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◇第1章

【35】アレクセイとの謁見 - 対面

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 王城に着いてすぐ、私は現在アレクセイ殿下が主に生活されている少し離れた東側の別館へと案内された。
 そこは殿下が体調を崩された頃、現国王が殿下のためだけに建てた特別な別館だった。そのため、基本的には殿下の世話係とかかりつけの医者しか足を踏み入れることを許されていない場所だ。


「こちらがアレクセイ殿下のお部屋になります」


 しばらくすると、あるドアの前でピタリと止まりこちらに軽く頭を下げながらそう言った。


「中にメイドはおりませんので、ご帰宅の際にまたお呼びつけくださいませ」
「えっ? あなたも入らないの?」


 そのまま踵を返そうとした彼女を反射的に呼び止める。
 まだそこまで深刻ではないとはいえ、殿下の体調はいいとは言えないはずだ。
 それなのに室内にメイドはおらず、今日初めて訪れた小さな令嬢だけを部屋に入れるだなんて……もしかして床に臥せていることを理由に殿下も使用人にぞんざいに扱われていたりするのだろうか?

 ……まあ、元々殿下にお願いして二人きりで話せるようにしてもらうつもりだったから手間が省けていいのだけれど…………。


「はい。今日はリーシェ様と二人だけで顔を会わせたいとアレクセイ殿下がおっしゃったため、メイドは全員下がらせていただくことになっております。何かご用がある際は室内にあるベルを鳴らしていただければいつでも参りますので……それでは失礼致します」


 メイドは淡々とそう答えると素早くこの場を後にした。


「なんや、アイツ……使用人のくせして感じ悪いのぅ」


 先日のエルヴィス殿下の一言によって、私がノインのオツキサマだという噂はまたたく間に国内に広がっていった。よっぽどのことがないかぎり、その件を知らない者はもういない。
 だからこそ彼女は終始冷ややかな対応だったのだろう。

 まあそんなことはどうでもいいのだが、床に臥せるくらい体調が悪い彼に対して使用人たちが冷たい態度をとっているわけではないと知れて少しばかり安堵した。
 原作では彼についてはほとんど描かれていない。描かれていたのは「なぜ彼が死んだのか」という例の理由だけだった。
 そのためもし使用人によって身の回りの環境が劣悪なものになっているならそれも改善しなければと思っていたが、私への冷遇だけなら気にする必要はなくなった。


「……じゃ、今から入るけど、殿下と私が話している間は余計な茶々入れないでよね?」
「そんな何遍なんべんも同じこと言わんでもわかっとるって。わしかてそんな空気読めんやつやないからそんな心配せんでええて」


(空気の読めないやつだから毎回釘刺してるんだけど……)


 そう思いながら大きく一度深呼吸をして、ドアを二回ほどノックする。
 ……少し待ったが返事はない。
 元々「今から入ります」という意味でノックしたため、そのまま部屋のドアを開けた。


「失礼いたしますわ」


 部屋の明かりをつけておらず自然光だけを取り入れていた部屋はあまり明るくはなかったが、私の目はしっかりと彼を捕らえた。
 エルヴィス殿下と同じような月のように輝く金髪を持った彼はベッドの上にいたが、いくつかの枕を背にやりそこにもたれかかっているような状態で私を待っていた。それゆえに顔はしっかりとこちらに向けられていて、彼の水色の瞳もまたこちらを捕らえていた。

 状況を把握した私はドアを素早く、されど音を立てずに閉め、持っていた大きな鞄をその場に置き挨拶をする。


「初めまして、アレクセイ殿下。この度殿下の婚約者となりました、リーシェ・クランシュタインです」


 軽く頭を下げ、ドレスを持ち上げた私に対しても殿下から声が返ってくることはなかった。
 しばらく待ってみたものの一向に返答がないため、さすがにおかしいと思い頭を上げると彼はこちらを見て微笑んだ。
 それから彼はベッドのすぐ側に置かれていた一人用のソファーに視線をやり、再度私を見る動作を繰り返した。
 理解するのに数秒かかったものの、その行動の意図を察した私は再び鞄を持ち、示された通りそこに腰掛けた。
 すると突然、光る文字が目の前に現れた。


『待っていたよ、クランシュタイン嬢。そう畏まらずに、楽にしてくれて構わないよ。むしろ、きちんとした出迎えができなくて申し訳ない。それと……こう言った形での会話になってしまうこと、許してほしい……今は喋ることもまともにできなくてね』


(……なるほど…………)


 すぐ近くのテーブルの上には成人男性の拳くらい大きさのマナ石が置かれていた。おそらく言いたいことを脳内でまとめるとそれが空中に浮かび上がるという加工がされた会話用のマナ石だろう。
 回帰した現在では加工に時間がかかるためかなり貴重なものだったはずだ。
 そんな最先端のマナ石がこうして置かれているとは……やはり陛下はかなり殿下を大事になさっているようだ。
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