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魔人死亡

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 一体何が起こったのか、そう理解するには一秒では足りなかった。
 ボタボタと血の塊が地面に落ち、腹部を貫通した剣に支えられるように彼女の身体がガクっとくの字に曲がる。

「コイツが噂の淫魔のガキか」
「──メ──」
「隙有りだぜ、ガラ空きだッ!!」
「ゴっ……ふがッ!?」

 事実を知る為に割いた思考の要領は、戦闘時において致命的な隙となる。
 倒れそうなメメに視線を移した瞬間、腹部に激痛が走り、口からは息ではなく大量の血液が吹き出した。レックの拳が俺の腹を貫いたのだ。

「ぁ゛……が、はッ……」
「手間かけさせやがって、ケイオスの癖に」
「でも、これでお仕事終わりだね」
「────ッ、がぁぉ!!」

 拳と剣が同時に引き抜かれ、再び視界が赤く染まった。
 俺とメメはバツを描くように、その場に倒れ込む。

「淫魔が人間を助けようとするなんてね」
「無駄死にだったけどね、ははッ」

 メメが俺を庇って助けようとしてくれた。
 この小さな身体を、命を全て使って、こんなどうしようもない男を。

「ケイオスさんとメメさんがッ……っ、うぉお!」
「ちょっと、カタリナ!?」
「あれ、洗脳が解けてないのかな? よっと」
「ふげっ!」

 霞む視界には無謀にも殴りかかるカタリナと、その攻撃を軽くあしらうレック。
 彼女に呼応するように、カーラは転移魔法の準備を停止し、カットルに対し杖を向けていた。

「僕を倒すつもり?」
「……ええ、戦うつもりよ。正面からね」
「そう、なら少し眠っててもらおうかしら」
「簡単にやられると思わないことね」

 攻撃魔法へと転換し、戦い始める両者。
 俺とメメの身体の上で激戦が繰り広げられている。
 二人だって、ここで捕まってしまえば賢者に始末されるのだ。
 必死になるのは当然だろう。

 ガオンッ! ガオンッ! ガオンッ!

 地面が揺れ、爆裂音が鳴り響く。
 しかし、大きかった筈の音も、次第に小さく、遠のいていく。
 身体が、瞼が鉛のように重くなり、死が近づいてくる。
 僅かに見えるのは、血溜まりに沈む小さな身体。

「メ……メ……」

 ズリ……ズリ……。血で線を描きながら、彼女の手に手を伸ばす。
 メメは幸せを感じてたのに、笑顔を見せるようになったのに。
 どうして、こんな結末になってしまったのだろうか。

 ────憎い

 全てが憎い。彼女を殺したカットルも、襲撃してきたレックも。
 二人を送り込んできたライロットも、この戦いのきっかけになったアルフレドも。
 殺す、絶対殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。

 ────でも

 彼女を戦いの運命に巻き込んだのは、紛れもない『俺』だ。

「すまない……メメ、俺の……せい、で……俺が、俺が……」

 メメに対する感謝の気持ち、それを上回る謝罪の気持ちで腕を動かす。
 伸ばし、伸ばし、伸ばし、簡単に包み込める小さな手に届いた時、視界が真っ暗に染まった。

 ☆☆☆

「あれ、ここは?」

 戦って致命傷を負っていた筈なのに、服までも元通りになっている。
 もしかしてここは天国か? と一瞬思ったが、目の前を見て違うと気が付く。

「いやぁ~申し訳ないね、ケイオス」
「メメ」

 淫魔の姿になったメメは、頬を掻きながらモジモジと内股で立っていた。
 手が重なった瞬間、彼女の能力『淫夢』に引き込まれたのだ。
 そうか、ここだと時間の進みは遅い。短い時間でもちゃんと話できるわけか。
 だったら、謝って許されることじゃないけど、ちゃんと謝罪しよう。

「謝るのはこっちの方だ。こんな形で終わらせてしまって……どうして俺なんかを庇ったんだ?」
「身体が勝手に動いてた。いても経ってもいられなくて、ケイオスが死んでしまうって思ったら」
「すまない、俺が情けないばっかりに……」
「こっちこそ、結局助けられなかったしね。あ~ぁ」

 二人でその場に背中合わせで座り、暗い空を見上げる。
 伝わる鼓動が徐々に小さくなっていくのを感じた。
 現実世界の俺達は、もう死の直前。この空間がいつ消えてもおかしくない。

「昔の私からしてみれば、信じられないくらい幸せだったんだよ」
「俺はもっと、メメに幸せになって欲しいと願ってたさ」
「私だけじゃないんじゃない?」
「──え?」

 メメだけじゃない? どういうことだ。
 俺は同志である彼女の事を一番に考えていた。

「カタリナやカーラ、仲間に引き入れた雌を大事に思ってたじゃない」
「それは……責任を感じていただけだ」

 勇者から強引に、無理矢理こっちに引っ張ったんだ。
 彼女達の幸せを考えれば、アルフレドの元にいた方が幸せだったろう。
 けど、俺の復讐心、あの日裏切られた復讐として性を刻み、俺を刻んだ。
 カタリナ、カーラ、アイツらの人生をめちゃくちゃにしたんだ。
 それが目的だったし、達成した。
 だから、それ以降は彼女達の人生を背負っていかなければならないと思った。
 それだけの事だ。

「メメが思っているような人間じゃない。俺は一度死にかけて自分勝手に生きる、誰かの養分になるような生き方は止めたんだ」
「誰かの養分になるような生き方……」
「そうだ、だから幸せに思って欲しいというか、大事にしなきゃっとは思ってる」
「ケイオスが思ってる気持ちと、クソ雌が思ってる気持ちは違うんだね」
「……どういう意味だ? あの二人は俺の事を恨んでいるんじゃないのか?」

 俺の問いかけに、メメは首を横に振る。
 そして、背中合わせで座りながら言葉を続けた。

「答えは、これから分かるから」
「これからって、俺達にこれ以上はもう──」
「お母さんが言っていた、果報は寝て待て、って」
「寝て待つのは退屈だな」
「確かに、だったら遊びながら待ちましょう」

 パチンっと指を鳴らし、景色が変わる。
 木造建築の手作り感のある小さな家。
 初めて見る場所だ。

「ここは?」
「私とお母さんが昔住んでいた家だよ」
「そう言えば、メメはよくお母さんの言葉を使ってたもんな」
「うん、でもお母さんはある日、私を捨ててどこかへ行っちゃったの。それから……」

 半魔としての運命を歩み始めたってことか。

「無理して言わなくていい。察しはつくからな」
「私、お母さんが大好きだった。でも、裏切られて、憎くて、人も魔族も私に酷い事して、憎しみが大きくなって、全部、全部嫌いになって、壊したくなった」

 メメが憎しみに染められた経緯。
 ただ、酷い事をされただけじゃなく、愛していた人に裏切られたことが原因だったのか。
 愛の裏側は憎悪だというが、正にメメの状況を言うのだろう。

「ケイオス、ごめんね。私、復讐よりもやりたいことができちゃった」
「メメは何がしたい?」
「……お母さんにあって、お母さんをぶん殴りたい。ぶん殴って、理由を聞きたい」
「その願い、協力したいが……」

 他人に刻まれた願いではなく、自分から決意した願い。
 命に代えても叶えてやりたいが、俺達の命の灯は消えかけている。
 けど──

「もし、生き残ることができたら、絶対に叶えよう。その願い」
「ふふ、流石は相棒。私ももちろん、ケイオスの復讐には協力し続けるよ」
「まッ、そんな可能性は限りなくゼロだけどな」
「ケイオスは本当にステータスは見えるけど、感情は読めないんだね」
「何か希望があるのか?」
「ちょっとだけだけど、ね」

 俺に見えていないものが、どうやら彼女には見えているようだ。
 ……いくら考えても思いつかないが、どうあがいても俺ができることは今は何もない。

「果報は寝て待て、か」
「違う違う、メメは言ってました、果報は遊んで待て」

 そう言うとメメは白黒のコマとマスが別れた板を置いた。

「お母さんとよく遊んでたオセロって玩具、一緒にしよ」
「死にそうな時に遊ぶのか……クク、悪くないな」
「でしょ? どうせ死ぬなら、楽しく、一緒に死の」
「わかったわかった、たく、しゃーないな」

 こうして俺は、メメと一緒に遊びながら死の瞬間をのんびりと待つことにした。
 彼女が出したオセロという玩具は非常に面白く、夢中になってしまう。
 強まる鼓動に気が付かない程に。
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