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第四話

俺、一人になる

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 魔王城で一つだけ増設された医務室で、カタリナは未だに祈りを捧げていた。
 命を留めておくことは、生命の理に反する行いであり、それを実行する為に消費する魔力は計り知れない。
 けど、彼女は初めて出会った種族の違う者に対し、全力を尽くしている。
 例え、自分が死んでもガリルを救うという硬い決意を感じた。
 俺よりも慈悲深く、平等で、熱意のある女性にカタリナは成長している。

「よぉ、どうだ? 調子は」
「──リベールさん……」

 扉の陰から名前を呼びかけると、彼女はこちらを振り向いた。
 大きな瞳の下には深く刻まれた隈。顔色も青く、肉体的にも精神的にも限界が窺えた。
 これ以上は、カタリナの方が命を落としてしまう可能性がある。
 ……悔しいがガリルさんはもう、どんな手段を使おうと、助けることはできないだろう。
 でも一言「諦めろ」と説得したところで、聞いてはくれないと思う。
 だから、こう伝える。

「もう少し……魔族の魔力、その流動が掴めれば、治癒を活性化させることができると思うのですが」
「もういい、そんな無駄な努力はもう止めだ。ここから逃げるぞ」
「──えッ!?」

 驚いたように肩を跳ねらせると、カタリナは俺に問いかける。

「……どういう意味……ですか?」
「そのままの意味だ。もう魔族に利用価値はなくなった。ここにいると危険だぞ?」
「利用……価値? リベールさん、急にどうしたんですか!?」
「ツィオーネがルイに攫われた。大戦は避けられない、時期にここも戦場になるだろう。そうなったら俺たちはどうなる?」
「まだ戦いを避ける方法はあるはずです。決めつけるには早すぎます」
「起こってからじゃ遅いんだよ。なんだ、ビビってんのか? 安心しろ、クルアーンは俺が始末しておいた」
「────ッ!? し、始末って……」
「俺は戦いに巻き込まれるのは御免だ。それに、お前みてーな肉奴隷がいれば、性欲解消には不便しねーだろうし、一緒についてこいよ」
「私をそんな風に思っていたのですか……?」
「あぁ、そうさ。無能な聖女のくせに、身体つきだけは最高だからな。これからもたっぷり使ってやるから、安心しろよ」

 その言葉を受け、カタリナは怒りを現す……かと思っていた。
 クルアーンのように俺に掴み掛かり、怒声を浴びせてくるかと。
 けれど、彼女は酷く悲しそうな顔を見せたのだ。
 そしてギュッと口を瞑り、何か言葉を飲み込むと、震える声で言った。

「……わかりました。では、ここでお別れですね」
「おいおい、頭わりぃな。俺がクルアーンを倒した時点で、お前も裏切り者なんだぞ?」

 と言ってはいるが、本当は生きているクルアーンがこんな必死に魔族を助けようとするカタリナを裏切り者だと攻撃することはないだろうがな。

「そうですね。しかし、今、目の前の彼を見捨てるわけにはいきませんので」
「魔族なんて、死んだところでどうでもいいだろ?」
「……リベールさん、もう何も言わなくてもいいです」
「あ? 無能な聖女のくせに、俺様に生意気なく──ッ!?」

 不意に繋がった彼女との視線。
 感情を殺した虚空の瞳に、俺の心は大きく抉られた。
 と、同時に、身体には力が漲った。

「ここでお別れといいました。もう、行ってください」
「……けッ、つまんねー女だよ。お前は。勝手にくたばってろ」
「さようなら、リベールさん」
「あばよ」

 捨て台詞を吐き、カタリナとも決別を済ませた。
 心の中で、何度も、何度も、謝罪の言葉を繰り返しながら。
 俺がいなくなっても、カタリナがいれば和平の道を切り開くきっかけを作ってくれるはずだ。
 今の彼女には、それができる。そう、信じている。

「……よし、これで」

 誰もいない廊下で、拳を握りしめてみる。
 繋がりを一つ、一つ、切っていくことで、俺の生物としての価値はなくなっていく。

 ──そう、弾劾だ。

 相手が地位の高い存在であればあるほど、力を発揮するこの能力。
 故に、これの価値が下がれば下がるほど、相手との差は大きくなり、比例して俺の力も上がるという訳だ。
 もっと、もっと何も持たない者にならなければ。

 金も、地位も、友も、全て捨てて、ようやくルイに対抗できる力となる。
 全部捨てるんだ。今まで積み上げてきた全てを。
 そして、俺一人の力でツィオーネを救い出して見せる。
 人間であり、勇者パーティーを追放された、どっちつかずの俺ならば、大戦を起こすことなく彼女を助けに行けるから。

 ♢♢♢

「へぇ、しばらく見ない間に、いい男になったじゃないか。リベール君」

 拘束具でがちがちに縛られたリオは、俺の顔を見るなりそう言った。

「女ったらしの君が、僕の所に来るってことは~何? 犯されちゃうの?」

 相変わらずの軽い口調に、思わずため息が出る。
 リオ、生まれながらの殺人鬼。勇者パーティーの狂戦士《バーサーカー》。
 こんな女でもツィオーネは身体に傷一つ付けることなく、無力化したのだ。

「リオ、無駄話はいい。お前が魔界に転移してきた場所を教えろ」
「ええ~? もしかして、勇者様から魔王を取り返すおつもりで?」
「当然だ。このまま黙っているつもりはない……答える気がないなら──」

 抵抗できない女の子に向かって、拳を振り上げる。
 もう手段を選ぶつもりもなかった。が、リオはあっさりと転移場所を答えた。

「あの森の更に奥、そこに人間界への転移魔法式が設置してあるよ」
「……お前でも、一方的に攻撃されるのは嫌みたいだな」
「違う違うよー。だって、そっちの方が面白そーじゃんね」
「……面白そう?」
「今、自分がどんな顔をしているか、見た?」

 俺の顔? 何を言っているんだ、この小娘は。

「血に飢えた魔族と、同じ顔になってるよ、君」
「……そうか、なるほどな」

 確かに、今の俺は本能解放した魔族と大差ないだろう。
 力、とにかく力が欲しい。
 ぶっ殺す、勇者を。そして、彼女を救う。
 失うものは何もない。何も残さない。

「警告どうも。じゃあな、リオ」
「クク、人間が魔族に堕ちる瞬間、この眼で見れないのが残念で仕方ないね」

 リオの言葉を背に、俺は更に進んでいく。

 魔王城の外へ出て、人間界へ攻めていこうと森へと向かった。
 その道中、待ち受けている男がいた。

「リベール……」

 小心者のオーク、グレルは大きな体を小さく丸め、俺の名を呼ぶ。
 魔界で和平を目指し始めた時、ツィオーネ達以外で一番最初に交流を持った魔族。
 彼の呼びかけによって、俺は沢山の魔族達と知り合い、仲を深めることができた。
 大事な大事な、友人だ。

「グレル、親父さんのとこ行かずに、こんなとこで何やってんだ?」
「お前なら、一人で魔王様を助けにいくと思って……ダメだ、リベール」
「ダメ?」
「一人で行くな。どう考えてもムリだろ……お前だけ、不幸になっちまう」

 あぁ、流石だな。全てお見通しってわけか。
 親父の事も心配だろうに、俺を止めに来てくれるだなんて。
 ちょっと頼りない面もあるが、本当に心遣いのできるいい男だ。
 けど……すまない。

「ったく、オークってのは知能指数が低くて嫌になるな」
「リベール……」
「お友達ごっこは終わりだって言ってんだ。大体、お前の親父を瀕死に至らしめたのは人間なんだぞ? そんなんだから、気弱なダメオークって馬鹿にされんだよ」
「けど、親父を必死に助けようとしてくれているのも、人間だ」
「──ッ……」

 グレルは真っ直ぐ、今まで見せたことのない強い意思を俺にぶつけてくる。
 ダメだ、負けるな、俺。心を殺せ。良心を消せ。

「へ、へッ、だがな、その親父も、もう死にかけじゃねーか。所詮、人間では魔族を助けることはできない。無駄な努力──」
「大戦後、心の傷と身体の傷を、必死に癒してくれようとしたのも人間だった」
「──ッ、あ、あれは!」
「戦い以外の道を、遊びを、幸せを、分け合い、作る喜びを教えてくれたのも、人間だった」
「黙れグレル!! 全部、全部お前たちを利用する為の演技だったと、何故気がない! この馬鹿オークッ!!」
「……リベール、わかったよ。お前とはここでお別れだ……好きにすればいい」
「チッ……最初っから、素直にそういえばいいんだ。邪魔しやがって……」

 俺はグレンとも、魔族の友とも別れを告げ隣をすれ違おうとした。
 その時、それ違いざまにグレルは小さくつぶやく。

「俺はお前を信じているからな」
「……」

 全てを捨てた俺には、今までで最も弾劾の力が強まっている。
 軽い体、重い心、硬い決意。
 森の奥に進んでいくと、リオが言っていた通り、そこには転移術式があった。
 これで人間界へいくことができる。
 もう戻る場所はない。ツィオーネを助けても、ここに戻ってくることはないだろう。

「……よし、まってろ。ツィオーネ」

 俺は一人、孤独のまま人間界へと転移した。
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