誰とでも寝る黒ギャルビッチな彼女が僕の『彼女』になるまで

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第二話

買い物は官能的なのか3

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 最悪な経験だった。
 もう、消えてしまいたいほどに。
 テーブルに並んだ珈琲とチーズケーキが全く美味しそうに見えない。
 というより、周りの目が気になり過ぎてそれどころじゃない。

「いい加減慣れろよ~楠」
「……助けてくれ」

 注文だって、結局茜さんがしてくれた。
 情けなさ過ぎる。プライドはズタボロだ。
 ポロポロと涙が零れ落ちる。
 こんなに悲しいのは転売ヤーに限定版のブルーレイを買い占められた時以来だ。

「そんなに泣かなくても。てか、何で怯えてるの?」
「強いて言うなら、自己肯定感かな……」
「自己肯定感?」
「ここに自分がいてもいいのだろうか、自分のような人間には相応しくないのだろうか、そう思うと恥ずかしくて」
「あ~なるほど」
「茜さんには分からないだろうね……」

 陽キャに陰キャの気持ちが分かる訳ないと俺は言った。
 けど、この言葉を吐いて後悔する。
 彼女は「分かるよ」と言うと、悲しそうな表情を見せたのだ。
 きっと、過去に何かあったのだろう。
 よく考えれば、この短時間で急速に距離が近づいただけで、茜さんの事を何も知らない。
 不注意な発言だったかもしれない。

「ごめん、勝手に決めつけて。茜さんがどんな人かも知らないのに」
「いいや、楠がそう思うのも無理はないよ、今の私なら」
「今の……」

 昔はどんな女性だったの? と質問を投げかけようとして飲み込んだ。まだ、そこまでの関係じゃないだろうし。
 人の昔の事を詮索してよかった経験はあまりないからな。

「でも、自己肯定感が問題なら解決方法はあるよ」
「解決方法?」

 もし彼女が昔、俺のような陰キャだったと仮定するのなら今、こうやって陽キャになっているのだ。説得力はある。

「聞こうか、その方法とやらを」
「簡単だよ、自己肯定感の高い人と親密になればいいの」
「自己肯定感の高い人って、一体どこに……」

 陰キャ以前に友人の少ない俺に、親密な自己肯定感の高い人なんていない。
 俺は周囲を見渡した。すると、茜さんがニコニコと自分を指さし呟く。

「ココ、ココ」
「ここ?」
「私だよー! ほら、アンタの言う陽キャなんでしょ、私は。だったら、私の彼氏だと思えばいいじゃん」
「──ッ、彼氏!? いや、しかし……」

 彼氏か……確かに、彼女の言う通りだ。
 何も不自然なことはない。いつもの派手な雰囲気なら、周りからはパシリ程度にしか見られないかもしれない。
 でも、今の茜さんの恰好なら、彼氏にも──

「見えないだろ、流石に!!」
「えぇ!? そうかなぁ……?」
「大体、茜さんだって俺と彼氏に見られるの、嫌なんじゃないのか!?」
「う~ん、でも思われるだけなら別に……演技にも付き合って上げるよ」

 茜さんが俺の彼女。ない、絶対にない。
 自分の心を誤魔化せる程、親密な中になっていない。
 どこか、どこか落としどころはないのか。
 親密な女性の関係──そうだッ!!

「お母さんッ!!!!」
「そんな老けてないだろうがッ!!」
「痛いッ!!」

 ゴツンと頭を殴られた。
 どうやら彼女の逆鱗に触れてしまったようだ。
 頭を撫でながら、もう少し考える。
 だったらもう、選択肢は一つしかない。

「お姉さん、あたりはどうでしょうか……?」
「まぁ、それで緊張が解けるなら……妹って選択肢はないの? 私は年増に見えるってこと」

 おっと、言葉に棘があるぞ。怖い。
 俺は慌てて弁解した。

「違う違う、本物の妹がいるんだよ、林檎って言うんだ。キャラが被ると集中できないから」
「へぇ、そうだったんだ。でも、それなら仕方ない、姉で妥協しよう」
「……よかった」

 ご機嫌な女の子の側にいるのは最高だが、不機嫌な女の子の側にいるのは最悪だな。これからは、彼女の機嫌を損ねないようにしよう。

「どう、姉だと思ったら気持ち落ち着いた」
「確かに、これだけ可愛くて美人で自信のある立派な姉と一緒に珈琲屋にいると思うと、なんだか不思議と自信が湧いてきた」
「……アンタ、その癖やめた方がいいよ?」
「ん? どの癖のことだ?」
「その、適当に相手を褒めるとこ。私だから勘違いしなくて済んでるけどさ」
「適当、だと?」
「直ぐ美味しい、とか、か、可愛いとか言うじゃん……あまり言い過ぎると、言葉が軽くなっちゃうよ?」
「心配無用、持ってきたぞ、例の物」
「へ──うわッ!!」

 俺は彼女の言葉を遮るように、カバンの中からある物を取り出し叩きつける。
 ドスン、鈍い音を鳴らすそれは昨晩必死に書き上げた書類の束。
 そう、お弁当の感想文である。
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