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もしも吸血鬼になるのなら
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――ねえアンジェラ。わたしが人間でなくなったらあなたはどんな顔をするのかな。わたし、世界に嫌われたとしてもあなただけには嫌われたくない。
「――ねえ、アンジェラ」
母の遺体を目の前にして。ドロシーはうわごとをつぶやいていた。
感情が昂って家族3人を殺したことを思いながら、ドロシーは自分自身の手のひらを見た。
子供のときから変わらない小さな手。ドロシーが吸血鬼となったときに失われた体温。変わることを許されなかった彼女は8年ぶりに変わることができた。人間から吸血鬼となることによって。
果たして。アンジェラはドロシーを受け入れてくれるのだろうか――?ドロシーには信じることしか術がない。
淡い期待と重い不安をその胸に抱いて、ドロシーはアンジェラを待ち続けるのだった。
フォースターの屋敷のドアが開けられる。閉め切られ、血の臭いが漂う館に何者かが訪れたのだ。
――吸血鬼は、来訪者の姿を見た。広間にて。来訪者は彼女を直視して。
「ドロシー。無事だったのね」
来訪者――アンジェラ・ストラウスは言った。が、彼女の表情はみるみるうちに変わってゆく。彼女の顔に、疑いの色が現れる。
「ええ、アンジェラ。わたしは生きている」
人間ではないけれど、とは言えなかった。これが心の弱さか。ドロシーはアンジェラに対して微笑みかけたが。
「よかった。その目と牙は何?倒れていた人は? 」
アンジェラは表情の変化が示すように、態度を変えるとドロシーに尋ねた。
ドロシーだってわかっていた。知識がある者であれば人間が吸血鬼となった後の状態など、すぐにわかる。そうでなくとも、違和感は覚える。
何も隠そうと思っていたわけではないドロシーだったが、アンジェラの態度は完全に予想外だと感じていた。こんなはずじゃなかったのに。
「わかるのね、アンジェラ。確かにわたしが殺した。わたしは人間をやめたの、これでね」
ドロシーが取り出したものは紅色の塊。人間を吸血鬼に変えるという、紅石ナイフだ。血のように紅く、刃のように鋭い。欠片であっても、それは人間をいともたやすく吸血鬼に変える。
紅石ナイフはドロシーの手の中で紅く輝いていた。命の鼓動とは別の、呪いか死の化身のような不気味で妖しい輝きを放っていた。
通常、押収された紅石ナイフは鮮血の夜明団で保管される。だが、肝心のそれをドロシーが持っている。
「どうしてあなたが……?紅石ナイフは、厳重に保管されているはず。いや、持ち出すことなんて不可能だし、家族が持っているものも通常は回収されるはず。なぜ!? 」
アンジェラは動揺を隠せない。
「わたしだって、これの存在は今日知ったの。隠されてしまえばそれまで。結局わたしの目だってとどかないの」
「嘘だ。まさかあなたが裏切るなんて」
アンジェラの口から出た言葉は、怨嗟の言葉。もはや彼女にドロシーを受け入れるつもりなどないのだろうか?
――アンジェラなら、大丈夫だと思っていたのに。
「見逃すつもりはない。あなたの裏切りを私は許さない。たとえあなたが死のうとも」
その言葉とともに足を踏み出すアンジェラ。彼女は指揮棒を腰のベルトから抜き、光の魔法を放つ。それは降り注ぐ光の弾幕。ドロシーにとって脅威であるはずの光の魔法だ。
対するドロシーは氷のシールドを張った。ドロシーが高精度で扱える氷の魔法で張られたシールドはいともたやすく光を反射する。これも、ドロシーがアンジェラの隣で戦い、彼女の特徴をよく見極めていたからこそ為せる技だった。
――攻撃の癖。得意、不得意。魔法のパターン。すべて知っている。癖を知るのはアンジェラも同じだが、決定的に違うのは変化の有無。
ここでドロシーは反撃に入った。
身体能力が高いとはいえないアンジェラ。彼女に接近戦で勝負を挑めば結果など目に見えている。
ドロシーはアンジェラの懐に飛び込み――
「さあ、凍り付きなさい」
ドロシーの手から放たれた氷の魔力。それは枷を形成し、アンジェラの手足をがっちりと押さえつけた。さらに、氷には魔力を制限する力がある。
氷によって身動きが取れなくなったアンジェラは完全に反撃の手段を失った。やがて彼女の冷たさの感覚も、失われてゆく。
「ドロシー!!! 」
叫ぶアンジェラ。やはり彼女は動けない。
そんなアンジェラを横目で見るドロシー。彼女はこれ以上アンジェラに手を下そうとはしなかった。
「わたしは死にたくない。たとえアンジェラでも殺そうとするなら返り討ちにしてやる」
ドロシーはその言葉を残して地下へ。広間の隅にある地下室への階段を下るのだ。
階段を少し降りたところで、ドロシーは一度向き直る。体に魔力をためて、撃ち放つ。階段の入り口は氷柱で塞がれた。
「アンジェラ。あなたはわたしを受け入れなかった。信じなければよかった……」
――いずれアンジェラは自分を殺しに来るだろう。
ふと、ドロシーの中に新たな考えがよぎる。
もし、アンジェラも吸血鬼になってしまえば?彼女は吸血鬼となっても同胞を殺すのか?
「――ねえ、アンジェラ」
母の遺体を目の前にして。ドロシーはうわごとをつぶやいていた。
感情が昂って家族3人を殺したことを思いながら、ドロシーは自分自身の手のひらを見た。
子供のときから変わらない小さな手。ドロシーが吸血鬼となったときに失われた体温。変わることを許されなかった彼女は8年ぶりに変わることができた。人間から吸血鬼となることによって。
果たして。アンジェラはドロシーを受け入れてくれるのだろうか――?ドロシーには信じることしか術がない。
淡い期待と重い不安をその胸に抱いて、ドロシーはアンジェラを待ち続けるのだった。
フォースターの屋敷のドアが開けられる。閉め切られ、血の臭いが漂う館に何者かが訪れたのだ。
――吸血鬼は、来訪者の姿を見た。広間にて。来訪者は彼女を直視して。
「ドロシー。無事だったのね」
来訪者――アンジェラ・ストラウスは言った。が、彼女の表情はみるみるうちに変わってゆく。彼女の顔に、疑いの色が現れる。
「ええ、アンジェラ。わたしは生きている」
人間ではないけれど、とは言えなかった。これが心の弱さか。ドロシーはアンジェラに対して微笑みかけたが。
「よかった。その目と牙は何?倒れていた人は? 」
アンジェラは表情の変化が示すように、態度を変えるとドロシーに尋ねた。
ドロシーだってわかっていた。知識がある者であれば人間が吸血鬼となった後の状態など、すぐにわかる。そうでなくとも、違和感は覚える。
何も隠そうと思っていたわけではないドロシーだったが、アンジェラの態度は完全に予想外だと感じていた。こんなはずじゃなかったのに。
「わかるのね、アンジェラ。確かにわたしが殺した。わたしは人間をやめたの、これでね」
ドロシーが取り出したものは紅色の塊。人間を吸血鬼に変えるという、紅石ナイフだ。血のように紅く、刃のように鋭い。欠片であっても、それは人間をいともたやすく吸血鬼に変える。
紅石ナイフはドロシーの手の中で紅く輝いていた。命の鼓動とは別の、呪いか死の化身のような不気味で妖しい輝きを放っていた。
通常、押収された紅石ナイフは鮮血の夜明団で保管される。だが、肝心のそれをドロシーが持っている。
「どうしてあなたが……?紅石ナイフは、厳重に保管されているはず。いや、持ち出すことなんて不可能だし、家族が持っているものも通常は回収されるはず。なぜ!? 」
アンジェラは動揺を隠せない。
「わたしだって、これの存在は今日知ったの。隠されてしまえばそれまで。結局わたしの目だってとどかないの」
「嘘だ。まさかあなたが裏切るなんて」
アンジェラの口から出た言葉は、怨嗟の言葉。もはや彼女にドロシーを受け入れるつもりなどないのだろうか?
――アンジェラなら、大丈夫だと思っていたのに。
「見逃すつもりはない。あなたの裏切りを私は許さない。たとえあなたが死のうとも」
その言葉とともに足を踏み出すアンジェラ。彼女は指揮棒を腰のベルトから抜き、光の魔法を放つ。それは降り注ぐ光の弾幕。ドロシーにとって脅威であるはずの光の魔法だ。
対するドロシーは氷のシールドを張った。ドロシーが高精度で扱える氷の魔法で張られたシールドはいともたやすく光を反射する。これも、ドロシーがアンジェラの隣で戦い、彼女の特徴をよく見極めていたからこそ為せる技だった。
――攻撃の癖。得意、不得意。魔法のパターン。すべて知っている。癖を知るのはアンジェラも同じだが、決定的に違うのは変化の有無。
ここでドロシーは反撃に入った。
身体能力が高いとはいえないアンジェラ。彼女に接近戦で勝負を挑めば結果など目に見えている。
ドロシーはアンジェラの懐に飛び込み――
「さあ、凍り付きなさい」
ドロシーの手から放たれた氷の魔力。それは枷を形成し、アンジェラの手足をがっちりと押さえつけた。さらに、氷には魔力を制限する力がある。
氷によって身動きが取れなくなったアンジェラは完全に反撃の手段を失った。やがて彼女の冷たさの感覚も、失われてゆく。
「ドロシー!!! 」
叫ぶアンジェラ。やはり彼女は動けない。
そんなアンジェラを横目で見るドロシー。彼女はこれ以上アンジェラに手を下そうとはしなかった。
「わたしは死にたくない。たとえアンジェラでも殺そうとするなら返り討ちにしてやる」
ドロシーはその言葉を残して地下へ。広間の隅にある地下室への階段を下るのだ。
階段を少し降りたところで、ドロシーは一度向き直る。体に魔力をためて、撃ち放つ。階段の入り口は氷柱で塞がれた。
「アンジェラ。あなたはわたしを受け入れなかった。信じなければよかった……」
――いずれアンジェラは自分を殺しに来るだろう。
ふと、ドロシーの中に新たな考えがよぎる。
もし、アンジェラも吸血鬼になってしまえば?彼女は吸血鬼となっても同胞を殺すのか?
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