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第二章

第十二話

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 そうして、一緒に宿の外に出た瞬間から俺はボルト・アクセルを発動させ、周辺の木々に身を隠す。
 シルクは驚いたような表情を見せ、俺に問い掛けてきた。

「い、イットー様!? 何が何でも早すぎませんか……? まだ収容所まで距離がありますよ」
「いや、収容所まで行くつもりはない。周辺で待機する」
「えッ……どういう意味、ですか?」

 彼女が困惑するのも無理はないだろう。部屋の中での発言は、全てブラフなのだから。

「あのエルフには間違いなく、協力者がいる」
「きょ、協力者ですか!?」
「俺が収容所に入った時、既に首輪は外れていた。だが、今のアイツを見ていると自力で外したわけじゃないらしい」
「……つまり、何者かが外したと。しかし──」
「あぁ、収容所の中に姿はなかった。というよりも、近くにいれば間違いなく道中で襲われていただろうしな」
「魔法……? でも、遠くから首輪を外すなんて細かい作業ができる属性なんて……」

 存在しない。いや、存在しているかもしれないが、魔法基礎の本には記載されていなかった。

「事実は不明。あのエルフに聞くとしても、答えるわけないだろう。奴にとっては、その協力者が心の支えだからな。もっと堕とした後じゃないと」
「だから、誘き出すのですね」

 この場所がバレているのか、俺たちの存在がバレているのか、後手に周ってしまった以上は警戒する必要がある。

「あの、イットー様? でしたら、あのエルフを人質にした方が得策だったのではないでしょうか? その、協力者は是が非でもエルフを奪還したいでしょうし……」
「勿論、その方法も考えた。だが、俺たちにとって最も恐ろしいのは消耗戦になった時だ」
「消耗戦……」
「圧倒的情報不足の中、相手に出方を伺われてみろ。こっちは四六時中、見えない敵に怯えながら部屋を出ることは許されない。しかも、遠距離から使える魔法だ。密室にいては、いつ何時襲われるか分かったもんじゃない」

 何らかの方法でエルフと情報を共有している可能性も考え、あの部屋の中では「収容所へ行く」と聞こえるように言った。
 身元がバレているか確認する必要もあるが、まずはこっち。

「だったらいっそ、此方からお出迎えというわけですね」
「あまり大胆な行動はしてこないだろう。もし、そんな事ができるなら自らの手でエルフを救出していただろうしな」
「うむむ……三つ巴になってるのですね。頭がグルグルしちゃいますぅ~」

 シルクの言う通り、この戦いは三つの勢力がエルフの取り合いをしている構図になっている。
 散々御託を並べてはいるが、俺だって今の判断が正しいとは言い切れない。

 そもそもが焦り過ぎだ。
 今回のエルフを無理くりに手に入れようとしなくても、ゆっくりと街に馴染み、正攻法で金を手に入れ、次の機会に購入すればよかったのだ。
 いくら希少種と言えど、10年も待てば現れるだろう。

「俺は……」

 奴のあの眼光が気に入ったとはいえ、あまりにも無茶な行為。
 じゃあ、俺はどうしてこんな危険に足を踏み入れてまで、早期成り上がりを目指した?

 それは──

「ふぁい? どうかなさいましたか、イットー様?」

 俺が視線を向けると、直ぐに視線を合わせ仔犬のように懐いてくる少女。
 もしかして、コイツを馬鹿にされたことが、俺の心に焦りを生んだのか?
 確かに、腹立たしかった。でも、それ以上に言葉では言い表せない何かがある。

「そ、そんな見つめないでください……て、照れてしまいますよぉ」

 ……だけど、一線を超えることは許されないし、許さない。コイツは奴隷で、俺は主人。上下関係はしっかりと維持し続ける必要がある。
 じゃないと、俺が弱った時、あの女のような眼を向けられるかもしれないから。
 凌辱された者は、凌辱する者に豹変するのだ。

「何でもない。警戒を怠るな」
「はい、お任せを!」

 どんな命令も元気よく答えてくれる。
 俺が頼れる存在の間は。

「しかし、いつまで監視を続けるおつもりで?」
「とりあえず、夜が明けるまで。明るくなれば、敵も動きが取りづらくなるだろう」
「相手も追われる身、ですものね!」
「そうだ。あれだけコソコソとしてるんだ、収容所の奴らに見つかりたくはないんだろうよ。俺たちと、同じだ」

 とにかく俺たちはジッと待ち続けた。
 何も起こらないなら、それでよし。
 昼間になったら、出来上がっているであろうエルフの調教を済ませ、協力者の情報を聞き出せばいい。
 時間があれば、どうとでも手が打てる。
 とにかく、時間……時間を──

「ッ……くぅ……」
「わわ、イットー様! 大丈夫ですか?!」
「あぁ、心配するな」

 座っていると、ふわっと意識が遠退きそうになる。
 限界を超えた戦闘の後に、長時間の内魔法継続発動はかなりキツい。
 シルクの魔法で傷だけは治ってるけど、事実一回は死にかけてるからな、俺。
 回復魔法と言えど、疲労の回復はできない。
 ここで警戒を始め、約2時間……か。踏ん張りどころだ。

「い、今、何かお飲み物をお持ちいたします!」
「──ッ、待て! シルクッ!」

 俺の容態を見兼ねたシルクが木の陰から飛び出してしまった。その時だ、視界の端が一瞬キラリと光った。

「マズい、シルクッ!!」
「え?」

 全力で地面を蹴飛ばし加速。彼女の目の前に腕を伸ばし、そして寸での所で掴む。

「は……ひぃ……」

 ビィィンッと振動音を鳴らし、額から皮一枚の距離で静止する矢尻。弾丸の如き速さだ。
 シルクはその場に尻餅をついた。が、そんな暇はない。

「隠れてろ、襲撃だ!」
「は、はい!」

 喝を入れ立ち上がらせると、木の陰に戻す。そして俺は矢が放たれたであろう方向を見た。

「あの辺りか……攻め入るッ!!」

 出し惜しみは一切無し。限界まで身体能力を向上させ、一気に接近する。
 距離にして約400メートル。大木の天辺に、敵は潜んでいるはずだ。
 300……200……肉薄していく距離。近づく度に矢は俺に向かって襲いかかってきた。

 だが、見える、なんとか、だがッ!

「鬱陶、しいぞッ! 余程、近寄られたくないみたいだな!!」

 相手は遠距離型と予想。
 室外なら、ボルト・アクセルの力を存分に発揮することができる。しかも、俺は近距離型。近付いてしまえば、勝機はある。

 木の根下まで辿り付くと、上から雨のように矢が降り注ぐ。それに向かって、俺は大きく上に飛んだ。
 弾き、去なし、躱し、距離が近付けば近付くほど、当然危険な領域に突入することになる。
 矢尻が頬を翳め、血が地に落ちた──が、俺の距離だ。

「姿を見せろ、陰キャ野朗ッ!!」

 カモフラージュに使われていた枝を左手で振り払い、遂に俺は敵と対峙した。
 そして、エルフの協力者の正体は──エルフだったのだ。
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