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緑への回帰

開票結果

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 翌朝いつも通りルウクが執務室に行くと、既に鍵が開いていた。ドアを開けるとセレンがいて、こちら側に背を向け外を見ていた。物音に振り返り、ルウクと目が合う。

「おはよう、早いな」
「おはようございます。……セレン様こそお早いですね。よく眠れましたか?」

 心配そうに聞くルウクに、セレンが苦笑した。

「……いや、どうにも落ち着かないようでな。いつもより早く眼が覚めてしまった。お前は?」

「……僕もです。どうしてでしょうね……。僕はたとえどちらに転んでも、セレン様のお傍にお仕えすることは決めておりますのに」

「そうだな。今回の選挙の候補者たちは皆一様に遜色ない方々だったから、誰がなっても問題は無いし、なんの心配も無いのだがな」

「はい」
「まあ、万が一私がなってしまっても5年の辛抱だ」
「そう言えば選挙は5年に一度と決まったそうですね。セレン様の判断ですか?」

「いや、提案はしたが年数を決めたのは選挙準備に当たった者達だ。ただ選挙時の他薦枠は次々回の10年後には廃止することだけは指示しておいた」

「10年後に……ですか?」

「ああ。今のシステムをもっと拡大していけば、そのころには政治に携わる者達も増えてくるだろう。そうすれば他薦に頼る必要などなくなってくる。また、そうでなければならないだろう?」

「はい。仰る通りです」


 初の総理大臣選挙の投票結果が出たのは午後を過ぎてからであった。地方での投票結果と合わせた後、初めての作業なので間違いが起こっては困るという考えから、別の作業員が再度確認するといった念の入れようだったために時間を要してしまっていたのだ。

「失礼します」

 選挙結果の知らせを受けたナイキ侯爵が執務室を訪れた。

「結果が出たのか」

 セレンは書類を捲る手を止めて顔を上げる。ルウクもドキドキしながら侯爵が発する言葉を待った。

「はい。……おめでとうございます、陛下」

 そう言って恭しく頭を下げるナイキ侯爵に、セレンが眉を顰めた。下げた頭を元に戻した侯爵は、笑みを湛えている。その余裕のある表情にイラついたセレンが答を催促する。

「その祝辞はどちらの意味だ」
「もちろん、初の総理大臣就任おめでとうございます、と言う意味です。陛下」

 一瞬、緊張をはらんだ冷たい空気が執務室を覆った。しばらく冷たい目でナイキ侯爵を射貫くように見た後、その視線をフッと離す。

「次点は、カラリス・マーサ・ギンジョー男爵でした。陛下との得票数の差は2千万票以上ありましたよ」
「……知名度の差だろう。他の候補者の方々も、何ら遜色のない立派な方々だった」
「それでも結果は結果です。これは国民の総意ですよ。陛下」
「分かっている。覚悟はしていたから心配するな。……私の引退が5年先延ばしになっただけだ」
「できれば10年にしていただけませんか?」

 茶化したような声音だが、侯爵の顔は真顔だった。どれほどこの侯爵はセレンに心酔しているのかは分からないが、どうやら彼の中のこの国の指導者たるものは、セレン以外には考えられないようである。

「侯爵」
「はい」
「侯爵のおかげで今回の私の目標が決まったぞ。私はこの国の為に、国を司る優秀な人材を育てることにする」
「陛下……、それは私に対する嫌味ですか?」

「そうじゃない。貴殿が有能な事は知っているし、そんな侯爵に認めて貰えることは単純にうれしい事でもある。だけどな……。私も侯爵もいつまでも現役でいることは出来ないんだ。いつか迎えなければならない未来のためにも、信頼できるリーダーになりえる人物を育てていかなければならない。これもこの国にとってはとても大事な事だ。違うか?」

「いえ……。その通りでございます」

「分かってもらえたのなら結構。――さて、侯爵。時間はあるのか? もしよければ久しぶりにルウクの淹れたお茶を飲んでいかないか?」

 セレンの言葉にルウクがすぐに反応した。だが、それを横目で確認したナイキ侯爵が片手を上げて制した。

「ありがとうございます。ルウクの淹れてくれるお茶は私もいただいていきたいのですが、まだまだ事後処理も残っておりますので」

「そうか。それは残念だな」
「すみません。……ルウク、また次に、時間のある時にお願いしよう」
「畏まりました」

 本当に忙しい最中に報告に来たのだろう。ナイキ侯爵はすぐに一礼して執務室を出て行った。

「ヤレヤレ……」

 ナイキ侯爵が出た後のセレンは意外にも落ち着いた表情だった。その様子を見たルウクはホッとはしたものの、拍子抜けしたようだった。

「もっと……、気落ちというか苛立たれるかと思ってました」

 セレンの机の前に紅茶のカップを置きながら、思っていたことを口にする。それにセレンは口角を上げ可笑しそうに笑った後、背もたれから体を離した。

「確かに楽しみにしていた計画が先に延びてしまったことは残念だが、今回の選挙を意義あるものにするためには、些細な事だと思い直した。――ルウク」

「はい」
「またしばらく忙しく緊張を強いる日々が続くが、よろしく頼む」
「畏まりました」


 そうして、この執務室の主は変わることは無くそれに従ずる者達も変わらないことが決定したのである。

 だが面白いことに、選挙を始める前と何ら変わらない状況を多くの国民が選んだのだが、その代わりに大きく変わる現象が水面下で起こっていた。

 それは国民すべての者が、国政に自らが参加しているという自覚だ。投票行為という形でではあるが、それぞれの候補者が目指す未来や改革を吟味し、選ぶことが出来るのだ。今までは想像もしていなかったその与えられた権利が、国民らの意識を確実に変えていたのである。
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