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◇第1章

【12】アグニスコルト家の訪問日 - 鬼ごっこ②

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「え?」


 まさか、と思い振り返ると、そこにはリアム・アグニスコルトがいた。


「えっと…………鬼交代、だね」


 これは……一体ナニゴト!?


(えっ? 距離は十分とっていたし、今からもうちょっと速度上げようかとは思ってたけど同年代の子なら絶対に追いつけない速さは出てた……よね?)


 自意識過剰ではなく本当にこの年頃でも私は足が速い方だ。以前何度か同年代の子たちと鬼ごっこしたときは最後まで一度も捕まらなかったくらいには速い。
 そんな私にこんな早い段階で追いつくのだ。思っていたよりも数段、彼の足は速いらしい。


「今度は僕が逃げる番、だけど…………えっと、このまま続ける?」


 チラチラとこちらを伺う彼に対し、力強く答える。


「もちろんですわ! 私もすぐに捕まえてみせますので全力で逃げてくださいませ!」


 面白い。
 回帰してきたとはいえ、今現在七歳の心身を持つ私は非常に燃えていた。

 今までのどの人生の幼少期時代でも、こんなに足の速い子はいなかった。
 幼いながらもライバルを見つけるとこういう高ぶりがあるのか。


「私はここで十秒待ってから追いかけますので、早く逃げてくださいな」
「あ、うん……じゃあ…………」


 そういうと彼はパッと振り返り、私の元から離れていく。

 ……ん?


「………………え? 何アレ」


 あっという間に視界の先で小さくなっていく彼を見て愕然とする。
 いやいや、あれはもう年齢的に速いかどうかという次元ではない。

 常軌を逸した速さだ。


(……ん? あれ? …………っていうかそもそも『アグニスコルト家は代々足がすごく速い』なんて、そんな特殊な設定あったっけ?)


 頭を抱えて原作を思い返してみるが、やっぱりそんな設定はなかったように思う。
 何回もの人生を経てきた私は、原作に書かれていないことも多数存在するということは心得ている。けれど、やはり大きな設定や特殊な設定は原作に書かれていることが多かった。
 思い出せる限りアグニスコルトが関係する原作の描写を掘り起こしてみるが、やはりそういう設定は微塵も出てこなかった気がする。

 もしかしたら今まで気づかなかっただけで原作とは異なる部分だったという可能性もあるし、単に原作では描かれなかっただけかもしれないが……こんな異常な一種の特殊能力みたいなのものが原作で全く触れられていないことに何だか少し違和感を感じた。


 ――――と、ここまで考えてハッとする。


「もう絶対に十秒以上経っているわ!」


 ぐっと足の裏に力を込め、地面を蹴る。
 さっきの反省を生かして始めから全速力で走った。

 しばらく考え込んでしまっていたため、彼が見えなくなったその先、どっちの方向に行ったのかもわからない。
 おまけに足が速いのだ、最悪メイドや騎士たちを集めて一緒に探してもらわなければならないかもしれない。

 とりあえず彼が最初に走っていった方向にひたすら真っすぐ走っていると、こちらの様子をちらちらと伺う小さな後ろ姿が見えた。
 あまりにも速すぎるとついてこれないと思ったのか、彼はその場で止まり、私の姿が見えるのを待っていたようだ。


 カチンという音が、実際に頭の中で響いたような気がした。


「本気でやってくださいませ! リアム様!」
「あ、え……いや……本気でやってるよ~」


 彼は追いかける私との間隔を約一メートルほど保ったまま逃げていく。


(くっ……屈辱だわっ!)


 頑張って走り続けるものの、その間隔は狭まることはなく、私たちは庭のあちこちをそのまま走り続けた。

 いくら身体能力が高いとはいえ、七歳の体力だ。そのうち私のペースが落ちてきた。
 彼はそれにも合わせてくれているようで、一メートルほど先で後方の私を確認しながら速度を緩めていた。

 一定の間隔が変わらないまま、私が肩で大きく息をするようになった頃、彼が話しかけてきた。


「え、っと…………そろそろ終わりに、しない?」
「……ほっ、本当にっ…………足……速いんですのねっ」


 それを待っていたかのように無意識のうちに足がその動きを止めた。
 こんなに走ったのは久しぶりだ。でもそんなことよりも一度も捕まえられなかったのが本当に、ものすごく悔しい。


「……君も十分速かったよ」
「ははっ……お世辞は、結構っ、ですわ……」


 こんなにも息切れしている私に対し、彼の息は少しも乱れていない。


「そんなことないよ……弟と同じくらい速くて、僕も……その、楽しかったよ」


 近くに来て私の背中を擦りながら、彼はほんのりと笑った。
 それを見て、口が勝手に言葉を紡いだ。


「……これでっ……少しはっ、仲良くなれたのでしょうか?」


 彼はほんの一瞬目を見開き、その後少し俯き私から視線を外して答えた。


「よくわからないけれど……そう、かもしれないね」


 その言葉を聞いて、自然と笑みがこぼれた。
 鬼ごっこの結果は悔しかったけれど、少しでも仲良くなれたのなら今日こうして頑張って彼と向かい合ってみたかいがあった。

 そのまましばし休憩し、呼吸が安定してから彼に再び声をかける。


「それじゃあ……そろそろ戻りましょうか? メイドたちにも早く戻ってるように言われていますしね」
「うん……そうだね」


 屋敷に帰るなら土地勘のある私が先を歩いた方がいいだろうと思い、すぐに歩き出す。
 ちらっと後ろを確認すると、つられるようにして彼も歩き出した。


 それからしばらく、会話はなかった。
 彼が私に話しかけることはもちろんなく、私もかなり体力を使っていたため喋りかける気力がもう残っていなかった。
 まあ、今回は交流を深める第一歩としては申し分ないだろう。彼と関わろうとしたどの人生よりも今日が一番会話できた気がするし、最悪関係が希薄になりそうな時期に積極的に彼と交流を図り、逃さなければ問題ない。


(戻ったら今日はもう彼と別れて、お風呂を済ませてゆっくりしよう……)


 そう思っていたときだった。


「あ……れ?」


 突然声を発した彼の方を振り返ると、ピタッと体の動きを止めていた。
 そしてその表情はみるみる内に青ざめていった。
 咄嗟に少しばかり引き返し、顔を覗くようにして尋ねる。


「どうしたんですの? すごく顔色が悪いですわ……」


 その声でなんとか我に返ったというような彼が、震える唇で答えた。


「…………すごく大切なもの……どこかに落としてしまったみたい……なんだ」
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