57 / 83
様々な問題
意図された噂話2
しおりを挟む
セレンは、秘書室からシガとルウクが現れたのを見て少し驚いた顔をした。どうやら先程ルウクが秘書室に入って行くのに全く気が付かないほど、書類づくりに没頭していたようだ。
「陛下、ご報告したいことがあります。少しよろしいですかな?」
セレンは神妙な顔でシガの背後にいるルウクを見、眉間にしわを寄せた。そしてすぐに席を立ち、2人をソファに誘導した。
「何か、あったのか?」
セレンの真正面に座らされたルウクは、主の探るような目つきに射抜かれて、掌から汗が滲み出た。ルウク自身が悪いことをしたわけでは無いのだが、あんな噂話を告げなければいけないのかと思うと心が重くなる。だが、だからと言って嫌な事から逃げてばかりもいられないので、心の中で気合を入れて口を開いた。
「……嫌な噂が流れているようです」
「噂?」
「……はい。教育改革の件で、陛下が平民に今まで以上の自由を与えようとしているのは、僕が陛下に頼んだからなのだと……」
「……は?」
セレン自身は今回の教育改革の件で、反対する者が多く苦戦を強いられている。だが彼の背後に居るナイキ侯爵の存在や、歳は若くても意外に強かな面をちらつかせるセレンに対し、反対の意思を持つ貴族らにも危機感があった。
悪辣な噂話で対抗しようだのと、えげつない方法だとも思われるのだが、教育改革に反対する者にとっては、それを阻止するための手法において選り好みする余裕が無かったと言えるだろう。
「……ったく、埒も無いことを。……なんだ、お前気にしているのか?」
「それは……っ。気になります、もちろん。どんな理由であろうとも、僕はセレン様の……、陛下の足手纏いにはなりたくありません」
「……そうか、で?」
「……え?」
セレンに思いがけないところで短く問われ、ルウクは戸惑い顔を上げる。だがそのルウクの戸惑いに構う様子も無く、さらにセレンは畳みかけるように問いかけた。
「足手纏いになりたくないからと言って、どうするのだ?」
ルウクがセレンに仕えてから、初めて見せるその肝が冷えるような主の表情。実際、ルウクの胃は一瞬にして冷えたような気がした。
「……わ、かりません。僕は疎いし、そういう時にどう対処していいのか分かりません。ですけど……、指示を頂けたら全力でその指示に従います。だけどセレ……、陛下のお傍に仕える事だけは許可していただきたいです」
ルウクはそう言いながら、汗で濡れた掌をギュッと握りしめていた。そのやり取りを横で見ていたシガが、やれやれと姿勢を崩す。
「陛下、そろそろルウクを許しておあげなさい。彼は陛下のお傍を離れようなどとは考えてはおりませんよ」
「え!?」
そのシガの言葉に驚いたように顔を上げたのはルウクだった。慌ててセレンの顔を見ると、先程の冷えた表情とは違い、少しだけ拗ねたような顔つきになっている。
「……紛らわしい言い方をするな。さっきのお前の言い方は、私に迷惑が掛かるのなら王宮を去っても良いと言っているような物言いだったぞ」
不貞腐れたように言い放つセレンの言葉に、ルウクがポカンと口を開けた。そしてその意味を飲み込み、困惑した表情へと変化した。
先程の怖いセレンの表情は自分を疎ましく感じているのではなく、ルウクが辞めたいと思っているのかと危惧したが為の表情だったのだ。
「……それこそ、酷いです陛下。僕は陛下と交わした約束を破るつもりはありません」
珍しく主を恨めし気に見る従者に、セレンが目を瞬き苦笑した。
「悪かったな。お前は自分の事を低評価する癖があるだろう? だから今回も、変な事を考えているんじゃないかと思ったんだ」
「…………」
低評価と言われてなんと返したらいいのかルウクには分からなかった。おそらくセレンの言っていることは、最初の頃に注意された自分を卑下するなという事に繋がっているのだろう。あの頃は本当に農民出の自分で良いのかと、本気で戸惑っていたからだ。
「さて、本題に話を戻しても良いですかな?」
セレンの懸念が払しょくされたのを確認し、シガがパンと手を叩いた。
「ああ。……そう言えば、前にナイキ侯爵がサイゴン伯爵について忠告していたよな」
「そうでしたね」
「クラウン」
セレンが少し伸びあがり、クラウンを手招きした。
「何でしょう」
「ナイキ侯爵は、あれからサイゴン伯爵について何か言って来ているか?」
「いいえ。私は、何も聞いてはおりません。ですがあの侯爵の事ですから、ナハイルあたりにでも探りを入れさせているかもしれません」
「そうか。では悪いが侯爵の所に行って、先程の事に関して調べてもらってくれ。バカげた内容だが、それを利用して改革を骨抜きにされてはかなわんからな」
「畏まりました」
クラウンは一礼をすると、そのまま執務室を出て行った。
「陛下、ご報告したいことがあります。少しよろしいですかな?」
セレンは神妙な顔でシガの背後にいるルウクを見、眉間にしわを寄せた。そしてすぐに席を立ち、2人をソファに誘導した。
「何か、あったのか?」
セレンの真正面に座らされたルウクは、主の探るような目つきに射抜かれて、掌から汗が滲み出た。ルウク自身が悪いことをしたわけでは無いのだが、あんな噂話を告げなければいけないのかと思うと心が重くなる。だが、だからと言って嫌な事から逃げてばかりもいられないので、心の中で気合を入れて口を開いた。
「……嫌な噂が流れているようです」
「噂?」
「……はい。教育改革の件で、陛下が平民に今まで以上の自由を与えようとしているのは、僕が陛下に頼んだからなのだと……」
「……は?」
セレン自身は今回の教育改革の件で、反対する者が多く苦戦を強いられている。だが彼の背後に居るナイキ侯爵の存在や、歳は若くても意外に強かな面をちらつかせるセレンに対し、反対の意思を持つ貴族らにも危機感があった。
悪辣な噂話で対抗しようだのと、えげつない方法だとも思われるのだが、教育改革に反対する者にとっては、それを阻止するための手法において選り好みする余裕が無かったと言えるだろう。
「……ったく、埒も無いことを。……なんだ、お前気にしているのか?」
「それは……っ。気になります、もちろん。どんな理由であろうとも、僕はセレン様の……、陛下の足手纏いにはなりたくありません」
「……そうか、で?」
「……え?」
セレンに思いがけないところで短く問われ、ルウクは戸惑い顔を上げる。だがそのルウクの戸惑いに構う様子も無く、さらにセレンは畳みかけるように問いかけた。
「足手纏いになりたくないからと言って、どうするのだ?」
ルウクがセレンに仕えてから、初めて見せるその肝が冷えるような主の表情。実際、ルウクの胃は一瞬にして冷えたような気がした。
「……わ、かりません。僕は疎いし、そういう時にどう対処していいのか分かりません。ですけど……、指示を頂けたら全力でその指示に従います。だけどセレ……、陛下のお傍に仕える事だけは許可していただきたいです」
ルウクはそう言いながら、汗で濡れた掌をギュッと握りしめていた。そのやり取りを横で見ていたシガが、やれやれと姿勢を崩す。
「陛下、そろそろルウクを許しておあげなさい。彼は陛下のお傍を離れようなどとは考えてはおりませんよ」
「え!?」
そのシガの言葉に驚いたように顔を上げたのはルウクだった。慌ててセレンの顔を見ると、先程の冷えた表情とは違い、少しだけ拗ねたような顔つきになっている。
「……紛らわしい言い方をするな。さっきのお前の言い方は、私に迷惑が掛かるのなら王宮を去っても良いと言っているような物言いだったぞ」
不貞腐れたように言い放つセレンの言葉に、ルウクがポカンと口を開けた。そしてその意味を飲み込み、困惑した表情へと変化した。
先程の怖いセレンの表情は自分を疎ましく感じているのではなく、ルウクが辞めたいと思っているのかと危惧したが為の表情だったのだ。
「……それこそ、酷いです陛下。僕は陛下と交わした約束を破るつもりはありません」
珍しく主を恨めし気に見る従者に、セレンが目を瞬き苦笑した。
「悪かったな。お前は自分の事を低評価する癖があるだろう? だから今回も、変な事を考えているんじゃないかと思ったんだ」
「…………」
低評価と言われてなんと返したらいいのかルウクには分からなかった。おそらくセレンの言っていることは、最初の頃に注意された自分を卑下するなという事に繋がっているのだろう。あの頃は本当に農民出の自分で良いのかと、本気で戸惑っていたからだ。
「さて、本題に話を戻しても良いですかな?」
セレンの懸念が払しょくされたのを確認し、シガがパンと手を叩いた。
「ああ。……そう言えば、前にナイキ侯爵がサイゴン伯爵について忠告していたよな」
「そうでしたね」
「クラウン」
セレンが少し伸びあがり、クラウンを手招きした。
「何でしょう」
「ナイキ侯爵は、あれからサイゴン伯爵について何か言って来ているか?」
「いいえ。私は、何も聞いてはおりません。ですがあの侯爵の事ですから、ナハイルあたりにでも探りを入れさせているかもしれません」
「そうか。では悪いが侯爵の所に行って、先程の事に関して調べてもらってくれ。バカげた内容だが、それを利用して改革を骨抜きにされてはかなわんからな」
「畏まりました」
クラウンは一礼をすると、そのまま執務室を出て行った。
0
お気に入りに追加
213
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる