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本陣強襲

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第三章『剣(拳)士編』

「カーラッ、あと何分だッ!!!」

 必死の叫びが洞窟に木霊する。
 前方には二人の敵が迫り、俺は彼女らの侵入を許すまいと狭い通路に何枚も防壁を張っていた。
 いつか、こんな日がくるのではないかと準備しておいてよかったと心底思う。
 けど、突破されるのも時間の問題。
 なんたって敵は、あの勇者パーティーの前衛職、レックとカットルなのだから。

「オラぁッ! 開けろ、このクソ雑魚ナメクジがッ!」
「無駄な抵抗は止めて、大人しく僕たちに殺されなよ」
「ぐッ、誰が雑魚だ、誰がッ!!」

 木材や鉄の破片を集めた防壁は、彼女達にとっては紙切れ同然。
 次々と破壊され、この大広間に声が近づいてくる。

「ケイオスさん、私が出ますッ!!」
「ダメだ、お前は今の能力が使えないだろうがッ!」

 カタリナの神の加護は現在使用不可。
 何故ならついこの間、ご褒美セックスをしたばかりだから清めが済んでいない。
 頼れるのは──

「ご主人様、転移魔法発動まで残り10分!」
「10分だと!? 掛かり過ぎだろ!」
「複数人の転移は計算が面倒なのよ!」

 カーラは広間いっぱいに魔法陣を展開。
 額から流れ落ちる汗からは、全力で発動までの時間を短縮していることが分かる。
 だが、10分など無理だ。到底稼げる時間じゃない。

「はっはっは、アンタはもう終わりなんだ、諦めてでてきな!!」
「くそッ、カーラ、距離、人数調整で短縮できないか!?」
「距離変更はお勧めできませんよ、なんせ相手は──」
「ライ、か」

 予測できない程遠い距離へいかないと、彼女に回り込まれてしまう。
 例え俺達の転移先がわかったとしても遠くなら魔女のいない勇者パーティーは時間が掛かる。
 その間に次の手を考えればいいが……今はこの場を何とかしないと。

「だったら──」

 カーラに一つの提案をしようと口を開いた。
 しかし、その言葉は彼女によって食い止められる。

「ケイオス」
「ッ、メメ」
「一人減らすつもりなら、私が減る」
「──ッ、ダメだ! お前を置いて行くわけにはいかない!」
「絶対に嫌、ケイオスがいかなきゃ私もいかない!!」

 感情を読む前に、俺の行動を予想していたのだろう。
 一人人数が減れば転移魔法の時間は大きく短縮することができる。

 まず、カタリナ、カーラを置いていく、これは論外。
 何故ならこの状況は、賢者ライロットにより仕組まれたゲームなのだから。
 正面突破? 絶対に無理だ。確か、二人のステータスはこのくらいだった筈。

 ===========

 名前:レック・マルコフ
 種族:人間
 性別:雌
 状態:良
 スキル:破壊拳
 HP:4590
 MP:120
 攻撃:4320
 防御:2530
 速度:3600
 魔法:89

 ※裏
 ===========

 名前:カットル・ソーヤ
 種族:人間
 性別:雌
 状態:良
 スキル:剣の理
 HP:5300
 MP:250
 攻撃:3560
 防御:3100
 速度:2900
 魔法:150

 ※裏
 ===========

 基礎的な能力値が高く、俺じゃ相手にならない。
 カーラの攻撃魔法で撃退しようにも、この狭い空間じゃ洞窟が崩壊し、俺たちも巻き込まれてしまう。
 もっと言えば、彼女達の速度を考慮した場合、当たる確率も低い。
 一発逆転の手札としては有りだが、詠唱を必要とする魔法を使うのであれば今は逃げ一択だ。

「くそ、どうする、どうするッ!」
「やはり私が……盾に!」
「ダメだ、お前らを傷つけるわけにはいかない!」
「……ケイオスさん」
「でも、時間がないわよ!!」
「俺が時間を稼──」
「ケイオス、私も一緒に──」

 様々な声が耳に入り、出て行き焦燥感を煽る。
 突如として仕掛けられた賢者の遊び。
 どうして俺達が急にこんな状況に追い込まれているのが、時は数時間前まで遡る。

 ☆☆☆

 テーブルを囲み、三人は睨み合っていた。
 中央には長方形の木材でできたブロックを三つずつ積み重ねた小さな塔がある。
 ところどころ間が引き抜かれており、不安定なそれを俺、メメは見つめ、カタリナは更にブロックを抜こうと手を伸ばした。

「行きます……!」
「「ゴクリッ」」

 震える右手を左手で抑え、スゥーッと引き抜いていく。
 が、ギリギリ塔としての形を保っていたそれは、振動によりバランスを崩し一気に崩壊してしまった。

「ぬわぁぁーー!!!!」
「は~い、クソ雌の負けです!」
「どんまいどんまい」

 頭を抱え絶叫するカタリナの前に、メメはドンっとジョッキを置いた。
 中には紫色の混濁とした液体がなみなみ注がれており、カタリナはそれを見ると顔を青くする。

「ほ、ほ、本当に飲まなきゃ……だだだ、だめ、ですか?」
「負けた人が飲むルールですよ!」
「案外美味しいぞ、カタリナ」
「ぅ、ぅう……ぅぅぅ!!」

 ジョッキを持ったまま涙目になりながら、小刻みに震えだす。
 確かに、初めて飲んだ時は俺も衝撃を受けた。
 しかし、純度100%メメ特製魔族エキスは存外と慣れれば美味しい。
 そんなに恐れる必要はないと思うのだが……。

「なに情けない声だしてるの、カタリナ」
「ん、カーラ」

 気が付けば、カタリナの横にカーラが立っていた。
 後ろには魔法陣の残骸が残っていることから、転移魔法でやってきたのだろう。

「一気に飲んでしまいなさいよ、そんなもの」
「だってぇ~……めちゃくちゃすんごい味するんですよぉ……」
「子供みたいなこと言って。仕方ないわね、半分飲んであげるから」
「ほ、ほんとですか、わ~ぃ!」

 目を輝かせてカーラに抱き着くカタリナ。
 流石は姉御肌、いいとこ見せてくれるぜ。

「ご主人様、メメ様、いいわよね?」

 その問いかけに、俺達二人は頷き答える。
 メメがもう一個ジョッキを持ってきて、液体を半分移した後渡した。
 堂々とそれを受け取り、腰に手を当てるカーラ。

「流石に貴女から飲みなさいよね」
「ぅぅ、わかりましたよぉ……もう半分も飲んでもらえないかな~……」
「今何か言った?」
「ぃえ! ななな、何も……言ってませんよ!!」
「じゃあさっさと飲みなさいよ」
「ぐぅぅ、で、では───」

 ギューッと瞳を瞑り、ジョッキに口を当てた。そして。

「げろろろろろろろろろろろろ!!!」
「うわッ、ちょっと吐き出さないでよ! 情けない、見てなさい──げろろろろろろろろろ」
「あははは、二人とも吐き出してる! クソ雌二人が、あはは」

 身体の中に入れることなく嘔吐する二人と、それを見て爆笑するメメ。
 想像以上のカオスな空間の中で、俺は「床掃除、めんどうだな」なんて思ってた。
 しかし、メメも良く笑うようになったな。
 出会った当初は冷たい印象が強かったのに、今ではこうして笑顔を見せることも多くなった。

「はぁ、はぁ、なんなのこれ……飲めたもんじゃないわね」
「そうか? 俺は普通に飲めるけどな」
「ご主人様、流石にそれはおかしいですよ!」
「ほほぉ~俺を変だと言うのか? カーラ」
「──ッ」
「お座り」
「はいッ!♡」

 命令すると即座にその場にペタンと座り、興奮したようすで俺を見上げる。
 うんうん、奴隷根性もしっかりと刻み込まれていて良い傾向だ。
 その様子を見て、散々笑った後、メメが誰にも聞こえないような声で呟く。

「懐かしい……これが、幸せ、なのかな」

 俺にメメ、出来損ないの姉にペットまでいる。
 この世界における一般的に幸せな家庭のような構成だ。
 もっとも、血のつながりはないのだが、疑似的な幸福感は得られるだろう。

 ただ、そうなると、明らかに邪魔なのは復讐心。
 俺のアルフレドに対する憎しみが、メメを幸せから遠ざけているのではないか。
 今の関係はその復讐から生まれたものだが……いや、後退はできない。
 勇者パーティーから二人を奪い取っている以上、戦いは避けられないのだから。
 けど、最後、全てが終わった後にメメだけは復讐の輪廻から抜け出せるようにしたい。
 普通の女の子としての人生を歩んで欲しい。

「ん、なんですか? ケイオス」
「いや、なんとなく頭を撫でたかっただけだ」
「頭を撫でられるのは好きなので、何回でもどうぞっ!」
「そうだな……ん?」

 幸せな時間。ふと、床に落ちている『ある物』に気が付いた。

「どうかしましたか、ご主人様」
「カーラ、それなんだ?」
「え?」

 転移してきた魔法陣の残骸にポツンと置いてある物体。
 カタリナが立ち上がり、拾い上げる。

「これは、手紙……ですかね?」
「手紙って、そんなもの持ってきてないわよ?」
「──ッ、カタリナ、差出人は誰だ!?」

 直感というか、何か良くないことが起きる、悪寒が走った。
 カタリナは手紙を裏返し、名前を探す。
 そして「あッ!」と声を上げる。

「貸してみろ……やっぱり、彼女か」

 真っ白な手紙の裏側には俺が最も恐れている女性の名前が記載されていた。
 賢者ライロット・リンクランより。

 
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