなってきたんだけど?

「じ、じゃあゲームを始めるです!!」

 ジーっと疑いの目を向けてみたものの、芦屋さんはそれを完全にスルーしてゲームの開始を告げた。

 ......よし。なんか芦屋さんの意図が分からなくて怖いけど、ゲームとあらば一応負けないようにしねぇとな。こんなゲームでデレデレになってるようじゃ、この先魔女に騙されちまうだろうし。

 つーわけで、ここは先手を取らせてもらおう。

「芦屋さん、愛してるよ」

「......」

 ほう、眉毛が少しピクッとした気はするが照れるまではいかないか。芦屋さん、なかなかやるではないか。

「じゃあ次は私の番です!!」

 両手に小さな拳を握り『フンス!』と気合いを入れる芦屋さん。さあ、問題はここからだ。ここで俺が照れちまったらゲームオーバー。無邪気でチャーミングな芦屋さんという強敵が相手ではあるが、ここで照れるわけにはいかない。

 まあ、普段の俺なら芦屋さんから『愛している』と言われれば、たとえそれが本心でなくともデレデレになってしまうだろう。だが人間、耐えようと思えばこれくらいの状況は耐えられるはずなのだ。

 よし。ここは最近言われて1番傷ついたセリフを思い出して、その『負の感情』でデレを相殺するとしよう。

 えー、最近言われて傷ついたセリフと言えば--

【まあ、アタシの胸を触った時に顔真っ赤で息も荒くしてたアンタにアタシの貞操の心配をされても、全然説得力は無いんだケドな! アハハハ! マジウケる!!】


「......」

「岩崎さん! 愛してます! 大好きです!!」

「あー、うん。嬉しいよ」

「えぇ!? なんか反応薄くないです!?」

 なんか無駄に傷ついた気がする。

 つーか、リサからアレ言われた時はそんなに自分が傷ついた自覚なかったんだけど。え、なに? もしかして俺って自分が思ってるより童貞のこと気にしてんの? 深層心理なの? こんな形で自分の深層心理が分かるとかイヤ過ぎるんだけど?

「はい! じゃあ次は岩崎さんの番です!」

 っと、いかんいかん。今は自分で自分を傷つけてる場合じゃないな。集中集中。

 うーん、そうだな......じゃあ試しに次はさっきよりキザなセリフで攻めてみるとするか。

「あのさ、芦屋さんってほんと可愛いよね。無邪気で人懐っこくて笑顔が素敵でさ。マジで愛してるよ」

「..............はうっ」

 唐突な誉め殺しに耐えられなかったのか、はたまた単にチョロいだけなのか。その真偽は分からないが、芦屋さんは力無く呻《うめ》き声を上げたかと思うと、バッと両手で顔を覆い隠して俯《うつむ》いてしまった。

 え、なんつーか......案外アッサリ勝っちまった。

「ねぇねぇ、芦屋さん? 今照れたよね? 俺の勝ちでいいよね?」

「て、照れてないれふ。まだ勝負は続いてまふ」

 なんなんだ、そのよく分からない噛み方は。

「私はまだ照れてないです! 今度は私の番なんですぅ!」

「いやいや、両手で顔隠しながら言われても説得力無いって。せめて顔を見せてから言ってよ」

「そ、それはダメです。今顔を見せるのはちょっと恥ずかしいです」

 それもう照れてるって言ってるようなもんですよね?

 うーん、しかしこのまま会話を続けていても埒が開かないな。仕方ない。ここは俺から妥協案を出すとするか。

「よし、分かった芦屋さん。次の番で芦屋さんが俺を照れさせることができれば引き分けで、俺が我慢できたら俺の勝ちってことにしよう」

 正直理由はよく分からんが、今日の芦屋さんはどうしても俺が照れる姿を見たいらしいからな。だったら俺を照れさせるチャンスをもう1回与えてやれば納得してくれるだろう。いや、知らんけど。

「引き分け......ですか」

「うん、そう。引き分け」

「むぅー、仕方ありません。本当は完全勝利して岩崎さんをデレデレにしたかったのですが......分かりました。引き分けでも構いません」

 芦屋さんのその勝利への執念は一体どこから出てくるのだろうか。単なる負けず嫌いなのだろうか。

「よ、よーし! 絶対に岩崎さんを照れさせてみせます! 芦屋凪沙、いきます!!」

 そう言って気合を入れ直した芦屋さんは、先ほどまで顔を覆っていた手をどけ、その幼くも整った顔を俺に急接近させてきた。

「ん、芦屋さん!? ちょっと近くない!?」

 や、ちょっと待って。本当ヤバい。マジ近い。すんげぇ良い匂いするし、息も当たっちゃってる......!

「1回目で照れない岩崎さんが悪いんです! 私のことも他の4人みたいにちゃんと『女の子』として扱ってほしいのに、いつも私のことだけは妹を見るような目で見てくる岩崎さんが悪いんです!」

「え? いや、俺はそんなつもりは......」

「私以外の4人と話してる時の岩崎さんはちょっとドキドキしてるように見えます。ちょっと緊張してるようにも見えます。でも......私だけは最初から"小さい子"扱いなんです。私も大人なのに私だけ子供扱いなんです! それが嫌なんです!!」

「......!」

 普段の無邪気な笑顔とは打って変わり、いつになく真剣な表情の彼女の存在感に圧倒された俺は、なにも言葉を返すことができなかった。

 そして......それと同時に俺は、自分が無意識のうちに彼女に対して失礼な振る舞い方をしていたことを自覚した。

 見た目が幼い。俺はただそれだけの理由で芦屋さんを他の4人とは違う目で捉えようとしていたのだ。

【こんなに無邪気な子を魔女として疑いたくない】

【こんなに良い子に騙されるなんて考えたくもない】

 そう考えた俺は、無意識のうちに頭の中で芦屋さんだけは他の魔女候補達とは別枠に置こうとしていた。とりあえず今は彼女の明るい笑顔に癒されてもいいかな、なんて甘いことを考えていた。

 おそらく芦屋さんは、そんな俺に腹を立てて『愛してるゲームをしよう』なんてことを言ったんだろう。きっと彼女は自分だけ子供扱いされることに耐えきれなかったのだ。まあ、頼んでもないのに変に特別扱いされたら、そりゃ腹は立つだろう。

 ああ、俺は最初から芦屋さんのことも魔女候補として、そして"あの子"の候補として疑うべきだったのだ。見た目のことなんか関係なしに、彼女のこともまた、他の女の子たちと同様に扱うべきだった。

「ごめん、芦屋さん。これからは君のこともちゃんと疑うよ。もう子供を見るような目で見たりなんかしない」

「......いいえ、岩崎さんは謝らなくてもいいですよ。私にまだまだ魅力が足りないのも悪いんだと思います。だから......これからは一生懸命女の子として見てもらえるように頑張ります! ふふふ、覚悟してくださいね?」

 すると、いつもの明るい表情とは少し違い、不敵な笑みを浮かべた芦屋さんは、突然右手の人差し指を俺の鼻に突き立て--
 

「えへへ、岩崎さんだぁい好き♪」

 満面の笑顔で、なんとも破壊力バツグンなセリフを言い放った。

「な、ななな......!」

「あ! 岩崎さん顔真っ赤っかです! これで今日は引き分けですね!!!」

 目の前で「やったぁ!」と小声で呟きつつ、小さくガッツポーズを作っている彼女。

 その無邪気な笑顔を見て俺は不意に思う。ああ、俺は今までとんでもない勘違いをしていたのだな、と。

 俺は今まで芦屋凪沙は無邪気で接しやすい女の子だと思っていた。他の4人と比べれば、それほど警戒する必要は無いと。そう思っていた。

 だが......それは大きな間違いだったのだ。

「いや、引き分けじゃないよ、芦屋さん。今日は俺の負けだよ。完敗だ」

 接しやすい、だなんてとんでもない。本気を出した彼女は、たかが俺ごときの心拍数を跳ね上げることなんて造作も無いくらいの、それはもうとびきり魅力的な女の子だったのだ。





 はは、もうマジで誰が"あの子"なのか全然分かんねぇな......
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