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◇第1章

【3】ヒロインに期待するの、やめます

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「前回の人生で『私は何度も同じ人生を繰り返していて、あなたがオオカミとくっつくと絶対に私は死んでしまうの』ってことまで話して、ルナも泣きながら『絶対にリーシェを死なせないから』って約束してくれたのに……」



 生き残るために懸命にヒロインと友好的な関係を築いていた日々が頭に浮かび、目尻にうっすらと涙が浮かぶ。
 あんなにも順調に進んでいたのに……本当になぜまたこんな結果になってしまったのか。


「まっ、俗に言う『真実の愛』の前では主様の命なんぞ毛ほどの価値もない代物やったっちゅうこっちゃなぁ」
「……あんたねぇ……そろそろ少しくらい労わる気持ちってものを覚えなさいよ」


 私のことを「主様」と呼ぶくせに敬意の「け」の字もない彼を再び睨むが、幼い瞳では全く効果がないらしい。

 彼はにこりと微笑むと一歩、また一歩と、わざとらしく非常にゆっくりとこちらへ歩みを進めてきた。
 あまりの威圧感に、気づくと私は数歩後退っていた。


「兎にも角にもや。わしの『制限』的に今回が……この十回目の人生が最後や。そのへんよぉ考えて今までより一段と気ぃ引き締めて動きぃや?」


 禍々しさを覚えるギラリとした眼光に思わず身震いする。
 そして私の背丈まで頭を下ろして無理やり目線を合わせる。


「最初の主様はごっつ嫌いやったけど、二回目からのあんさんにはこう見えてもえらい期待しとるんやで? せやから上限いっぱいまで時も戻してあげたんやしな。それに……こっちとしてもなぁ、次の主様探すのにえらい時間かかるんやわ。やからな? もしどないしても死ぬ運命変えられへんっちゅうんやったら、わしの願い叶えてから去ねや。わかったか? 主様」


 表情は笑っているのに全然穏やかではない内容と声色。
 大きく一回、音を立てて固唾を飲む。


 私に憑いているこの狐は、いくつもの文献や歴史書に名を残しているこの世界ではかなり有名な神様だ。

 そのどれもに彼はこう書かれている「厄災をもたらす神 ノイン」と。

 彼は相当強い力を持った神様らしく、他の神様と違い自らの願いが叶わなかったときはその代償として地上に厄災を振りまく。厄災の内容は様々だが、それは人々の生活に必ずかなりの悪影響をもたらすものばかりだ。

 そして、彼の願いは未だかつて一度たりとも成就したことがないそうだ。

 それもそのはず。理由はわからないが、彼はどうすれば自らの望む願いが叶えられるのか、その内容を一切教えてくれないのだ。

 通常、憑いた神様は自身の願いの内容をオツキサマに告げ、それが叶うようにオツキサマと一緒に動く。その願いは大抵叶えるのが難しい内容のため、原作の設定でも神様とオツキサマが力を合わせたとしても成し遂げられる確率は低いとされていた。だからこそ、通常は神様も積極的にオツキサマに協力しつつ、自らの願いを成就させようとするのだ。

 しかし、これに当てはまらないケースが過去にもいくつか存在したらしい。
 神様側に何かしらの縛りやルールがあるのか、その理由はまだ定かではないが、願いの内容が告げられないケースもごく稀にあるらしい。けれど、神様も叶えたい願いがあるからわざわざ人間に憑いているわけで、自らの願いを叶えたいのは山々だ。ゆえに内容は教えられずとも、それが叶えられるよう随時それとなく道を示してくれるらしいのだが……この狐はそういった様子を見せることもない。


(何も教えてもらえないのに一体どうやって願いを叶えろっていうのよ…………)


 原作でリーシェは悪女として死を迎える。それまでにオツキサマとしてノインの願いを成就させたという描写もないし、彼の願いに関する文章も一つとしてなかった。つまり原作を知っていてもそこに関しては何の情報も得られていない。
 仮にリーシェが死なずに済み、物語に続きがあったとしても、彼の願いを叶えられたかどうかは怪しいものだが……。

 そんな彼の願いを本当に叶えることができるのだろうかと不安にかられることも多々あるが、この世界にそれなりの愛着を持っている私としては厄災が振りまかれることは何としても避けたい。
 だからもし本当に死んでしまう運命が変えられないのなら、彼の言うようにせめてその願いを叶えてからこの世を去りたいと思っている。


 しかし、こう何度も私を過去に戻してくれていることを踏まえて考えると、恐らくだが彼の願いはまず「私が学園を卒業しないことには始まらない」のではないかと思う。

 言い換えるなら、「学園を卒業する年頃までには絶対に達成できない願い」なのではないかということだ。

 そうでなければ一回目の時戻し経て二回目の人生が始まったときに、彼の願いを叶えることだけに集中するように私に言っていてもおかしくない。
 けれど、彼が初めて時を戻したとき私に言ったのは「せっかく巻き戻してやったんだからせいぜい頑張って生き残れ」という内容だった。そしてその後もずっと変わらず当然のようにその言葉を吐くのだ。

 だからきっと、さっきの言葉は「死んでも死ぬな」って意味だ。
 …………めちゃくちゃひねくれているけれど。


「わ、わかってるわよ! それに今度は……今度こそは絶対に失敗しないわ!」


 強めに言い返すと彼はパッと体制を戻し、いつも通りの剽軽ひょうきんな口調で話し出す。


「それならええんやわぁ。いやー、これがラストチャンスやからわしも焦ってもうてなぁ。怖がらせてしもてたらすまんなぁ」
「よく言うわ。怖がらせるためだけにやったんでしょう?」
「えぇ~? そないなわけないやん。主様もお人が悪いなぁ」


 ケタケタと笑う狐を横目に再び鏡へと向き直り、小さな体を見つめながら考える。

 ノインが言うようにこの人生が最後のチャンスだ。
 今までの人生で得て来たものをすべて活かして、必ず生き残らなければならない。
 そのために…………私はこの最後の人生をどう過ごしていくべきなのだろうか?

 しばらく口を閉ざし考え込んでいると、彼が声をかけてきた。


「考えはまとまったか? 主様。今回は一体どう動くつもりなんや?」
「……そうね…………」


 前回も悩んでいたことではあるが……潔く、覚悟を決めるべきなのかもしれない。
 この選択が最善かはわからないが、九回も死んでしまっている以上、今までやってこなかったことを行動に起こさなければ絶対に生き残れないのだから。

 軽く息を整え、ノインに向かって宣言する。


「……ノイン。私、決めたわ! もうヒロインには期待しない! ヒロインの代わりに私が全部やってのけてやるわ!」


 そして――――今度こそ絶対に生き延びてやる!
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