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緑への回帰
ナイキ侯爵のひそかな思惑 3
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それからというもの、侯爵の配下の者達の動きはにわかに活発になった。
情報収集のために派遣されている従者達に対しては、その地域にいる政治や経済に詳しい者への立候補、または推薦したい者の受け付け、そして20歳以上の領民にも投票を促すための広報活動の手助けなどと、様々な方面で動くよう指示をした
また、従者たちが潜んでいない地域には新たに人を派遣するなどと、出来得る限り多くの地域に、平民にも選挙の権利を与えられるようにと奔走した。
いつになく早く目覚めたセレンは、執務室に入る前に隣の秘書室へと足を向けた。まだ仕事をするには早すぎる時間だったが、早起きのシガは案の定既に秘書室で資料の整理をしていた。
「おはようございます、セレン様。随分お早いですね」
「おはよう。そういうシガも、相変わらず早いな」
「年寄りは朝が早くなるものですよ。……それより、侯爵の配下の方たちが頑張っているようですな」
「……まあな。投票を出来るだけ多くの者にと思っているようだが……」
そういうセレンの顔は、どうしても戸惑いを隠せないといった表情だ。
「どうしました? 浮かない顔つきですな」
「――侯爵の意図が全く読めない。確かに平等を……と思うのであれば多くの者に参加してもらう事は良いことなのだが……。彼がそこまで平等精神に満ち溢れた人物には思えないのだが……」
「――長い事セレン様に仕えている内に、セレン様の意図をおもんばかる癖がついてしまったのではないですか?」
「……本当にそう思うのか? シガ」
胡散臭い表情で己を見つめるセレンに、シガは肩をすくめて恍けた顔をした。
「そう言えば今日は、フリッツ殿が政治経済を学んだ学生たちの中から、選出した50人ほどの資料を持ってきてくれるそうですよ」
「そうか。いよいよ始動するな」
平民も政治に参加させるための取り組みとして、まずは研修生として大臣らの下で働かせることにしたのだ。その人材を選ぶ作業を、現場と関わりのあるフリッツに一任していた。
「はい。……ところで、この執務室にも研修生を配置なさいますか?」
「ああ、そのつもりだ。……半年後にはこの部屋の主は変わっているだろうが、その者にも不服の無いような良い人材を選ばなくてはな。……まあ万が一相性が悪い時は、その時にまた考えて貰えばいいだろう。フリッツが資料を持ってきたら、大臣らの所に持っていく前に私に見せに来てくれ」
「分かりました、そうしましょう」
セレンはシガに頼んだぞと言いおいて、秘書室を出て執務室へと向かった。執務室には既にルウクが居て、デスクに向かい何やら没頭している。
「おはよう、早いな」
集中していたせいで、セレンが入ってくることにも気が付かなかったのだろう。セレンに声を掛けられて、ルウクがハッとした表情で面を上げた。
「セレン様! おはようございます」
今日からしばらくこの執務室はセレンとルウクの2人だけになる。と言うのも、クラウンはナイキ侯爵に頼まれて、地方の投票準備を促す応援に駆り出されているからだ。
「熱心だな。何をしているのだ?」
「あ、はい。もしかしたら必要ないかもしれませんが、新しく第一秘書になる方に国政の……、僕の知っていることを記しておこうかと思いまして……」
「そうか」
ルウクが王宮でセレンに仕えることが決まった時はセレンに継承権は無く、まさか国政に携わる仕事に就くことになろうとは夢にも思わない状況だった。それなのに、ルウクが愚痴を零した記憶はほとんどない。この真面目な従者がどれくらいの覚悟で大変な思いを乗り越えて来たのかと思うと、セレンは胸が痛くなる思いだった。
なるべき者でもなく、本人ですらその気の無かった重責を担う事になった時、ルウクは必死の思いで支え続けてくれたのだ。一途で真摯な変わらないその姿は、捻くれて斜に構えてしまいがちな己を、どれほど癒してくれたかわからない。
セレンはこの真面目な従者と出会えた奇跡を、感謝せずにはいられなかった。
「セレン様」
「なんだ?」
「半年後に国王の権限が縮小されたら、普段はどうなさいますか?」
「うん? 前にも言っただろう。ルウクの実家で農業をさせてもらうって。忘れたのか?」
「いいえ! もちろん忘れてなどおりません。そうなれたら楽しいだろうなって思ってましたから……。でもいざそれが目の前に近づいてくると、本当にそうなれるのかなって信じられないような気持ちになってしまって……」
ルウクはそう言って笑った後、急に心配そうな顔をした。
「シガ殿に怒られませんかね? 国王らしくないとか、王族らしくビシッとしていなさいとか……」
「そんなことは無い。国王の仕事はかなり少なくなるのだから、収入も激減する。それなりに働かなければ」
「ええっ!? 国王なのに、お給料も減らしてしまうのですか?」
「当然だろ。必死に働いても、それでも細々と暮らすことしか出来ない者達もいるのだぞ。国王だからというただそれだけの理由で、人々が汗水たらして払っている税金を、のうのうと貰っていいという訳にはいかないだろう」
「セレン様……」
己の主が誰よりも国を愛し民の事を思う人物なのかは十分承知していたはずだったルウクだが、あらためてこのセレンの思いを聞かされて複雑な思いになった。
ナイキ侯爵がどういう理由でこの主に心酔し、国王にと推したのかは分からないが、彼こそがこの国のトップに立つにふさわしい人物なのだと思わずにはいられない。
ルウクは主の幸せを一番に願っている。
それは今でも変わらない思いなのに、セレンを国王にするために動きまわったあの当時の侯爵の気持ちが理解出来るような気持ちに陥ってしまい、戸惑っていた。
情報収集のために派遣されている従者達に対しては、その地域にいる政治や経済に詳しい者への立候補、または推薦したい者の受け付け、そして20歳以上の領民にも投票を促すための広報活動の手助けなどと、様々な方面で動くよう指示をした
また、従者たちが潜んでいない地域には新たに人を派遣するなどと、出来得る限り多くの地域に、平民にも選挙の権利を与えられるようにと奔走した。
いつになく早く目覚めたセレンは、執務室に入る前に隣の秘書室へと足を向けた。まだ仕事をするには早すぎる時間だったが、早起きのシガは案の定既に秘書室で資料の整理をしていた。
「おはようございます、セレン様。随分お早いですね」
「おはよう。そういうシガも、相変わらず早いな」
「年寄りは朝が早くなるものですよ。……それより、侯爵の配下の方たちが頑張っているようですな」
「……まあな。投票を出来るだけ多くの者にと思っているようだが……」
そういうセレンの顔は、どうしても戸惑いを隠せないといった表情だ。
「どうしました? 浮かない顔つきですな」
「――侯爵の意図が全く読めない。確かに平等を……と思うのであれば多くの者に参加してもらう事は良いことなのだが……。彼がそこまで平等精神に満ち溢れた人物には思えないのだが……」
「――長い事セレン様に仕えている内に、セレン様の意図をおもんばかる癖がついてしまったのではないですか?」
「……本当にそう思うのか? シガ」
胡散臭い表情で己を見つめるセレンに、シガは肩をすくめて恍けた顔をした。
「そう言えば今日は、フリッツ殿が政治経済を学んだ学生たちの中から、選出した50人ほどの資料を持ってきてくれるそうですよ」
「そうか。いよいよ始動するな」
平民も政治に参加させるための取り組みとして、まずは研修生として大臣らの下で働かせることにしたのだ。その人材を選ぶ作業を、現場と関わりのあるフリッツに一任していた。
「はい。……ところで、この執務室にも研修生を配置なさいますか?」
「ああ、そのつもりだ。……半年後にはこの部屋の主は変わっているだろうが、その者にも不服の無いような良い人材を選ばなくてはな。……まあ万が一相性が悪い時は、その時にまた考えて貰えばいいだろう。フリッツが資料を持ってきたら、大臣らの所に持っていく前に私に見せに来てくれ」
「分かりました、そうしましょう」
セレンはシガに頼んだぞと言いおいて、秘書室を出て執務室へと向かった。執務室には既にルウクが居て、デスクに向かい何やら没頭している。
「おはよう、早いな」
集中していたせいで、セレンが入ってくることにも気が付かなかったのだろう。セレンに声を掛けられて、ルウクがハッとした表情で面を上げた。
「セレン様! おはようございます」
今日からしばらくこの執務室はセレンとルウクの2人だけになる。と言うのも、クラウンはナイキ侯爵に頼まれて、地方の投票準備を促す応援に駆り出されているからだ。
「熱心だな。何をしているのだ?」
「あ、はい。もしかしたら必要ないかもしれませんが、新しく第一秘書になる方に国政の……、僕の知っていることを記しておこうかと思いまして……」
「そうか」
ルウクが王宮でセレンに仕えることが決まった時はセレンに継承権は無く、まさか国政に携わる仕事に就くことになろうとは夢にも思わない状況だった。それなのに、ルウクが愚痴を零した記憶はほとんどない。この真面目な従者がどれくらいの覚悟で大変な思いを乗り越えて来たのかと思うと、セレンは胸が痛くなる思いだった。
なるべき者でもなく、本人ですらその気の無かった重責を担う事になった時、ルウクは必死の思いで支え続けてくれたのだ。一途で真摯な変わらないその姿は、捻くれて斜に構えてしまいがちな己を、どれほど癒してくれたかわからない。
セレンはこの真面目な従者と出会えた奇跡を、感謝せずにはいられなかった。
「セレン様」
「なんだ?」
「半年後に国王の権限が縮小されたら、普段はどうなさいますか?」
「うん? 前にも言っただろう。ルウクの実家で農業をさせてもらうって。忘れたのか?」
「いいえ! もちろん忘れてなどおりません。そうなれたら楽しいだろうなって思ってましたから……。でもいざそれが目の前に近づいてくると、本当にそうなれるのかなって信じられないような気持ちになってしまって……」
ルウクはそう言って笑った後、急に心配そうな顔をした。
「シガ殿に怒られませんかね? 国王らしくないとか、王族らしくビシッとしていなさいとか……」
「そんなことは無い。国王の仕事はかなり少なくなるのだから、収入も激減する。それなりに働かなければ」
「ええっ!? 国王なのに、お給料も減らしてしまうのですか?」
「当然だろ。必死に働いても、それでも細々と暮らすことしか出来ない者達もいるのだぞ。国王だからというただそれだけの理由で、人々が汗水たらして払っている税金を、のうのうと貰っていいという訳にはいかないだろう」
「セレン様……」
己の主が誰よりも国を愛し民の事を思う人物なのかは十分承知していたはずだったルウクだが、あらためてこのセレンの思いを聞かされて複雑な思いになった。
ナイキ侯爵がどういう理由でこの主に心酔し、国王にと推したのかは分からないが、彼こそがこの国のトップに立つにふさわしい人物なのだと思わずにはいられない。
ルウクは主の幸せを一番に願っている。
それは今でも変わらない思いなのに、セレンを国王にするために動きまわったあの当時の侯爵の気持ちが理解出来るような気持ちに陥ってしまい、戸惑っていた。
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