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第四章

第二十話

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 ♢♢♢

「はぁ、はぁ……じゃあ、ネイシア……」
「はぁ、はぁ……はい、ご主人様……」
「はぁ、はぁ……なんでも、聞いて下さい……ネイシアさん……」
「ふむぅーッ!♡ ぅ、うー!♡」

 三十分後、俺たちは全員肩で息をしながら椅子に腰掛けていた。
 地べたには猿轡と手枷で拘束したシリウスが。
 調教の時以外で、奴隷を縛るのは趣味じゃないが、こうするしか手段がなかった。
 どんな恥辱も快感と感じる彼女は、ある意味では無敵だったのだ。

「失礼致します。お客様、どうぞ」

 宿にいた他の番が持って来てくれた飲み物を啜り、と息を整える。
 なんで戦闘以外でこんなにも疲れないといけないのだ。

「ふぅ、ではシルクさん。失礼に当たるかもしれませんが……質問、よろしいですか?」

 ネイシアの問いにピンッと畏ったように背筋を立てシルクは返事をする。

「は、はい! なんでもどうぞ!」
「……そんなに緊張しなくとも、私は貴女より下の奴隷なのですよ?」
「い、いぇ、なんか昨日ちんこ挿入されてアヘアヘ叫んでた女《ひと》とは別人みたいで!」
「──そ、それは別にいいじゃないですかぁ! もぉー!」

 うむ、シルクの言う通りだ。

「コホンッ、真面目な話なのですから、きちんと答えてくださいよ!」
「あ、はい、すいません」
「では──」

 気を取り直し、ネイシアは真剣な表情になると思わぬ質問をシルクに投げかけた。

「シルクさん、貴女のご両親はどんな方ですか?」
「ん、両親?」
「そうです。とても、とても重要な事だと私は感じています」

 シルクの両親……考えたこともなかった。というより、この世界に親と子の概念があるかすら怪しい。

「多分、ネイシアさんの望む回答はできません。何故なら、私たち人間の女は、孕まされ、産まされ、孕まされ、産まされの繰り返しになります。ですので、父が、母が誰かなど、名前も、姿すらも知りませんので……」

 当然だろう。この世界で避妊具なんて見たことがない。
 しかも、中出しに対して(俺は責任をとるが)全く抵抗がなかった。

「子供を産むと国に回収され、奴隷教育機関へと送られ、男の方を喜ばせる術を学ばされます」
「……人間の女とは……悲惨、ですね」
「私たちにとって、それは当たり前で、特に悲しむことはなかったですよ」
「──ッ」

 その言葉を聞き、ネイシアは酷く悲しげな顔をした。が、それが人の常識であり、シルクに失礼だと察すると直ぐに表情を戻す。

「……わかりました、ご両親の詮索についてこれ以上は行いません。ですが、もう一つ別の疑問が晴れそうです」
「ネイシア、もう一つの疑問って?」
「ご主人様、人間の魔導書はございますか?」
「魔導書……あぁ、ちょうど俺が練習用に読んでた初級者向けの本なら」

 俺は机の上に積んであった魔法基礎学の本と、今後のレベルを上げる為に買っていた中級編、上級編の本を彼女に手渡す。
 そしてパラパラと高速で目を通し、納得したように頷きながらこう言った。

「やはり、魔法を使う上で一番大事な箇所が欠落していますね」
「……一番大事って、魔力じゃないのか?」
「勿論、魔法に魔力は必須です。ですが、どんなに大量の燃料も火種が無ければ爆発しません」
「火種、か」
「はい、形を整形するものが精神力、燃料が魔力、そして火種は感情に当たります」
「感情!? ……ネイシアの言いたいことが、なんとなく分かった」

 これも「情報規制」の一環なのか。
 はたまた、別の意味合いが込められているのか。
 シルクだけは困惑した様子を見せ、俺に問いかけて来た。

「え? え? イットー様、どういうことです!?」
「シルクは俺と出会う前、今みたいに感情豊かじゃなかったろ?」
「は、はい! 確かに、それは……そうかもしれません」
「つまり、魔法の成長を著しく制限されていたんだよ。多分、元々はもっと強力な魔法が使えるんだと思う。シリウスを倒した時のように」
「──ッ、なるほど!」

 ポンッと手の平を手で打った。
 そしてネイシアは説明を続ける。

「私が捕まった時、確かに襲いかかって来た女一人一人の魔法は然程驚異ではありませんでした。しかし、自身の命を気に留めない捨て身の波状攻撃に狼狽し、敗北してしまったわけなのです」

 シルクとは違う、魔法攻撃の才があると認定された者達か。彼女でさえ、出会った当初は人間として……いや、生物としてのプライドは一切なく、殴られ、蹴られても一向に構わないという受け身の姿勢だった。
 事務的、機械的な攻撃方法に、生命の常識があるネイシアは負けたのか。

「お察しの事かとは思いますが、治癒を目的とする魔法は慈愛の心を軸とします。シルクさんは、回復魔法を覚えることしか許されないように常識レベルで調教されていた、と考えるべきでしょう」
「俺と出会った事で色んな感情が芽生えた結果、元々あった魔力が攻撃魔法を覚醒させた……ということだな」
「えぇ、しかも付け焼き刃でシリウスを倒せるほどの強大な魔力の持ち主です。最も、ご主人様の魔力ほどではありませんが」
「そんなに強いのか? 俺の魔力は」
「最後の一撃を受けた時、底知れぬ魔力を感じました。恐らく、正しい訓練を積めばあの勇者に匹敵する力を得ることができるかと」

 勇者並の力……アヴダールで成り上がる為には、こそこそと動くより圧倒的な力でねじ伏せる必要がある。
 SNSで情報が拡散されることも無ければ、互いに尊重し合うこともない抑制と支配の社会。
 ファンタジー世界とは、ある種「無法の許される」場所だ。

「ならネイシア、お前が俺に魔法を教えてくれないか? 同じ属性のシリウスもいるし、できないことはないだろ?」
「そこで一つ提案なのですが……ご主人様、そしてシルクさん、エルフの森に来ませんか?」
「え、私もですか?」
「私たちでも教える事のできる範囲は限られます。しかし、エルフの森にさえ来ていただけましたら、最短最速で教育が可能かと」

 結局のところ、情報を聞き出した後は彼女たちを元の場所へ返すつもりだったし、都合はいい。
 どの道、奪い取った女だから堂々と街を歩かせることもできないからな。
 けど──

「ん~……ん、どうしました、イットー様? そんなに見つめられると、恥ずかしいです」

 あの戦いの時は、俺が側にいたから魔力を抑えることができた。でも、いざシルクを前線に出すと考えると、いつでもできるとは限らない。
 それに、彼女を戦いに参加させるとなると、胸が騒つく。
 
「……ネイシア、教育を受けるのは俺だけでいい」
「そうですか、わかりました」

 俺の気持ちを読み取ってか、ネイシアは二つ返事で了承した。
 本来なら、戦略が薄い状況なのだから少しでも人では欲しい。彼女自身も理解しているだろうに。

「では、ご主人様はエルフの森に来ていただける、ということでよろしいでしょうか?」
「あぁ、到着した途端ボコボコにされるのは勘弁だぞ?」
「ふふ、利害が一致している今、そのような無礼致しませんよ。それに、まだ信じてもらうことはできないでしょうが、私は貴方様に希望を見出しています。自ら紡ぐ阿呆はしません」
「奴隷を信じるのも、主人の役目だ。頼んだぞ、ネイシア」
「──ッ、本当に変わっていらっしゃる」

 そう言うと、彼女は顔を赤らめ少し視線を外した。
 いや、ほんと、アヘアヘエルフとは思えんな。マジで。
 ともあれ、次の目標は決まった。エルフの森へ行き、修行して、超強くなる。
 その後はここに戻り、魔族の調査を開始……って感じだな。

「よし、なら早速エルフの森へと向かおうか。シルク、お前はただ付いてくるだけでいいからな」
「……その事で、一つ相談があるのですが……」

 シルクは椅子から立ち上がると、俺の目の前でペコっと頭を下げた。

「ん? どうしたシルク、畏って」
「あの……大変申し上げ難いのですが、私は……ここに残り、イットー様の帰りをお待ちしたいと思います」
「え!? な、なんで!?」
「実はですね──」

 彼女が言うには、この国で育った奴隷は一ヶ月に一度「所在地確認」が行われるらしい。
 所在地確認とは現在の主人、労働内容、習得魔法、腹子の有無を確認される。
 基本的に、奴隷は捕獲依頼以外で国外に出る事は許されず、もし仮に脱国が確認された場合、関係者各位に処罰が下されるのだとか。

「主人であるイットー様が国外に出る事は構いませんが、私はそうはいきません」
「……でもな、シルク。俺はこれから力を手にして、この国の……いや、世界の常識を変えようとしているんだ。それに、お前がここに残る方が危険だろ?」

 というか、側に置いておきたい。
 何かあった時、いつでも助けれるようにしておきたい。というのが本音だ。
 しかし、彼女は首を横に振った。

「もし、私が脱国したのが判明すれば、私はイットー様がいるので安心ですが……多分、この宿の皆は処分されてしまうと思うのです」
「…………」
「昔の私でしたら、気にも留めなかったでしょう。けれど、皆、協力してイットー様を助けて下さった『仲間』だと、思うようになってしまいました」

 そうか、俺は意識を失ってたから知らないが、この身体をここまで回復させてくれたのは、宿の皆、か。

「イットー様の元を離れるのは、正直辛くて死んでしまいそうです。けど、私がいない間に皆が処分されてしまうのは、同じくらい辛いのです……誠に、申し訳あ──ひ、ぅぅ」

 ポタリ、ポタリと地面に大粒の滴が落ちた。シルクはここまで、人間として成長していたのか。
 とても喜ばしい事だが、反面頭を悩ませることでもある。
 俺も助けてもらった以上、その恩は返したいし、見殺しになんてできない。

「……なら、どうすればいいんだ。お前を一人残したら、主人のいない奴隷を誰が守ってくれる」
「そ、それは……頑張ります!」
「頑張るだけじゃどうにもならないのが現実だ。根性論で大切な者を失いたくない」

 俺は机に突っ伏して頭を抱えた。
 どうする、一ヶ月で戻れる保証なんて無いし、その間にシルクが処分されてしまっては主人として失格だ。
 思考を回転させ、とにかく考えた。この国にシルクの面倒を見てもらえる者が……最悪、元の主人に頭を下げてお願いするか?
 プライドをかなぐり捨てることになるが、それでもシルクの事を考えれば──

「失礼します、お客様」
「……え?」

 ポンポンと肩を叩かれ後ろを向くと、そこには四人の美女と一人の老婆が立っていた。
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