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 息が苦しいのは走ったからだけじゃ無い。
 あんなに責められることを望んでいたのに、いざ本当にやられるとどうしようもなく逃げてしまう自分に腹が立っているからだ。
 だけど……まだ答えを見つける事が出来ない。
 何度逃げただろうか。
 こうしている間にも、イラは、靡は戦っているというのに……。
 早く何とかしないと、彼女達を助けに行かないと。
 そんな気持ちの焦りが、余計に答えを靄に隠し目の前を暗くしていった。
 一度、公園のベンチに腰掛け深淵より深く頭を抱えて悩んだ。
 そんな時だ。
 ぽんぽんと可愛らしい音と共に黄色いゴムボールが此方に向かって跳ねてきたのは。

「おにいちゃんとってー!」

 ボールの持ち主らしき幼女が此方に向かって一生懸命手を振ってきている。
 隣町でまだ被害が少ないのか、彼女は短く可愛らしいポニーテールをしていた。
 見ているこっちが元気になりそうな……そんなポニーテールだ。
 俺は幼女に手を振り返し、ボールを手に取ると下から軽く投げて返す。
 2、3回跳ねた後、幼女はそれをキャッチして「ありがとう!」と元気よく頭を下げた。
 その姿が……何故かイラと被る。

「クッ……」

 酷い頭痛がした。
 容量の少ない頭が多大な悩みを抱え、オーバーヒートしてしまったのだろう。
 コメカミ辺りから刺さるような激痛に再び頭を抱え込んだ。

「ッ……うわぁ!?」

 背筋を丸め唸っていると首元にヒンヤリとした物が当たり、飛び跳ねるように体を起こした。
 パッと後ろを振り向くと、先ほどの幼女が何処から持ってきたのか小さな氷を手に、ニンマリと笑っていたのだ。

「あはーおどいたでしょ!」
「……はは、イラズラっ子だな。君は」
「えへー」

 にぱーっと無邪気な笑顔、そして揺れるポニーテールは心を熱くさせた。
 ぁぁ……やっぱり俺はポニーテールが好きなんだ。
 でもダメなんだ。それじゃあ織姫と戦えない。
 好きな物を、守りたい物を嫌いにならなくちゃ……大事な物を取り返せない。
 なんて、なんて残酷な話だろうか

「おにいちゃん、どうしたの? 頭痛いの?」

 覗き込むように俺の顔を見つめる幼女。
 その純粋な眼差しに目を合わせていられない。
 少し横に視線を逸らし、質問に答える

「あぁ、大丈夫。心配しないで」
「いたいときは氷でひやすといい! っておとうさんがいってた!」

 そうか、この子も俺の事を気遣って……イラと被る筈だ。
 俺はレディの頭にそっと手を乗せ、広げるように撫でた。

「ありがとう。元気になったよ」
「えへへー」
「いい子だな、君は……————ッ!」
「?」

 頭を撫でていると、指がポニーテールの結び目に触れ咄嗟に手を引いてしまった。
 不思議そうな顔で頭を傾げる。
 ちょっと怖がらせてしまったかも知れない。

「ご、ごめん。なんでもないんだ……ごめんね」
「おにーちゃん、怖いの?」
「————ッ!?」

 何も知らぬ幼女に確信を突かれ、ビクッと肩が跳ねた。

「あーやっぱり怖いんだー!」
「こ……怖くなんてないさ。髪型を怖がる大人なんていないだろ……?」
「でもおにーちゃん私の髪の毛さわってビックリしてた!」
「そ……それは……」

 中々に勘の鋭い子だ。
 そして、幼女は狼狽える俺を他所にぐっと近付き膝の上にちょこんと座った。
 目の前で頭の後ろに付いた尻尾が俺の前で小さく揺れる。
 至近距離のトラウマに、仰け反り声が裏返った。

「お……おぃ!」
「おにいちゃん、結んで!」
「え……あッ」

 そう少女が言ったため、結び目を良く見てみると可愛いキリンのキャラクターが付いたゴムバンドがサラサラの髪の毛から滑り落ち、少しガサツなポニーテールになっていた。
 なるほど……幼女といえど女の子、こういうところが気になる訳か。
 結ってやりたいところだが……よく考えてみると、俺……ポニーテールを結んだ事なんて無かったな……。

「ごめん、俺……綺麗なポニーテール作れないんだ」

 そうだ、俺はポニーテールを大好きと自称しておきながら、自分で結んだことは無い。
 見る専……いや、違う。
 もっとこう、全部、全部が好きだった筈なのに。
 どうしてだ……それは俺が男だからか?
 何か、何かに気が付けそうだった。
 今まで見つけた事が無い、やった事が無い、新たなるポニーテールの境地。
 それが目の前まで来ているような……。

「……やってくれないの?」

 座ったまま後ろを向き、上目遣いでおねだりをしてくる幼女。
 女性にこれ以上恥をかかせる訳にはいかないか。
 俺は「上手くできなくても、文句は言わないでくれよ」と念を押し、幼女は「きれいじゃなかったら、おこる!」と返した。
 気合いを入れなくてはな。

「よし、じゃあジッとしててくれ」
「うん!」

 キリンの髪留めをスルっととり、一度髪を全部下ろす。
 ショートヘアだったため、イラのような雪帽子状にはならないが、それでもまとめている時よりかは横に広がった。
 それを下から搔き上げるようにして、再度まとめていく……のだが。
 む、難しい。

「ちょっ……と待ってろヨォ……」

 ポニーテールの美しさ基準その1……頭の中心線に沿った位置で結び目を作る事。
 髪を引っ張り結びを作る位置で固定しようとするのだが、気がつけば右にズレ、調節すれば左にズレ……一向に理想の位置でまとまらない。
 これを……自分で結ぶって……神業じゃねーか。

「おにーちゃん、まだー?」
「まま、まってまって、もーちょいもーちょい」

 ポニーテールの美しさ基準その2……綺麗な頸。
 普段であれば見る事のできない襟足といった樹海に阻まれた、尊くも儚いフェロモンのオアシス……頸。
 それを惜しげも無く見せつけるのが、ポニーテールだ。
 幼女には頸に小さなホクロがある……天性の宝だ。
 これを生かさずして結ぶなど愚の骨頂。
 神が許しても、俺が許さねぇ……けど、自由に飛び跳ねる一本一本の髪の毛を全て一つの結び目に統合させる事が、こんなにも難しいだなんて……。
 絶対にはみ出し者がでてきてしまう。

 その他にも毛先の仕上げ方や捻り、テーマ性や芸術性……まだまだ追求すべき点は多々あるだろう。
 しかし、まずはこの2つだ。基礎をクリアしないと。
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