上 下
3 / 11
第一章『格闘家編』

オーガの国

しおりを挟む
 淫魔の能力の一つ『擬態』で角や翼、尻尾を消して人間の姿に化ける。
 あらゆる種からエネルギーを奪う淫魔らしい理にかなった能力だ。舐められがちだが、最強と謳われる吸血種に属されるだけはある。
 鏡の前で、原種の特徴を失った自分を観察していると、服を持ったアルカが入ってくる。

「お待たせしました、オーガの国で流通している服です」
「ありがとう。アルカもその格好なの?」
「おかしいですかね」

 くるりと回ってみせる彼女は、僕と同じく人に擬態している。
 だがその服装は、革のジャケットに麻のショートパンツ、胸はサラシで隠しているだけという、露出量はほぼ一緒なのに、目立つ格好だ。

「アルカって服装は過激だよね」
「涼しくないと頭に熱こもっちゃいますから。普段と変わりませんよ」

 そうは言うが、一度女性として見てしまうと、彼女の肢体の美しさに意識してしまう。

 悩み込む僕の手を取るアルカ。
 大きなリュックを背負おうとする手を逆に取り、優しく荷物を引き剥がす。

「僕が持つよ。アルカは頭脳担当なんだから」
「でも部下は私だけですし」
「部下にも役割があるでしょ、代わりに全身全霊で全うしてもらうからね」
「……はいっ!」

 満面の笑顔を浮かべたアルカ。
 彼女が目を瞑り念じ始めると、周囲が青い光に包まれる。

「これは」
「聖女の使っていた術を解析して構築した転移魔術です! 私を合わせて五人までなら一瞬で移動できます!」
「そんな便利な魔術まで、技術面じゃとっくに僕を超えてる気がするんだけど」
「今度教えてあげますから!」

 光が全身を包む。
 瞬間、体がふわりと浮いた。

 *

 すとん、と音を立て地面に着地する。
 先程まで煤けた城砦の壁に囲まれていたが、今は舗装された土の上。
 周囲には石造の立派な建物が並び、日の光を隠していた。

「ここがオーガの国? 聞いていたほど荒廃はしていないね」
「比較的マシな国ですから。|首都(ここ)の治安はあまりよろしくないですけど」

 僕の前に進み、あたりを見回すアルカ。
 彼女はこちらに振り返って腕を組むと、少し考え込んで告げる。

「転移時の座標指定甘かったです。早めに抜けましょう」
「そんなに?」
「あそこにほら、追い剥ぎ注意の看板が」

 指差すほうに目を凝らそうとする。
 瞬間、全身に危険信号が駆け巡り、咄嗟にアルカを抱き上げて体を屈め前に滑る。
 先程自分の体があった場所には、横薙ぎに巨大な棍棒が振るわれていた。

「ちっ、気づきやがったか![

 吐き捨てた男は、棍棒を肩に担ぎなおす。
 筋骨隆々の体格に、僕らの服と同じタイプの衣装。
 頭には一対の尖った角。
 その一本が、中途半端なところから折れていた。

「オーガか。確かに君たちは気性の荒い種族だけど、こんな事をする者たちではないはずだ」
「襲われてるのに説教か」
「説得だよ、種の冠名を背負う君が、こんなことをしてはいけないって」
「随分と古臭い考え方だな」

 聞く耳持たずと言う雰囲気で返すと、彼は背後に合図を送る。
 体格に隠れていたのか、追い剥ぎ仲間らしき老若男女数名のオーガが、棍棒を持って壁のように並ぶ。
 一本角か一対の二本角、オーガ種を示すそれらは、なぜか全員が折られていた。

「その角、何があったんだい?」
「見ない顔だと思ったら最底辺のオーガの事情はてんで知らずか。人間サマはこれだからいいや」
「僕は人間じゃない」
「こっちも暇じゃねえんだ、死にたくなきゃ身包み置いてきな!」

 やはりこちらの話は聞かず、先頭のオーガが襲ってくる。
 アルカを地面に起き、咄嗟に構えた姿勢から回し受け投げる。

 今の力の僕では、この程度が限界か。
 地面に屈んだ男は睨みあげ、ほくそ笑む。

「それなりにやるみたいだな?一斉にかかるぞ!」

 指示と同時に四方から迫るオーガたち。
 視界情報からは隙だらけに見えるが、それはかつての経験則。
 今の自分では太刀打ちできない。

 頭をフル回転させ考える策。
 その答えが出るより早く、アルカが叫ぶ。

「アークス様、淫魔の能力を!」

 立ち上がるアルカと背中合わせになり、前半分の敵を見る。
 指示されて理解した動きを、背後の彼女と息を合わせ、発動する。

「「『|魅了(チャーム)』!」」

 唱えると同時に、視界に薄桃色のフィルターがかかる。
 視界内のオーガ達は、瞬間的に表情が驚愕に変わり、わかりやすい異性は股間を抑える。
 長くは持たないが時間稼ぎにはなる。

「逃げよう」
「いえ、大丈夫です!」

 苦い表情でアルカが僕を引き留める。

「時間稼ぎはできました。あとは待つだけです」
「待つ……もしかして話にあった協力者が」
「違います。どちらかといえば、元凶です!」

 冷や汗を滲ませながら、アルカはまるで何かに賭けているような表情を作る。
 その間にも魅了は解け、オーガ達は迫る。

 隙を見逃した四面楚歌。
 それを打ち破るように、俺とアルカの体は担ぎ上げられる。

 瞬く間の移動は、空間が歪んだように早く、いつのまにか僕達は彼らの輪の外にいた。
 先程のアルカのように、今度は二人で地面に置かれる。
 僕達とオーガ達の間に立つのは、焼けた肌を顕にする露出過多の少女。

「被害を聞いてパトロールを増やしてみたら、案の定だ」

 アルカの普段の服装に似ているが、露出面積はそれ以上。
 極限まで可動域を生む服から覗く四肢は、細くしなやかながら、鋼鉄の強固さを漂わず。
 鍛え上げ、絞り上げられた、彫刻のような肉体美。

 長い白銀の髪を揺らし、こちらを振り向いた少女は、狩人のような鋭い瞳で見つめてくる。

「もう安心だよ。世界最強、勇者パーティ最高戦力のこの私、格闘家ネロ・ライオが来たからには、君たちには指一本も触れさせない!」

 その視線を忘れるわけもない。
 あの日、勇者の背後に立っていたうちの一人だ。

 僕らの正体も知らぬまま、格闘家ネロは追い剥ぎのオーガ達を指差す。

「弱い者から暴力で財を奪おうとする行為、許してなるものか!」
「う、うるせえ! 元はお前が俺たちからカネを無理矢理徴収したから!」
「弱き人々に当てる必要なお金だ! オーガの中にも、人間と共存している者もいる!」
「じゃあなんで人間と徴収量が違うんだ! オレたちだって、オーガの中じゃ弱者だッ!」
「オーガというだけで人よりも強い!」

 問答の中でオーガの言葉が弱まっていく。
 内容もネロが正しいように聞こえるが、前提が破綻している。
 彼等は悪いことをした、だが追い詰めたのは彼女だ。

「大人しく投降しろ。強い力は、弱き人々を助けるために使うんだ!」
「なら、お前の力も俺たちのために使ってくれよッ!」

 逃げ場を無くし、引くこともできなくなったオーガが、無謀にも襲いかかる。

 戦争中は結局、彼女と戦うことはなかった。
 ただ部下から渡される非現実的な戦果だけは知っていた。
 それを示すように、彼女は片手の人差し指を丸め、親指にかけ先方に掲げる。

「慈悲の手加減だ。デコピンで勘弁してやろう」

 呟き、言葉通りデコピンを放つ。
 刹那、彼女の指先が眩い光を輝かせた。
 辺りには突風が巻き起こり、僕とアルカは咄嗟に抱き合い互いを支えた。

 前方のオーガ達は、放たれた閃光に巻き込まれ、錐揉み回転しながら吹き飛ばされていく。

「ギャアアアアアッ!」

 断末魔めいた悲鳴をあげ、オーガ達は遥か向こうの壁にめり込み静止する。
 そんな彼等を一人一人触り、ネロはほっと息をつく。

「良かった、死んでいないな」

 微笑んだ彼女は後ろに僕達がいることを思い出し、驚いたように振り向く。

「うわっ、そうだった! こんな暴力的なものを見せてしまい申し訳ないっ! 怪我は無かったかな!?」
「……はい、ありません」

 こちらに優しさを向けるネロに、僕の返答は不器用に歪んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者のハーレムパーティー抜けさせてもらいます!〜やけになってワンナイトしたら溺愛されました〜

犬の下僕
恋愛
勇者に裏切られた主人公がワンナイトしたら溺愛される話です。

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪

奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」 「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」 AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。 そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。 でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ! 全員美味しくいただいちゃいまーす。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母娘丼W

Zu-Y
恋愛
 外資系木工メーカー、ドライアド・ジャパンに新入社員として入社した新卒の俺、ジョージは、入居した社宅の両隣に挨拶に行き、運命的な出会いを果たす。  左隣りには、金髪碧眼のジェニファーさんとアリスちゃん母娘、右隣には銀髪紅眼のニコルさんとプリシラちゃん母娘が住んでいた。  社宅ではぼさぼさ頭にすっぴんのスウェット姿で、休日は寝だめの日と豪語する残念ママのジェニファーさんとニコルさんは、会社ではスタイリッシュにびしっと決めてきびきび仕事をこなす会社の二枚看板エースだったのだ。  残業続きのママを支える健気で素直な天使のアリスちゃんとプリシラちゃんとの、ほのぼのとした交流から始まって、両母娘との親密度は鰻登りにどんどんと増して行く。  休日は残念ママ、平日は会社の二枚看板エースのジェニファーさんとニコルさんを秘かに狙いつつも、しっかり者の娘たちアリスちゃんとプリシラちゃんに懐かれ、慕われて、ついにはフィアンセ認定されてしまう。こんな楽しく充実した日々を過していた。  しかし子供はあっという間に育つもの。ママたちを狙っていたはずなのに、JS、JC、JKと、日々成長しながら、急激に子供から女性へと変貌して行く天使たちにも、いつしか心は奪われていた。  両母娘といい関係を築いていた日常を乱す奴らも現れる。  大学卒業直前に、俺よりハイスペックな男を見付けたと言って、あっさりと俺を振って去って行った元カノや、ママたちとの復縁を狙っている天使たちの父親が、ウザ絡みをして来て、日々の平穏な生活をかき乱す始末。  ママたちのどちらかを口説き落とすのか?天使たちのどちらかとくっつくのか?まさか、まさかの元カノと元サヤ…いやいや、それだけは絶対にないな。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

処理中です...