国王になりたいだなんて言ってないby主

らいち

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緑への回帰

与えた者の責務

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 滞りなく行われた王宮広場での演説会も終了し、候補者や応援演説をした者達は聴衆らに手を振って先に退場となった。

 初の試みである演説会で興奮した聴衆との無用な混乱を避けるための措置だったが、運営側の懸念は余所に、詰めかけた人々は多少の興奮はあれど皆楽しそうに引き上げていった。

「この調子でもう数か所、応援演説会を設ける予定です」

「――そうか。だが私は地方にまでは行けないぞ。大臣や地方から上がってくる書類に目を通さなければならないし、他にもしなければならない事がある」

「それは構いません。演説会には私やフリッツ長官、それにバサム伯爵とで相談して都合のつくものが参りますから」
「……そうか。では頼む」

 セレンはそこで視線をバサム伯爵へと移した。

「お久しぶりです、叔父上。先日の昼餐会にもいらしていただいたのに、挨拶も碌に出来ずにすみませんでした。伯母上やスグリ、それにホコスやノアールは、お元気でしょうか?」

「ええ、みんな元気にやっていますよ」

「そうですか、それは良かった。……ホコスやノアールと一緒に野山を駆け回っていたころが、今でも懐かしいです。――私が王宮に戻されてからもう25年ほど経ちますのに、ご無沙汰していて申し訳ありませんでした」
「いやいや気になさらないで下さい。当時の……、あの頃の幼い陛下の心中も察して余りあるものがあります。今は今で多忙で、休む暇もないことは承知しておりますから」

「――恐縮です」

 幼いころの育ての親とは言え、ほんの一時のことだ。だがそれでも、その一時の短い期間こそが、セレンが子供らしく過ごすことが出来た唯一の貴重な時間だったともいえる。

「陛下のご活躍は、私どもの誇りでもありますよ」
「……とんでもないです。私はやはり、なるべきではないものである事に変わりはありません」

「陛下、貴方がそのようなことを申されてはなりません。この世は公平で平等であるべきものです。それは貴方が目指していた志でしょう。皆が今まで気にも留めずにいた、貧しいものにも与えられる”公平”という権利があるという夢を、陛下が多くの民に与えたのですよ。その責務を、陛下御自身も背負っていかなければならないはずです」

「叔父上……」

 只々国の為、人々の生活の為にと、それだけを考えてここまで走り続けて来た。そして何よりも、必死で汗水流して働いている者たちが浮かばれる平等な世の中を作らなければと、そう思い続けて来た。
 考えていたのは本当にそれだけだったので、まさか自分が、自分自身に対する庶子と言う偏見を抱いている事実にまで考えが及ばなかった。
 バサム伯爵に指摘され、セレンは初めて自覚させられた事実に驚愕した。

「一本取られましたな、陛下」

 傍で2人の会話を聞いていたナイキ侯爵が横から口を挟んだ。セレンはそれに一瞬反応し侯爵をにらんだ後、バサム伯爵に向き直る。

「目からうろこが取れたような思いです。私にも、私なりの偏見があったのですね」
「恥じることはありません、陛下。貴方の生まれは特殊でした。幼少期からの陛下の人生を考えれば致し方ない事でしょう」
「叔父上……」
「さて、それでは私は戻りますが……」

 バサム伯爵はそう言った後、いったん言葉を区切った。そしてニコリと人懐こい笑顔を浮かべる。

「今日は陛下のお気持ちを無視したような行為をしてしまい、申し訳ありませんでした。ですがセレン殿、貴方が国王になられてからのソルダン王国は、先ほども申しました通り陛下だからこそ成し遂げることの出来る民の夢が詰まっています。私にとってこの国の行く末を任すことの出来る……、いや、舵を取ってほしいと思えるお方は陛下以外にはいらっしゃらないのです。その事をどうかご理解いただき、許していただきたい」

 真剣な表情で己に気持ちを伝えてくれるバサム伯爵に、セレンは何も返すことが出来なかった。ただただ一心不乱で前へと進んできただけだったのだが、その進む道の先に、こうやって夢を乗せてくれる人々がいる。その事実をセレンは改めて思い知らされていた。

 バサム伯爵が戻って行った後、セレンはそのまま執務室へと戻った。思わずため息を吐きながらドアを開けると、「お疲れ様でした」と声がかかる。時刻はもう6時を回っていた。

「なんだまだ残っていたのか」

 執務室にはルウクが1人、主の帰りを待っていた。

「カンナにはキリの良いところで帰ってもらいました。クラウンさんは侯爵の方の……、カトスさんに呼ばれて出て行ったきり戻ってらっしゃいません」

「そうか……」
「――お疲れ……ですね」
「まあな。ちょっと思い知らされることがあってな」
「思い知らされること……ですか?」
「ああ」

 セレンは自分でも知らないうちに偏見を持っていたこと、そして中途半端な夢の提供をするべきでは無いと諭されたことなどをかいつまんでルウクに話した。

「……それは、ですが中途半端……という事は無いと思いますが。教育改革もしっかり法案化しましたし、これを覆すようなことは、現在ではもう出来ないようになっているではありませんか」

「まあな。私には一応拒否権もあるし」
「でしたら――」

「バサム伯爵の言いたいことはそう言う事では無いのだろう。夢を提供したのなら最後までその行く末に責任を持って取り組んで行けと、きっとそう仰りたかったのだろう」

 裏を返せば教育改革に伴う平民の平等精神という権利への芽吹きは、特権意識を持つ諸侯らにとってはかなりの衝撃だったという事だ。

「多くの者たちが賛同してくれて出来上がった法案だが、だからと言って総ての者が了承したわけでは無い。中にはいまだに燻り反感を持っている者達もいるだろうという事だ」

「セレン様……」

 当然と言われれば当然のことなのかもしれないが、改めて突きつけられた現実にルウクは息をのんだ。

「……そんな顔をするな。大丈夫だ。万が一私が総理大臣になることになったとしても、ルウクは自由にしていい。私が許可する。故郷のビクソールに帰っても……」

「そんな悲しいことを仰らないでください。僕は……、僕の一番の望みはセレン様に一生お仕えすることです。もしも僕が知らないうちに何か粗相をしてセレン様が愛想を尽かしたというのでしたら話は別ですけど……」
 
 そう言いながらも、セレンを見つめるルウクの表情はいつもの子犬の瞳だ。主に捨てられたくないと、傍に居て役立ちたいのだと必死で訴えている。

「……お前は本当に私を甘やかすな」
「セレン様はご自分を律し過ぎですから。私のような者がちゃんと傍についていなければ」
「――そうなのか?」
「そうですよ」

 至極真面目な表情で返事をするルウクに、セレンが穏やかに笑う。

「お前がそう言うのなら、そうかもしれないな」
「はい」

 日も暮れて、執務室から見える外の様子も濃い青へと変わって行く。
 長い歳月をここで、シガやハイド、それにクラウンらと一生懸命この国の為にセレンの下で働いてきたのだ。

 近くに迫った初の選挙がどう転ぶのかは分からないが、それでも今までと変わらず主の下で働こうと、ルウクは心に誓っていた。
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