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賢者接近

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 ☆☆☆

 住処の外に出て、森の中を歩く。
 木々の隙間を抜け、風に当たりながら目的もなく。
 陽の光が目を照らし鬱陶しい。
 ずっと穴の中に入っていたから気が付かなかったが、気がつけば朝に。

「みんなを住処に残しておくのも危険だ、でも帰すこともできない」

 木の陰に隠れ、幹に座り込んだ。
 考えれば考えるだけ頭が痛くなっていく。
 腹の中で渦巻く復讐心が、暴れているみたいだ。
 腹……そう言えば、襲撃からずっと何も食っていなかった。

「とりあえず、少し腹を膨らますか。そうすれば、この苛立ちも少しは楽にあるかもしれない」

 渡された小袋を開けると、まんまるなお団子が3つ入っていた。
 二人が俺の為に作ってくれた人間の飯。
 住処から滅多に出ることのない俺に、気を遣ってくれたのだ。

「二人は俺のことも、メメの事も考えてくれているのに」

 なんてことを呟きながら、口の中へと一つ放り込んだ。
 彼女達の優しさを噛みしめるように、食べる。
 よくよく考えればメメと出会ってから魔族の食事しか摂ってなかった。
 久しぶりの人間の食事は──えッ、なんだ!?

「ぅ、お……おえ……ゲホッ、ゲホッ!」

 舌に味が染み込んだ瞬間、胃液と一緒に吐き出してしまう。
 全身には鳥肌が立ち、身体が拒絶しているのがわかる。
 腐食した生肉と泥を混ぜ合わせたような味。
 不味いなんてレベルじゃない。
 カタリナとカーラってこんな料理が下手だったのか、じゃない。
 俺の身体が変わってしまっていたんだ。
 魔族の食べ物しか合わない身体に。

「はぁ、はぁ、そう考えれば辻褄が合うな……ッ、はぁ……面倒な」
「こんなところで嘔吐とは、相変わらずですね、ケイオス」

 口を拭った時、ガサリと奥の草葉が揺れ、聞き慣れた声で名前を呼ばれる。
 そして、木の陰から女性が姿を見せた。
 恐らく接触をしてくるだろうとは思ってたが、存外と早かったな。

「久しぶり、ライ。調子はどうだ?」
「絶好調ですよ、ケイオスがいてもいなくても私の仕事には関係ありませんから」
「そんな嫌味ったらしい性格だったっけ?」
「知らないだけでしょう。貴方が、私のことを」

 そう言いながら、俺の前まで歩み寄ってくる。
 フード付きの黒いローブに身を包む、長身の女性ライロット。
 ボサボサの長い髪、そばかすに半分に開いた紫色の瞳。
 地味な印象を受けるかもしれないが、油断してはならない。
 彼女こそ実質勇者パーティーの中心人物であり、俺達をまとめていた女だ。

「もう少し落ち着いてから話たかったけど。今は考えることが沢山あってね」
「でしょうね、でも時間がありませんよ」
「誰のせいで。アルフレドには伝えたのか?」
「いいえ、約束通り報告はしていません。でも時間の問題ですよ」
「だろうな……まぁ、久しぶりの再会だ、少し座れよ」
「このままで結構です、ステータス見ようとしてますよね?」
「バレたか」

 俺の能力を発動させまいと、ライは背中に周り言葉を続ける。
 一語一句、彼女と会話するときは思考しなければならない。
 言葉を間違えば刈り取られる。そんな威圧感を秘めていた。

「それで、今日は一人?」
「はい、私一人で来ました。貴方程度であれば問題ないかと」
「その様子だと、ずっと見ていたようだな」
「素晴らしい手腕でしたよ、まさかあの二人の襲撃を防ぐとは驚きました」
「……偵察か? それとも、今ここで俺を殺すつもりか?」
「私にそんな力はありませんよ、賢者ですので」

 賢者という役職は、今の時代事務職に近い。
 ギルドへと報告、金銭の管理、報酬の交渉、被害金の請求、能力管理、作戦立案などなど。
 ほとんど戦闘に出ることはない。出るとしても、最後方だ。
 だから、今この状況でタイマンの戦闘になったとしても、俺が勝つ可能性がある。
 今の俺は力も強く、淫紋の術式も多分使えるから純粋な戦闘なら有利だろう。
 ……しかし。

「ほぉら、襲いかからないの? 絶好のチャンスですよ」
「俺だってそこまで馬鹿ではないよ」
「慎重過ぎるのも考えもの、男は時に危険に飛び込まなくては」
「口車には乗らない。襲ってほしければステータスを見せてくれ」
「嫌です」

 そう、俺は彼女のステータスを一度も見たことがない。
 一番長く、一番近くでいたのに、だ。
 そもそも人間に対し能力の仕様は基本禁止されている。
 だが、彼女の命令で「精密な戦略を組む為」と他の仲間のステータスは見たことがあった。
 自分は見せないくせに……本当に、いけ好かない女。

「まぁ、そんな事は置いといて、今日は聞きたいことがあって来たのです」

 自分勝手な女は俺の背後で座り、背中を合わせた。
 聞きたいこと? 一体俺から何を聞き出すつもりだ。
 隠せることは隠し通したいが、もし交渉材料になるようなら小出ししてもいいかもしれない。
 と思っていたのだが、ライからの質問は全く意味が分からないものだった。

「どうやって解いたの?」
「解いた?」
「とぼけないほうが身の為ですよ。解除しなければ彼女達は──」

 そう言って、ライは直ぐに口を閉じる。
 墓穴を掘ったのか? 今の質問は、するべきではなかったと判断した?
 でも彼女が不必要な質問を投げかけてくるわけがない。
 となると、この質問は「俺が何かしている」と確信があってのことだ。
 解く……解く。
 糞、ライがどこまで知っているのか、ちゃんと考えろ。
 彼女が行ったアクションはたった二つ。
 俺に手紙を送り二人を襲撃させたこと、今会いに来ているということ。

「いいわ、言いたくないのならもう聞きません」
「……」
「けれど懐かしいですね、こうやって二人っきりというのは。まるで昔に戻ったように」
「そうだな、あの頃はまさか勇者候補パーティーに入るなんて思ってもみなかった」
「貴方の才能を見極め拾ったのは私。もう少し感謝されても良いと思いますが」
「この才を使って成り上がったのはお前の方だ、こっちこそ感謝してほしいが」
「態度が大きくなりましたね、仲間が増えると」

 手紙の内容を思い出せ。あれを読んだ時、俺は何か感じた筈だ。
 会話しながらだと思考の割合が割かれて考えることが難しい。
 けれど、あまり不自然に言葉を選んでいるようにも見せたくない。

「頭数で言えばこちらの方が多い、ライもこっちに来るか?」
「まさか、泥舟に乗るつもりはありません。貴方だってアルフレド様の力をご存知でしょう」
「……あぁ、俺が一番理解しているさ」
「彼が貴方の行為、仲間の裏切りに気が付くまで後2日程度でしょう」
「意外と時間があるな」
「鈍感ですから。まぁ、私が誤魔化しておいてこの時間ですが」
「協力してくれるのか」
「いいえ、命日を伸ばすだけ。これがせめてもの感謝といったところです」
「都合がいいことばかり、俺が苦しむ様子を見たいだけだろ」
「大正解♡ 流石は相棒」
「相棒なんて気色が悪い台詞を」

 ライと俺は二人で一つの存在であった。
 俺が情報収集し、ライが作戦を組み上げる。
 ある意味では相棒だっただろう。
 今の相棒はメメ……そうだ、あの手紙。
 標的は俺と裏切り者の二人、メメが入っていない。
 つまりライはメメの存在を知らない?

「いいじゃないですか、後2日の命ですし」
「勝手に決めるな」

 これは一つ、俺にとって有利な情報だ。
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