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様々な問題
強く、真摯な思い
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「失礼いたします」
控えめな声が彼らの頭上から落とされた。カップを手にしたルウクが、腰をかがめて皆の前にそれぞれを置いていく。そして一礼をし、去って行った。
ルウクの置いて行った目の前のカップをじっと見ていたジングラム伯爵が、ハッとしたように振り返りルウクの姿を追った。そして、セレンへと視線を移す。
「どうぞ。彼の淹れた紅茶は絶品だぞ?」
そう言って、セレンはカップに口を付ける。そしてすぐに満ち足りたような顔になり、軽く息を吐いた。 隣ではシガも、ルウクの淹れた紅茶を味わっていた。
「……今の、彼は?」
「私の第一秘書の、ルウクだ」
セレンの返事にシャルム侯爵とジングラム伯爵が顔を見合わす。そして目の前のカップをじっと見つめた。
「どうした?」
「い、いえ」
セレンに怪訝な顔をされて、シャルム侯爵らは慌ててカップを手に取る。
鼻先に持って行くと、爽やかな香りが鼻孔をくすぐった。それに少し驚きつつ口に含むと、爽やかさだけでは無い控えめなコクが口いっぱいに広がる。
「……美味い」
思わず漏れた感嘆の声に、セレンがニコリとほほ笑んだ。
「シャルム侯爵もジングラム伯爵も少し考えて欲しいのだが……。本来、人は平等であるべきものだ。そして仕事に貴賤などあるはずもない。個性に合わせてそれぞれが、己の道を選び発展していく未来という物を、想像してみてはくれないか?」
「…………」
「……仕事に貴賤は無いですか。それは我々貴族にも、場合によっては下々と同じ仕事をせよと仰っているのですか? もしそうお考えになっていらっしゃるのだとしたら、とんでもない事です」
「そんな事は言っていない。個性に合わせてと、言ったであろう? 本人が望むのであれば、やればいいだけの事だ。貴公は嫌かもしれんが、他の者で農業や土木業に興味を持っている諸侯だっているかもしれないぞ?」
真面目な顔で話すセレンの顔を、聞いている2人は呆れたような表情で見ている。その顔には、『土いじりなんかをしたがる貴族がどこにいる』と、あからさまに書かれていた。
それにセレンは、可笑しそうに笑う。
「……一応私も公爵ではあるわけだが……。農業には興味津々だぞ?」
「それでも貴方は国王です。陛下」
「――そうだ」
セレンに仕えている者は皆、セレンが好きで国王になったわけではない事は知っている。だがきっと、他の者達にはそうは思われてはいないのだろう。
おそらくセレンにしても、好きでやっている訳では無いと反論したいところなのだろうが、それをぐっと呑み込んだようだ。
「確認させていただきたいことが御座います」
「何だ」
「陛下は人は平等だとおっしゃいましたが、このソルダン王国に代々受け継がれて来た誇り高い貴族制度を廃止し、平民と同じ位置に持って行こうなどとは考えてはいらっしゃらないでしょうな?」
「安心しろ。そんな事は欠片も思ってはいない。私は貴公らの爵位をはく奪する気なんか、露ほども考えてはおらんぞ?」
「……では、本当に国力を上げる事だけが唯一の理由だと考えてもよろしいのですか?」
「もちろんだ。……貴公らも既に知っておるだろうが、前国王がご健在の際、カチューン国が我が国を陥れようと目論んで、近づいて来たことがあったであろう?」
「ああ、……そのような事もありましたな」
「私はそういう隙を与えないようにも、そして他国の思惑に翻弄されないためにも、経済を発展させ国を強くしたいのだ。その気持ちだけは諸侯らにもきちんと理解していただきたい」
真っ直ぐ真剣な表情で訴えるセレンに、シャルム侯爵の気持ちが揺れ動いたのが見て取れた。
執務室に入って来た時の、セレンに対する敵対心をも含んでいそうな警戒心は影を潜め、代わりにセレンの言葉を噛み砕いて理解しようという、そんな表情へと変わっていた。
一方、ジングラム伯爵の方はあまり変わりは無いようだった。相変わらず眉間にしわを寄せ、またシャルム侯爵が軟化しているのを察し、それすらも気に入らないようであった。
一通り、お互いに意見を交わし合ったという事で、2人はセレンに一礼し、執務室を出て行った。
「やはり、なかなか一筋縄ではいかないな。誇り高い家系に生まれている者ほど、代々受け継がれている特権意識は骨の髄まで染み込んでいるのだろう」
「ですがシャルム侯爵はセレン様のお言葉が効いていたようですよ? あの方はご自分だけが良い思いをすればそれで良いと、そんな事だけを考えている方では無さそうですね」
「彼も彼なりにこの国を愛しているのだろう。そういう者がもっといてくれれば良いのだが」
「そうですな」
セレンとシガの会話を資料から目を離し黙って聞いていたクラウンが、席を立って彼らの傍へとやって来た。
「どうした、クラウン。何か言いたいことでも?」
「はい。実は昨日ナイキ侯爵から伺ったのですが、サイゴン伯爵には注意された方が良いとのことでした。陛下の今回の教育改革を、骨抜きにしようと目論んでいるようです」
「ああ……。なるほど。確かに彼は、思っていた以上に特権意識の塊のような人物だったな」
「随分な誤算でしたね」
「ああ。だが向こうも、私に対して誤算だと思っているだろう。こんな事なら自分が国王になれば良かったと、今更ながら後悔しているかもしれんぞ」
「そうかもしれませんね。陛下はどうなのです? やはりご自分が国王になられて良かったなとは思いませんか?」
「……いや。サイゴン伯爵が国王になったとして、以前より国政が悪くなるとは思ってはいないぞ? その時は私なりに尽力して、サイゴン伯爵の下で働いていたさ。だがもしその必要が無いのであれば、そうだなあ……。農業に勤しんでいたかもしれんな」
「さようでございますか……」
「これも性格かな? 国王なんて今でも興味は無いが、だが成ってしまったからには自分が理想とする国づくりを進めたいと思ってしまう。手を、抜きたくは無いんだ」
目線を下に、ポツリと零すように話すセレンに、皆の視線が集まる。ここに居る者は皆、セレンの強い愛国心を分かっているだけに、その真摯な気持ちに何とかして沿いたいと思った。
控えめな声が彼らの頭上から落とされた。カップを手にしたルウクが、腰をかがめて皆の前にそれぞれを置いていく。そして一礼をし、去って行った。
ルウクの置いて行った目の前のカップをじっと見ていたジングラム伯爵が、ハッとしたように振り返りルウクの姿を追った。そして、セレンへと視線を移す。
「どうぞ。彼の淹れた紅茶は絶品だぞ?」
そう言って、セレンはカップに口を付ける。そしてすぐに満ち足りたような顔になり、軽く息を吐いた。 隣ではシガも、ルウクの淹れた紅茶を味わっていた。
「……今の、彼は?」
「私の第一秘書の、ルウクだ」
セレンの返事にシャルム侯爵とジングラム伯爵が顔を見合わす。そして目の前のカップをじっと見つめた。
「どうした?」
「い、いえ」
セレンに怪訝な顔をされて、シャルム侯爵らは慌ててカップを手に取る。
鼻先に持って行くと、爽やかな香りが鼻孔をくすぐった。それに少し驚きつつ口に含むと、爽やかさだけでは無い控えめなコクが口いっぱいに広がる。
「……美味い」
思わず漏れた感嘆の声に、セレンがニコリとほほ笑んだ。
「シャルム侯爵もジングラム伯爵も少し考えて欲しいのだが……。本来、人は平等であるべきものだ。そして仕事に貴賤などあるはずもない。個性に合わせてそれぞれが、己の道を選び発展していく未来という物を、想像してみてはくれないか?」
「…………」
「……仕事に貴賤は無いですか。それは我々貴族にも、場合によっては下々と同じ仕事をせよと仰っているのですか? もしそうお考えになっていらっしゃるのだとしたら、とんでもない事です」
「そんな事は言っていない。個性に合わせてと、言ったであろう? 本人が望むのであれば、やればいいだけの事だ。貴公は嫌かもしれんが、他の者で農業や土木業に興味を持っている諸侯だっているかもしれないぞ?」
真面目な顔で話すセレンの顔を、聞いている2人は呆れたような表情で見ている。その顔には、『土いじりなんかをしたがる貴族がどこにいる』と、あからさまに書かれていた。
それにセレンは、可笑しそうに笑う。
「……一応私も公爵ではあるわけだが……。農業には興味津々だぞ?」
「それでも貴方は国王です。陛下」
「――そうだ」
セレンに仕えている者は皆、セレンが好きで国王になったわけではない事は知っている。だがきっと、他の者達にはそうは思われてはいないのだろう。
おそらくセレンにしても、好きでやっている訳では無いと反論したいところなのだろうが、それをぐっと呑み込んだようだ。
「確認させていただきたいことが御座います」
「何だ」
「陛下は人は平等だとおっしゃいましたが、このソルダン王国に代々受け継がれて来た誇り高い貴族制度を廃止し、平民と同じ位置に持って行こうなどとは考えてはいらっしゃらないでしょうな?」
「安心しろ。そんな事は欠片も思ってはいない。私は貴公らの爵位をはく奪する気なんか、露ほども考えてはおらんぞ?」
「……では、本当に国力を上げる事だけが唯一の理由だと考えてもよろしいのですか?」
「もちろんだ。……貴公らも既に知っておるだろうが、前国王がご健在の際、カチューン国が我が国を陥れようと目論んで、近づいて来たことがあったであろう?」
「ああ、……そのような事もありましたな」
「私はそういう隙を与えないようにも、そして他国の思惑に翻弄されないためにも、経済を発展させ国を強くしたいのだ。その気持ちだけは諸侯らにもきちんと理解していただきたい」
真っ直ぐ真剣な表情で訴えるセレンに、シャルム侯爵の気持ちが揺れ動いたのが見て取れた。
執務室に入って来た時の、セレンに対する敵対心をも含んでいそうな警戒心は影を潜め、代わりにセレンの言葉を噛み砕いて理解しようという、そんな表情へと変わっていた。
一方、ジングラム伯爵の方はあまり変わりは無いようだった。相変わらず眉間にしわを寄せ、またシャルム侯爵が軟化しているのを察し、それすらも気に入らないようであった。
一通り、お互いに意見を交わし合ったという事で、2人はセレンに一礼し、執務室を出て行った。
「やはり、なかなか一筋縄ではいかないな。誇り高い家系に生まれている者ほど、代々受け継がれている特権意識は骨の髄まで染み込んでいるのだろう」
「ですがシャルム侯爵はセレン様のお言葉が効いていたようですよ? あの方はご自分だけが良い思いをすればそれで良いと、そんな事だけを考えている方では無さそうですね」
「彼も彼なりにこの国を愛しているのだろう。そういう者がもっといてくれれば良いのだが」
「そうですな」
セレンとシガの会話を資料から目を離し黙って聞いていたクラウンが、席を立って彼らの傍へとやって来た。
「どうした、クラウン。何か言いたいことでも?」
「はい。実は昨日ナイキ侯爵から伺ったのですが、サイゴン伯爵には注意された方が良いとのことでした。陛下の今回の教育改革を、骨抜きにしようと目論んでいるようです」
「ああ……。なるほど。確かに彼は、思っていた以上に特権意識の塊のような人物だったな」
「随分な誤算でしたね」
「ああ。だが向こうも、私に対して誤算だと思っているだろう。こんな事なら自分が国王になれば良かったと、今更ながら後悔しているかもしれんぞ」
「そうかもしれませんね。陛下はどうなのです? やはりご自分が国王になられて良かったなとは思いませんか?」
「……いや。サイゴン伯爵が国王になったとして、以前より国政が悪くなるとは思ってはいないぞ? その時は私なりに尽力して、サイゴン伯爵の下で働いていたさ。だがもしその必要が無いのであれば、そうだなあ……。農業に勤しんでいたかもしれんな」
「さようでございますか……」
「これも性格かな? 国王なんて今でも興味は無いが、だが成ってしまったからには自分が理想とする国づくりを進めたいと思ってしまう。手を、抜きたくは無いんだ」
目線を下に、ポツリと零すように話すセレンに、皆の視線が集まる。ここに居る者は皆、セレンの強い愛国心を分かっているだけに、その真摯な気持ちに何とかして沿いたいと思った。
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