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嫉妬と羨望と
農民出身の秘書
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軍での訓練は2週間が経過し、最終日を迎えていた。
今ルウクは、ザッカム中尉と実戦さながらに剣を交えている。素人相手に多少の手加減はしているのだろうが、中尉の攻撃にルウクは舌を巻いていた。隙がないうえに鋭い攻めなのだ。ルウクはついつい後ろに下がってばかりになり、防戦一方になる。
「もっと積極的に前に攻めろ! そんな事では王を守ることなど出来ないぞ!」
「はい!」
ザッカム中尉に注意され、確かにそうだと気持ちを切り替える。ここにはルウク自身が志願したのだ。必要無いと、止めるセレンに頼み込んで――
顔を上げて剣を持ち直すルウクに、ザッカム中尉がニッと笑う。
「良い顔だ。気持ちで負けるんじゃないぞ」
「はい!」
必死で前に出て剣を突き出す。かわされ叩かれながらも中尉に一生懸命食らいついて行った。
ルウクが訓練を受けている場所は、軍隊の通常の訓練の邪魔にならないようにとかなり端の方だ。だが国王の第一秘書に興味があるのか、練習の間に覗きに来るものが何人かいる。今も見習士官や少尉らが、数人見学に来ていた。
「農民出身って言うから、どんな鈍臭い奴かと思っていたんだが、なかなかやるじゃないか」
「中尉の教え方が良いんだろ。大体俺は、セレン王ですら気に入らないんだ。しかも第一秘書が農民だなんて世も末だろ」
「だな。しかもさ、こないだ王を庇ってあの従者が怪我を負っただろ? その時にラッセムが偶然見たらしいんだけど、あの農民野郎、国王を杖代わりに使っていたらしいぞ。陛下の腕に摑まって歩いてたって驚いてたぜ」
「うわぁ、それは酷いわ」
「……そうかな」
「なんだ、ケリーはそう思わないのかよ?」
「従者の方から、杖代わりに陛下の腕に摑まったわけじゃ無いんじゃないか? たぶん自分を庇って傷ついた従者を気遣って、陛下がご自分から手を差し伸べたんだろう? 俺は優しくて素晴らしい国王だと思うけどな」
「…………」
ケリーの言葉に、そこにいる皆が口を噤んだ。皆が考える国王の在りようでは無いし、国王たる態度では無いとすら思うのだが、それでも、もし本当にケリーの言う通りの考えで国王が従者に手を差し伸べたとしたのなら、本音としてはその従者の事を羨ましいと思ってしまった。
「こら、お前ら何をしている!」
休憩でも無いのにコッソリとルウクの訓練を覗き見しているケリーらに、パイロン大尉がしかりつける。
「す、すみません。戻ります!」
慌てて戻る隊員らに、呆れてパイロン大尉がため息を吐いた。
パイロン大尉自身はセレンが国王になる前からシエイ王に色々と彼の賢さを聞かされていたので、セレンがシザク王亡き後に王位を継いだことに関しては何ら驚くことも無かったし、当然だろうとも思っていた。
だがそれはほんの一部の人の考えであり、ほとんどの諸侯らはセレンの生い立ちで国王になるとはけしからんと思っているのだ。しかもその従者が農民出身となると、その皆の懸念は強くなるだろう。
パイロン大尉は、どうしてもう少し上手く立ち回らないのだろうかと、逆にセレンの事を案じてもいた。だが――
「あれでは、陛下も気に入るはずだ」
パイロン大尉の視線の先に居るルウクは、大粒の汗をぬぐい、ザッカム中尉に叱られながらも必死で立ち向かっていた。
一見素直で素朴な青年。ただそれだけの平凡な青年かと思いきや、内に秘める意志は強い。しかもその強さは、陛下を思う気持ちに起因している。
まだまだ嫉妬や羨望から色んな噂が飛び交うだろうが、それに負けなければ良いと、ルウクを見ながらパイロン大尉は願っていた。
今ルウクは、ザッカム中尉と実戦さながらに剣を交えている。素人相手に多少の手加減はしているのだろうが、中尉の攻撃にルウクは舌を巻いていた。隙がないうえに鋭い攻めなのだ。ルウクはついつい後ろに下がってばかりになり、防戦一方になる。
「もっと積極的に前に攻めろ! そんな事では王を守ることなど出来ないぞ!」
「はい!」
ザッカム中尉に注意され、確かにそうだと気持ちを切り替える。ここにはルウク自身が志願したのだ。必要無いと、止めるセレンに頼み込んで――
顔を上げて剣を持ち直すルウクに、ザッカム中尉がニッと笑う。
「良い顔だ。気持ちで負けるんじゃないぞ」
「はい!」
必死で前に出て剣を突き出す。かわされ叩かれながらも中尉に一生懸命食らいついて行った。
ルウクが訓練を受けている場所は、軍隊の通常の訓練の邪魔にならないようにとかなり端の方だ。だが国王の第一秘書に興味があるのか、練習の間に覗きに来るものが何人かいる。今も見習士官や少尉らが、数人見学に来ていた。
「農民出身って言うから、どんな鈍臭い奴かと思っていたんだが、なかなかやるじゃないか」
「中尉の教え方が良いんだろ。大体俺は、セレン王ですら気に入らないんだ。しかも第一秘書が農民だなんて世も末だろ」
「だな。しかもさ、こないだ王を庇ってあの従者が怪我を負っただろ? その時にラッセムが偶然見たらしいんだけど、あの農民野郎、国王を杖代わりに使っていたらしいぞ。陛下の腕に摑まって歩いてたって驚いてたぜ」
「うわぁ、それは酷いわ」
「……そうかな」
「なんだ、ケリーはそう思わないのかよ?」
「従者の方から、杖代わりに陛下の腕に摑まったわけじゃ無いんじゃないか? たぶん自分を庇って傷ついた従者を気遣って、陛下がご自分から手を差し伸べたんだろう? 俺は優しくて素晴らしい国王だと思うけどな」
「…………」
ケリーの言葉に、そこにいる皆が口を噤んだ。皆が考える国王の在りようでは無いし、国王たる態度では無いとすら思うのだが、それでも、もし本当にケリーの言う通りの考えで国王が従者に手を差し伸べたとしたのなら、本音としてはその従者の事を羨ましいと思ってしまった。
「こら、お前ら何をしている!」
休憩でも無いのにコッソリとルウクの訓練を覗き見しているケリーらに、パイロン大尉がしかりつける。
「す、すみません。戻ります!」
慌てて戻る隊員らに、呆れてパイロン大尉がため息を吐いた。
パイロン大尉自身はセレンが国王になる前からシエイ王に色々と彼の賢さを聞かされていたので、セレンがシザク王亡き後に王位を継いだことに関しては何ら驚くことも無かったし、当然だろうとも思っていた。
だがそれはほんの一部の人の考えであり、ほとんどの諸侯らはセレンの生い立ちで国王になるとはけしからんと思っているのだ。しかもその従者が農民出身となると、その皆の懸念は強くなるだろう。
パイロン大尉は、どうしてもう少し上手く立ち回らないのだろうかと、逆にセレンの事を案じてもいた。だが――
「あれでは、陛下も気に入るはずだ」
パイロン大尉の視線の先に居るルウクは、大粒の汗をぬぐい、ザッカム中尉に叱られながらも必死で立ち向かっていた。
一見素直で素朴な青年。ただそれだけの平凡な青年かと思いきや、内に秘める意志は強い。しかもその強さは、陛下を思う気持ちに起因している。
まだまだ嫉妬や羨望から色んな噂が飛び交うだろうが、それに負けなければ良いと、ルウクを見ながらパイロン大尉は願っていた。
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