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緑への回帰
ナイキ侯爵のひそかな思惑 5
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シエイ王の時代から特別にナイキ侯爵に与えられている部屋は未だ健在だ。そこに、セレンが荒くノックをする。
「侯爵、いないのか? ナイキ侯爵!」
「これは……、陛下、どうなさいました? そんなに慌てて」
眉を吊り上げ怖い顔で睨みつけるセレンに、ナイキ侯爵が驚いた顔をした。
「恍けるな! また変な小細工をしているのではないのか? クラウンが、候補者に関することは侯爵が一人で請け負っていると言っていたぞ」
「……小細工とは、陛下と言えど失礼ですぞ。お話を伺いましょう。どうぞお入りください」
ナイキ侯爵は侍従に言ってお茶の支度をさせた。さすがに侯爵の下で仕えているだけあって、突然の国王の乱入にも動じる様子はなく淡々と応じている。
「で? 私が小細工しているとは、どういう意味ですかな?」
「……悪い。さすがに言い過ぎだったな。だが、侯爵には私に見せるべきものがあるのではないのか?」
「見せるもの……、ああ、失念しておりました。もしかして候補者リストの事ですか」
「……もしかしなくても、それの事だ」
「これは失礼いたしました。カトス、悪いが私の机の上にあるリストを持ってきてくれ」
ナイキ侯爵に指示されて、カトスが侯爵の机の上から書類を持って来た。侯爵はあくまで失念していただけだという風情でいるが、実際のところわざと自分の所に持ってこなかったのではないかと、セレンは疑念に思っている。大体隙の無いこの男が、こんなミスを仕出かすはずがないのだ。
侯爵がカトスから受け取った資料をセレンに手渡す。その資料は自薦枠と他薦枠に分かれていて、それぞれに2名ずつ、計4名の名前が記されていた。
「どういうことだ、これは!」
「候補者の人数が少ないのは確かに少し問題かもしれませんが、――」
「私が言っているのはそう言う事ではない。どうしてこの他薦枠に私の名前が載っているんだ。しかもこの推薦者の名前……、え?」
セレンは、他薦枠に書かれている自分の名前の横に書かれている推薦者の名前を見て絶句した。ナイキ侯爵の名前がある事は予想していたので腹は立ちはしたが驚くことは無かった。しかしその横に連なっているバサム伯爵やフリッツ教育長長官の名前はちっとも予想していなかったので、セレンは心底驚いたのである。
「私にとってこの国のトップに立たれるお方は、陛下以外にはいらっしゃいません。陛下を初の総理大臣に推そうと考えた時に、バサム伯爵にはご報告の義務があると思ったのです。……バサム伯爵は、幼少期の陛下をお育て下さった大事なお方ですから。その報告をさせていただいた時に、伯爵の方から仰って下さったのです。――ぜひ、自分の名前も連ねてくれと」
「…………」
唖然とするセレンに、侯爵はさらに話を続けた。
「フリッツ長官は、自ら私に陛下を初の総理大臣に推したいので他薦枠に乗せて欲しいと申し出て下さったのです」
「消せ」
「……なんですと?」
「そこから私の名前を消せと言っている。この総理大臣と言う職を設けたのは、世襲である国王をこの国のトップとして君臨させ続けることが問題だと思ったからだ。それなのに、現国王である私が他薦とは言え立候補するのは問題だろう」
「そんなことはありません!」
飄々と、いつもの人を騙くらかすような表情ではない。いつにもなく真剣な表情の侯爵に、セレンが一瞬怯む。
「陛下、貴方は誰がどこから見ても、世襲だから仕方が無いと言われるような方ではありません。むしろこの方が国王でいてくれるこの時代に生まれてきて幸せだと、民が心から思える数少ないお方なのです。陛下はご自分への評価が低すぎます」
「しかしだな……」
「それに、陛下は『誰でも、政治経済に明るい者なら立候補する権利がある』とそうおっしゃいました。それにこの選挙の意義は今回だけにとどまるものではありません。もしも後世に於いて、国王となられる方がもの凄く優秀な方で政治に興味がある方が現れたとしましょう。本来なら国を治めるものは優秀でやる気のある方が成られるのが一番なのに、国王が総理大臣に立候補してはならないという前例を今作ってしまわれては、後に現れるかもしれない優秀なご子孫の道を閉ざしてしまう事にもなりかねません。もしそうなった時に一番不幸を見るのは王族ではありません。他ならぬこの国の大事な民なのですよ。その事を陛下はご理解されていますか?」
「…………」
あまりにも正論を突く侯爵の話しぶりに、セレンは何も言い返すことが出来なくなっていた。
国を愛し、この国の民の幸せを誰よりも考えていればこそ、身を粉にして働くことが出来たのだ。政治や権力に何の興味もないセレンがここまで頑張ってこれたのは、偏にその思いがあったからこそだ。
「陛下はそのことをご承知されても、まだ固辞なさいますか?」
「…………」
セレンの顔に苦渋の色が浮かぶ。乱暴に髪を掻き上げてため息を吐いた。
「……公正な選挙にしろ。根回しも説得も無しだ」
「それは……、推薦人には推薦した理由を発表する場を設けさせてもらっています。根回しはしませんが、陛下を推薦した理由を述べる権利は与えられているのですから、私としましてはそれを最大限に活用させてもらうつもりでおります。……もちろん公正に、ですが」
最後の一言は、わざわざセレンの顔を見て言い放った。それはまるで、自分は本気なのだと、セレンに挑戦状でも叩き付けるような表情だった。
「侯爵、いないのか? ナイキ侯爵!」
「これは……、陛下、どうなさいました? そんなに慌てて」
眉を吊り上げ怖い顔で睨みつけるセレンに、ナイキ侯爵が驚いた顔をした。
「恍けるな! また変な小細工をしているのではないのか? クラウンが、候補者に関することは侯爵が一人で請け負っていると言っていたぞ」
「……小細工とは、陛下と言えど失礼ですぞ。お話を伺いましょう。どうぞお入りください」
ナイキ侯爵は侍従に言ってお茶の支度をさせた。さすがに侯爵の下で仕えているだけあって、突然の国王の乱入にも動じる様子はなく淡々と応じている。
「で? 私が小細工しているとは、どういう意味ですかな?」
「……悪い。さすがに言い過ぎだったな。だが、侯爵には私に見せるべきものがあるのではないのか?」
「見せるもの……、ああ、失念しておりました。もしかして候補者リストの事ですか」
「……もしかしなくても、それの事だ」
「これは失礼いたしました。カトス、悪いが私の机の上にあるリストを持ってきてくれ」
ナイキ侯爵に指示されて、カトスが侯爵の机の上から書類を持って来た。侯爵はあくまで失念していただけだという風情でいるが、実際のところわざと自分の所に持ってこなかったのではないかと、セレンは疑念に思っている。大体隙の無いこの男が、こんなミスを仕出かすはずがないのだ。
侯爵がカトスから受け取った資料をセレンに手渡す。その資料は自薦枠と他薦枠に分かれていて、それぞれに2名ずつ、計4名の名前が記されていた。
「どういうことだ、これは!」
「候補者の人数が少ないのは確かに少し問題かもしれませんが、――」
「私が言っているのはそう言う事ではない。どうしてこの他薦枠に私の名前が載っているんだ。しかもこの推薦者の名前……、え?」
セレンは、他薦枠に書かれている自分の名前の横に書かれている推薦者の名前を見て絶句した。ナイキ侯爵の名前がある事は予想していたので腹は立ちはしたが驚くことは無かった。しかしその横に連なっているバサム伯爵やフリッツ教育長長官の名前はちっとも予想していなかったので、セレンは心底驚いたのである。
「私にとってこの国のトップに立たれるお方は、陛下以外にはいらっしゃいません。陛下を初の総理大臣に推そうと考えた時に、バサム伯爵にはご報告の義務があると思ったのです。……バサム伯爵は、幼少期の陛下をお育て下さった大事なお方ですから。その報告をさせていただいた時に、伯爵の方から仰って下さったのです。――ぜひ、自分の名前も連ねてくれと」
「…………」
唖然とするセレンに、侯爵はさらに話を続けた。
「フリッツ長官は、自ら私に陛下を初の総理大臣に推したいので他薦枠に乗せて欲しいと申し出て下さったのです」
「消せ」
「……なんですと?」
「そこから私の名前を消せと言っている。この総理大臣と言う職を設けたのは、世襲である国王をこの国のトップとして君臨させ続けることが問題だと思ったからだ。それなのに、現国王である私が他薦とは言え立候補するのは問題だろう」
「そんなことはありません!」
飄々と、いつもの人を騙くらかすような表情ではない。いつにもなく真剣な表情の侯爵に、セレンが一瞬怯む。
「陛下、貴方は誰がどこから見ても、世襲だから仕方が無いと言われるような方ではありません。むしろこの方が国王でいてくれるこの時代に生まれてきて幸せだと、民が心から思える数少ないお方なのです。陛下はご自分への評価が低すぎます」
「しかしだな……」
「それに、陛下は『誰でも、政治経済に明るい者なら立候補する権利がある』とそうおっしゃいました。それにこの選挙の意義は今回だけにとどまるものではありません。もしも後世に於いて、国王となられる方がもの凄く優秀な方で政治に興味がある方が現れたとしましょう。本来なら国を治めるものは優秀でやる気のある方が成られるのが一番なのに、国王が総理大臣に立候補してはならないという前例を今作ってしまわれては、後に現れるかもしれない優秀なご子孫の道を閉ざしてしまう事にもなりかねません。もしそうなった時に一番不幸を見るのは王族ではありません。他ならぬこの国の大事な民なのですよ。その事を陛下はご理解されていますか?」
「…………」
あまりにも正論を突く侯爵の話しぶりに、セレンは何も言い返すことが出来なくなっていた。
国を愛し、この国の民の幸せを誰よりも考えていればこそ、身を粉にして働くことが出来たのだ。政治や権力に何の興味もないセレンがここまで頑張ってこれたのは、偏にその思いがあったからこそだ。
「陛下はそのことをご承知されても、まだ固辞なさいますか?」
「…………」
セレンの顔に苦渋の色が浮かぶ。乱暴に髪を掻き上げてため息を吐いた。
「……公正な選挙にしろ。根回しも説得も無しだ」
「それは……、推薦人には推薦した理由を発表する場を設けさせてもらっています。根回しはしませんが、陛下を推薦した理由を述べる権利は与えられているのですから、私としましてはそれを最大限に活用させてもらうつもりでおります。……もちろん公正に、ですが」
最後の一言は、わざわざセレンの顔を見て言い放った。それはまるで、自分は本気なのだと、セレンに挑戦状でも叩き付けるような表情だった。
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