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様々な問題
バツアーヌのメモ
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執務室の南側に位置する談話室は、歓談のための部屋というよりもどちらかというと資料を基に意見や考えを述べあい、それぞれの政策論を戦わせる場所だ。
それにより相手を賛同させたり考え方の違いなどを明瞭にしようという意図で、故シエイ王の下で作られた部屋だった。カリスマ性はあったが、独裁的ではないシエイ王なりの配慮から出来た部屋だと言える。
「秘書長官のクローバリーです」
ノックと共に聞こえた声に、大蔵大臣のハリサラ男爵がドアを開けた。
「これはシガ殿。どうなされましたか?」
「サイゴン伯爵に陛下からの伝言を預かって参りました。サイゴン伯爵は、いらっしゃいますかな?」
「いらっしゃいますよ。中に入られては?」
「いや、私もまだ仕事が残っていまして、のんびりはして居られないんですわ」
「そうですか。では、少々お待ちください」
ハリサラ男爵は中に入って行く。すぐにサイゴン伯爵が、顔を出した。
「ご無沙汰しております、シガ殿。何か御用でしょうか?」
サイゴン伯爵には、少し緊張というか警戒の色が窺えた。恐らく先のルウクに対する誹謗中傷に関して、何かを問いただされるとでも思ったのかもしれない。そのサイゴン伯爵の表情を、シガは知らんふりで流した。
「陛下からのお言葉です。ルーファスのバツアーヌ視察を、陛下の代わりにナイキ侯爵と共に行って欲しいとのことです」
「バツアーヌの視察を私が? 私は、バツアーヌのことは何も知りません。どうして陛下は、私を……?」
「ルーファス側から視察を急かす使者が来ておりましてな。陛下自身も忙しさにかまけて忘れてしまっていた己を反省しているようで、とにかく急いで視察を遂行しなければならないと思っているようなんです。サイゴン伯爵は、バツアーヌの件を心底感心していらっしゃって興味もおありですよね? 今の段階でバツアーヌの存在を知っている者は、ほぼ皆無です。ですので、せめて関心のあるサイゴン伯爵に行ってもらった方が成果があると考えられたのです」
「さようですか……。ナイキ侯爵は、バツアーヌに関しては精通していらっしゃるのですよね」
「はい。陛下以上にご存じです」
「分かりました。バツアーヌの視察、私にも是非行かせて下さい」
「そうですか! それは助かります。それで早速なんですが、明日か明後日の出立は可能でしょうか?」
「明日……は、急ですね。……急ぎとあらば明後日なら何とかなるかと思います」
「そうですか。安堵しました。急かして申し訳ないのですが、教育改革の特別予算会計を諮る議会が来週半ばに召集されますので、出来れば今週中に視察を終わらせて欲しいのです。サイゴン伯爵には、それにも出席していただかなければなりませんから」
「分かりました。私の方は明後日で大丈夫です」
「ありがとう。ではこれからナイキ侯爵にもそれをお伝えしに行ってきます。確実なご返事はその後にお伝えしますが、……まだしばらくは、こちらにいらっしゃいますよね?」
「はい」
「では、後程」
シガはサイゴン伯爵に軽く一礼して、今度はナイキ侯爵の元へと歩いて行った。
セレンが両腕を上げて、伸びをする。ある程度のキリが付いたのか、首を回して気分転換をしているようだ。
その様子を見たルウクは席を立ち紅茶を淹れ、それぞれの席へと運んでいく。そして自分のデスクの引き出しを開け、ノートを手にセレンの下へと行った。
「陛下、サイゴン伯爵がバツアーヌ視察に行くことになるのですか?」
「ん? ああ、その予定だが?」
「あの……。でしたらこれを、サイゴン伯爵に持って行ってもらっても構わないでしょうか?」
そう言って、ルウクがセレンの目の前に一冊のノートを差し出した。セレンはそれを手に取り、ぱらぱらと捲る。
「これは……」
ルウクから渡されたノートには、ルーファスに赴いた際にバツアーヌ開発の担当者が説明していた様々なことが記されていた。中には技術担当の説明による、難しい内容まで含まれている。
「サイゴン伯爵に、これを貸してやるのか?」
「もし、ご迷惑にならないのであれば……。あ、もちろん僕なんかより、サイゴン伯爵は頭の良い方だと思うので必要ないかもしれませんが」
「いや、そんな事は無いだろう。バツアーヌに関してサイゴン伯爵は、ずぶの素人だ。事前に知っていれば、心許なさも半減するに違いない」
「そうですか。それでしたら、是非これをお渡しになって……」
「いいのか?」
差し出がましいことをしてしまってはいないかと危惧していたルウクは、セレンにそんな事は無いと言ってもらってホッとしたのに、逆に窺うように聞かれて戸惑った。
「何が、ですか?」
セレンの質問の意味が分からないルウクは聞き返すことしか出来ない。そんなルウクを見て、セレンが苦く笑った。
「お前らしいな……。私がお前の立場なら、そんなサイゴン伯爵のためになるようなことは進言しないがな」
「…………」
ここに来てようやくルウクはセレンの言いたいことを理解した。恐らくセレンは、ルウクに対する誹謗中傷をばら撒いた張本人なのに、なぜ親切にしてやるのだと言いたいのだろう。
「……それは、セレ……、陛下だってそうじゃないのですか? 陛下がお考えになられるのは、この国を良くするためにはどうすれば良いのかという事が最優先事項でいらっしゃいますよね? それに僕はもう、そんな誹謗中傷に屈さないと心に決めております。僕にとっては陛下のお言葉だけが総てですから、陛下の進めようとしていることに僕がお役に立てるのであれば、ノートを貸すくらいどうってことは無いです。もちろん陛下が、サイゴン伯爵に恥ずかしい思いをさせるためにバツアーヌ視察を命じたというのなら話は別ですけど」
セレンはルウクの言葉を聞きながら、徐々に目を丸くしていく。そして最後の言葉には、さも可笑しそうに噴き出した。
「お前は……」
セレンがルウクに手を伸ばす。立ち上がって、ルウクの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「セレン様……」
「強くなったな。そして、……変わらないな」
「はい。僕にとってこの国のためになるということは、総て陛下を通してのことですから。これは僕が陛下に仕えるようになった当初から、何ら変わってはおりません」
「そう、か。……では、これをサイゴン伯爵に貸してやると良い」
セレンは手にしているノートをルウクの前に差し出した。
「あ、いえ。これは僕からではなく、陛下からお渡しになられた方が……」
「いや。お前から渡せ。そして自分が聞き取り書き留めたこともちゃんと伝えろ。彼にはルウクの本当の姿を、しっかり認識してもらわないと困る」
「……はい。畏まりました」
ルウクはセレンからノートを受け取り、一礼した。
「シガが戻って来て、ルーファスに赴く日程を報告することになっている。それを聞いてから談話室に行ってこい。サイゴン伯爵は、今日はほぼそこに缶詰めになっているはずだ」
「分かりました。そう致します」
ルウクは席に戻り、淹れておいた紅茶を一口啜った。少し温くなっているそれを飲み込んで、フウッとため息を吐く。
疎まれ蔑まれるのは、ここに来た時から覚悟は出来ていた。そしてセレンが国王に就いてからは、セレンの足手纏いにならず、なおかつセレンのためになることだけを考えている。
そのためには、己が何を言われようが、どういう扱いを受けようが構わないとも思ってもいる。
それでも――、自分を疎ましいと思う者に対峙するのはやはり少しばかり気が重く、緊張することを治めることは出来なかった。
それにより相手を賛同させたり考え方の違いなどを明瞭にしようという意図で、故シエイ王の下で作られた部屋だった。カリスマ性はあったが、独裁的ではないシエイ王なりの配慮から出来た部屋だと言える。
「秘書長官のクローバリーです」
ノックと共に聞こえた声に、大蔵大臣のハリサラ男爵がドアを開けた。
「これはシガ殿。どうなされましたか?」
「サイゴン伯爵に陛下からの伝言を預かって参りました。サイゴン伯爵は、いらっしゃいますかな?」
「いらっしゃいますよ。中に入られては?」
「いや、私もまだ仕事が残っていまして、のんびりはして居られないんですわ」
「そうですか。では、少々お待ちください」
ハリサラ男爵は中に入って行く。すぐにサイゴン伯爵が、顔を出した。
「ご無沙汰しております、シガ殿。何か御用でしょうか?」
サイゴン伯爵には、少し緊張というか警戒の色が窺えた。恐らく先のルウクに対する誹謗中傷に関して、何かを問いただされるとでも思ったのかもしれない。そのサイゴン伯爵の表情を、シガは知らんふりで流した。
「陛下からのお言葉です。ルーファスのバツアーヌ視察を、陛下の代わりにナイキ侯爵と共に行って欲しいとのことです」
「バツアーヌの視察を私が? 私は、バツアーヌのことは何も知りません。どうして陛下は、私を……?」
「ルーファス側から視察を急かす使者が来ておりましてな。陛下自身も忙しさにかまけて忘れてしまっていた己を反省しているようで、とにかく急いで視察を遂行しなければならないと思っているようなんです。サイゴン伯爵は、バツアーヌの件を心底感心していらっしゃって興味もおありですよね? 今の段階でバツアーヌの存在を知っている者は、ほぼ皆無です。ですので、せめて関心のあるサイゴン伯爵に行ってもらった方が成果があると考えられたのです」
「さようですか……。ナイキ侯爵は、バツアーヌに関しては精通していらっしゃるのですよね」
「はい。陛下以上にご存じです」
「分かりました。バツアーヌの視察、私にも是非行かせて下さい」
「そうですか! それは助かります。それで早速なんですが、明日か明後日の出立は可能でしょうか?」
「明日……は、急ですね。……急ぎとあらば明後日なら何とかなるかと思います」
「そうですか。安堵しました。急かして申し訳ないのですが、教育改革の特別予算会計を諮る議会が来週半ばに召集されますので、出来れば今週中に視察を終わらせて欲しいのです。サイゴン伯爵には、それにも出席していただかなければなりませんから」
「分かりました。私の方は明後日で大丈夫です」
「ありがとう。ではこれからナイキ侯爵にもそれをお伝えしに行ってきます。確実なご返事はその後にお伝えしますが、……まだしばらくは、こちらにいらっしゃいますよね?」
「はい」
「では、後程」
シガはサイゴン伯爵に軽く一礼して、今度はナイキ侯爵の元へと歩いて行った。
セレンが両腕を上げて、伸びをする。ある程度のキリが付いたのか、首を回して気分転換をしているようだ。
その様子を見たルウクは席を立ち紅茶を淹れ、それぞれの席へと運んでいく。そして自分のデスクの引き出しを開け、ノートを手にセレンの下へと行った。
「陛下、サイゴン伯爵がバツアーヌ視察に行くことになるのですか?」
「ん? ああ、その予定だが?」
「あの……。でしたらこれを、サイゴン伯爵に持って行ってもらっても構わないでしょうか?」
そう言って、ルウクがセレンの目の前に一冊のノートを差し出した。セレンはそれを手に取り、ぱらぱらと捲る。
「これは……」
ルウクから渡されたノートには、ルーファスに赴いた際にバツアーヌ開発の担当者が説明していた様々なことが記されていた。中には技術担当の説明による、難しい内容まで含まれている。
「サイゴン伯爵に、これを貸してやるのか?」
「もし、ご迷惑にならないのであれば……。あ、もちろん僕なんかより、サイゴン伯爵は頭の良い方だと思うので必要ないかもしれませんが」
「いや、そんな事は無いだろう。バツアーヌに関してサイゴン伯爵は、ずぶの素人だ。事前に知っていれば、心許なさも半減するに違いない」
「そうですか。それでしたら、是非これをお渡しになって……」
「いいのか?」
差し出がましいことをしてしまってはいないかと危惧していたルウクは、セレンにそんな事は無いと言ってもらってホッとしたのに、逆に窺うように聞かれて戸惑った。
「何が、ですか?」
セレンの質問の意味が分からないルウクは聞き返すことしか出来ない。そんなルウクを見て、セレンが苦く笑った。
「お前らしいな……。私がお前の立場なら、そんなサイゴン伯爵のためになるようなことは進言しないがな」
「…………」
ここに来てようやくルウクはセレンの言いたいことを理解した。恐らくセレンは、ルウクに対する誹謗中傷をばら撒いた張本人なのに、なぜ親切にしてやるのだと言いたいのだろう。
「……それは、セレ……、陛下だってそうじゃないのですか? 陛下がお考えになられるのは、この国を良くするためにはどうすれば良いのかという事が最優先事項でいらっしゃいますよね? それに僕はもう、そんな誹謗中傷に屈さないと心に決めております。僕にとっては陛下のお言葉だけが総てですから、陛下の進めようとしていることに僕がお役に立てるのであれば、ノートを貸すくらいどうってことは無いです。もちろん陛下が、サイゴン伯爵に恥ずかしい思いをさせるためにバツアーヌ視察を命じたというのなら話は別ですけど」
セレンはルウクの言葉を聞きながら、徐々に目を丸くしていく。そして最後の言葉には、さも可笑しそうに噴き出した。
「お前は……」
セレンがルウクに手を伸ばす。立ち上がって、ルウクの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「セレン様……」
「強くなったな。そして、……変わらないな」
「はい。僕にとってこの国のためになるということは、総て陛下を通してのことですから。これは僕が陛下に仕えるようになった当初から、何ら変わってはおりません」
「そう、か。……では、これをサイゴン伯爵に貸してやると良い」
セレンは手にしているノートをルウクの前に差し出した。
「あ、いえ。これは僕からではなく、陛下からお渡しになられた方が……」
「いや。お前から渡せ。そして自分が聞き取り書き留めたこともちゃんと伝えろ。彼にはルウクの本当の姿を、しっかり認識してもらわないと困る」
「……はい。畏まりました」
ルウクはセレンからノートを受け取り、一礼した。
「シガが戻って来て、ルーファスに赴く日程を報告することになっている。それを聞いてから談話室に行ってこい。サイゴン伯爵は、今日はほぼそこに缶詰めになっているはずだ」
「分かりました。そう致します」
ルウクは席に戻り、淹れておいた紅茶を一口啜った。少し温くなっているそれを飲み込んで、フウッとため息を吐く。
疎まれ蔑まれるのは、ここに来た時から覚悟は出来ていた。そしてセレンが国王に就いてからは、セレンの足手纏いにならず、なおかつセレンのためになることだけを考えている。
そのためには、己が何を言われようが、どういう扱いを受けようが構わないとも思ってもいる。
それでも――、自分を疎ましいと思う者に対峙するのはやはり少しばかり気が重く、緊張することを治めることは出来なかった。
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