紅の石と狂気の吸血鬼

游☆レイトショー

文字の大きさ
上 下
2 / 2

もしも吸血鬼になるのなら

しおりを挟む
 ――ねえアンジェラ。わたしが人間でなくなったらあなたはどんな顔をするのかな。わたし、世界に嫌われたとしてもあなただけには嫌われたくない。

「――ねえ、アンジェラ」

 母の遺体を目の前にして。ドロシーはうわごとをつぶやいていた。
 感情が昂って家族3人を殺したことを思いながら、ドロシーは自分自身の手のひらを見た。

 子供のときから変わらない小さな手。ドロシーが吸血鬼となったときに失われた体温。変わることを許されなかった彼女は8年ぶりに変わることができた。人間から吸血鬼となることによって。
 果たして。アンジェラはドロシーを受け入れてくれるのだろうか――?ドロシーには信じることしか術がない。
 淡い期待と重い不安をその胸に抱いて、ドロシーはアンジェラを待ち続けるのだった。



 
 フォースターの屋敷のドアが開けられる。閉め切られ、血の臭いが漂う館に何者かが訪れたのだ。

 ――吸血鬼は、来訪者の姿を見た。広間にて。来訪者は彼女を直視して。

「ドロシー。無事だったのね」

 来訪者――アンジェラ・ストラウスは言った。が、彼女の表情はみるみるうちに変わってゆく。彼女の顔に、疑いの色が現れる。

「ええ、アンジェラ。わたしは生きている」

 人間ではないけれど、とは言えなかった。これが心の弱さか。ドロシーはアンジェラに対して微笑みかけたが。

「よかった。その目と牙は何?倒れていた人は? 」

 アンジェラは表情の変化が示すように、態度を変えるとドロシーに尋ねた。
 ドロシーだってわかっていた。知識がある者であれば人間が吸血鬼となった後の状態など、すぐにわかる。そうでなくとも、違和感は覚える。
 何も隠そうと思っていたわけではないドロシーだったが、アンジェラの態度は完全に予想外だと感じていた。こんなはずじゃなかったのに。

「わかるのね、アンジェラ。確かにわたしが殺した。わたしは人間をやめたの、これでね」

 ドロシーが取り出したものは紅色の塊。人間を吸血鬼に変えるという、紅石ナイフだ。血のように紅く、刃のように鋭い。欠片であっても、それは人間をいともたやすく吸血鬼に変える。
 紅石ナイフはドロシーの手の中で紅く輝いていた。命の鼓動とは別の、呪いか死の化身のような不気味で妖しい輝きを放っていた。

 通常、押収された紅石ナイフは鮮血の夜明団で保管される。だが、肝心のそれをドロシーが持っている。

「どうしてあなたが……?紅石ナイフは、厳重に保管されているはず。いや、持ち出すことなんて不可能だし、家族が持っているものも通常は回収されるはず。なぜ!? 」

 アンジェラは動揺を隠せない。

「わたしだって、これの存在は今日知ったの。隠されてしまえばそれまで。結局わたしの目だってとどかないの」

「嘘だ。まさかあなたが裏切るなんて」

 アンジェラの口から出た言葉は、怨嗟の言葉。もはや彼女にドロシーを受け入れるつもりなどないのだろうか?

 ――アンジェラなら、大丈夫だと思っていたのに。

「見逃すつもりはない。あなたの裏切りを私は許さない。たとえあなたが死のうとも」

 その言葉とともに足を踏み出すアンジェラ。彼女は指揮棒を腰のベルトから抜き、光の魔法を放つ。それは降り注ぐ光の弾幕。ドロシーにとって脅威であるはずの光の魔法だ。
 対するドロシーは氷のシールドを張った。ドロシーが高精度で扱える氷の魔法で張られたシールドはいともたやすく光を反射する。これも、ドロシーがアンジェラの隣で戦い、彼女の特徴をよく見極めていたからこそ為せる技だった。

 ――攻撃の癖。得意、不得意。魔法のパターン。すべて知っている。癖を知るのはアンジェラも同じだが、決定的に違うのは変化の有無。

 ここでドロシーは反撃に入った。
 身体能力が高いとはいえないアンジェラ。彼女に接近戦で勝負を挑めば結果など目に見えている。
 ドロシーはアンジェラの懐に飛び込み――

「さあ、凍り付きなさい」

 ドロシーの手から放たれた氷の魔力。それは枷を形成し、アンジェラの手足をがっちりと押さえつけた。さらに、氷には魔力を制限する力がある。
 氷によって身動きが取れなくなったアンジェラは完全に反撃の手段を失った。やがて彼女の冷たさの感覚も、失われてゆく。

「ドロシー!!! 」

 叫ぶアンジェラ。やはり彼女は動けない。
 そんなアンジェラを横目で見るドロシー。彼女はこれ以上アンジェラに手を下そうとはしなかった。

「わたしは死にたくない。たとえアンジェラでも殺そうとするなら返り討ちにしてやる」

 ドロシーはその言葉を残して地下へ。広間の隅にある地下室への階段を下るのだ。
 階段を少し降りたところで、ドロシーは一度向き直る。体に魔力をためて、撃ち放つ。階段の入り口は氷柱で塞がれた。

「アンジェラ。あなたはわたしを受け入れなかった。信じなければよかった……」

 ――いずれアンジェラは自分を殺しに来るだろう。

 ふと、ドロシーの中に新たな考えがよぎる。
 もし、アンジェラも吸血鬼になってしまえば?彼女は吸血鬼となっても同胞を殺すのか?


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

赤薔薇伯爵

群青
ファンタジー
彼女は彼の妻であり永遠の花贄である。 彼女を誰より愛し、彼女が誰より愛す彼は吸血鬼。 夜毎女の生き血を啜ると恐れられる獣だが、彼の彼女に注ぐその愛は誰よりも純粋そのものだ。 彼との永遠の愛を形として残すべく、彼女は1冊の小説を書いた。

霧に獣がひそむ

犬森ぬも
ファンタジー
19世紀英国。病に冒された双子の妹の療養のために、セオドアは湖畔の別荘に滞在していた。霧の深いある朝、メイドが湖で溺死し、忍び寄る獣の気配を感じはじめると、セオドアは自分が何かを忘れていることに気づく。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

5年経っても軽率に故郷に戻っては駄目!

158
恋愛
伯爵令嬢であるオリビアは、この世界が前世でやった乙女ゲームの世界であることに気づく。このまま学園に入学してしまうと、死亡エンドの可能性があるため学園に入学する前に家出することにした。婚約者もさらっとスルーして、早や5年。結局誰ルートを主人公は選んだのかしらと軽率にも故郷に舞い戻ってしまい・・・ 2話完結を目指してます!

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第2の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。 思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。 さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。 彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。 そんなの絶対に嫌! というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい! 私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。 ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの? ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ? この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった? なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。 なんか……幼馴染、ヤンデる…………? 「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。

処理中です...